2-3:体育祭
経と姫海、そしてダンスを踊る他の体育学科生徒や台車を動かす担当の生徒たちが抜けた二年の待機席。数分前の学年別対抗リレーのときと打って変わって、人がいなくなったことで青い色をしたプラスチックの椅子が丸見えの状態だ。
現在も待機席に残っているのは、ダンスに参加しない服飾学科や芸術学科がほとんど。体育学科は全員ダンス強制参加で、機械工学科と情報学科は機械の操作もあるため、工含む数人しかいない。ちなみに待機席は校庭が見下ろせるよう高い位置に作られているので、全体を見渡すことのできる特等席だ。
「さて、準備しようかな」
二人と別れてすぐ、あらかじめ下駄箱に準備しておいたビデオカメラを取りに行った工は、早速三脚を組み立ててセッティングをはじめた。と言っても、複雑なわけではないので組み立てはあっという間に終わる。
最初は校庭全体と花火を打ち上げる空が入るように調節し、その後、パレードの進行予定経路に合わせてズームしたり向きを左右に動かしたりとしてみる。納得がいったのか一つ頷き、再び全て画面に入るように調節して椅子に腰を下ろした。
もうすぐ、一年の出し物が始まる。
「全体、だけでいいか」
他の学年も撮る予定なので、このままの状態で録画をスタートした。
***
「小僧は、二年だったな」
工が全ての準備を終えた時間よりも數十分前。リレーが終わったと同時刻くらいに、高校の敷地内に侵入してきた影があった。警察官の中荷である。
警察官は仮の姿なのだが、潜入している手前その仕事をおろそかにできるわけがない。自分が従うシヴァの命令もあり仕事を終えてから調査のために来たのだが、体育祭はもう終わり間近。
「せっかく堂々と侵入できるってのに」
盛大な舌打ちをして、二年の待機席近くへと移動した。
校庭では、すでに一年の出し物が始まっている。色とりどりのドローンが空を飛び、文字を描く。地上では、体育学科の生徒が音楽に合わせてチアガールのような激しいダンスを披露する。
どちらを見ればいいんだ。と悪態をつきながらも、中荷の視線は空に浮かび上がる無数のドローンに釘付けだ。
「今時のガキはすごいな」
口が悪いのはもともとなのか、それでも感心したような言葉が中荷の口からこぼれ落ちる。
空ではチカチカと光るドローン。地上では統一された衣装を身に纏い、華麗に踊る少年少女たち。眉間に深いシワを刻んだ中荷は、もう一度舌打ちをこぼしてから二年の待機席へと再び歩き始めるのだった。
***
『次は二年! 去年もド派手だった彼らのパフォーマンス! 今年は……これだぁ!』
ノリノリの放送担当の言葉とともに、打ち上げられるのは盛大なおなら花火。思わず吹き出しそうになってしまった工が、動画に音声が入ってはいけないと口を抑えた。
「やばい、最高」
パレード開始の花火をしっかりと撮り、台車が出てきたと同時に先頭の台車にピントを合わせる。台車の乗る人と率いる人、全ての人が音楽に合わせて踊る姿をしっかりと捉える。
曲は、有名なネズーミランドのパレードでも使われているネズーミメドレーだ。
定期的に上がる花火。そして、煌びやかなドレスを見に纏い踊る少年少女。一年とはレベルの違う派手な出し物に、全員唖然としている。
ただ、去年も見ていた教師陣と現在の三年は、今年もか、と苦笑しているだけだ。
「あのガスに含まれる別の物質を使えば……もっと面白いものが作れそうだね」
満足そうに、けれど次の楽しみも想像しながら唇を緩める工。もちろんビデオの操作はきっちりとこなし、その上で目の前の華やかな演出を楽しんでいる。
「やっぱり次は爆弾……、でも人を傷つけるものは経が嫌だろうし」
顎に手を当て、パレードと花火を満喫しながら呟いた独り言を真後ろで声を殺して聞いていた不審な影があった。
「お前、小僧の力について知ってるな? 詳しく教えろ」
カラフルな電球が光り輝く大きなバラの形をしたメインの台車が出て来た。その上で姫海と手を取り踊る経を見つけたところで、工の肩にかかった衝撃。
「……誰?」
振り向けば、そこにはフードを目深にかぶった中荷がいた。
「今言っていたことを詳しく教えろ!」
眉間に深いシワを刻んだ工に気づかない中荷は、肩を握る手に力を込めて凄む。だがあまり感情が大きく動かない工は、その行為を邪魔だとしか感じなかった。
「先生、不審者がいます!」
「何? どこだ!」
中荷の問いに反応することなく、普段は出さないような大声をあげた。動画に入ってしまった音声は編集で消すことを心に決めて、近くにいた教員を呼び寄せる。
「ちっ! クソガキ、覚えてろよ!」
「テンプレだね」
走り去っていく中荷の背中を一瞥し、工はすぐさまビデオカメラを確認した。画面に小さく映る経と姫海を見て、ホッと一息つく。
校庭から去る最後のところまで、ちゃんと撮れているようだ。
「結局誰……あいつ」
チェックが終わった工は、楽しみを邪魔し、経の能力を探る男に向け嫌悪感を露わにして呟くのだった。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます