2-2:体育祭

 体育祭は順調に種目を消化していく。

 玉入れでは、姫海が味方である男子に玉を当てまくるという偉業を成し遂げ、満足そうな笑みを湛えて倒れる男子が続出。なぜか女子に当たらないことを不思議に思われながらも、当然玉入れは三学年中の最下位という結果だった。

 借り物競争に出た工は「大切なもの」と書かれた紙を引いていた。一瞬だけ考えるそぶりを見せた工に、書いてある内容が見えた女子たちがそわそわし始める。だが、少し考えたあとに工が走り出した先は校舎。持ってきたのは愛用のパソコンで、崩れ落ちる女子を見て経が静かに引いていた。

 そしていよいよ大詰め。残るは学年別対抗リレーと、最後の出し物のみとなった。


「さて、いくか工」

「あーうん。僕のあとが経だっけ?」

「頑張れー二人ともー」


 立ち上がった経に呼ばれて、工も重い腰をあげた。


「やりたくない」

「ま、情報学科じゃお前が一番早いんだし。仕方ないだろ」

「……はあ」


 借り物競走で持ってきてしまったパソコンを姫海に託し、工は待機場所へと重い足を引きずるように進める。


「そういやビデオに撮るんだろ? 持ってきたのか?」

「これ終わったら取りに行くよ」


 だらだらとやる気なく歩く工は、台車がおいてある校庭の端を見つめる。中はわからないように布がかけられているが、台車は全部で三台。その異様な大きさは隠しきれない。


「綺麗に撮るから任せといて」

「素直に喜べない……」


 自分の屁で咲かせる花火。その映像は、素直に楽しみとは言い難いと苦笑する。


「とりあえず、さっさと終わらせよっか」

「やるなら本気出せよ」

「適当に頑張る」


 学年対抗リレー、二年代表の二人。アンカーが経で、その前が工だ。各学科一人ずつ、計五人が走る。走る順番は決まってはいないが、基本的にどの学年も体育学科をアンカーにしている。

 体育学科がある飛呂総合高等学校には、陸上競技用の四百メートルトラックも存在している。だが、トラックは体育祭をしている校庭とは別の場所にあるため、今回は白いテープで描かれている二百メートルトラックを利用する。


「しろがねー、さっさと並べー」


 スターターピストルを構えた男性教師が、未だにゆっくりと歩いている工を急かした。少し前に工の背中を押した経は、すでに反対側の待機場所に付いている。

 今回は一人百メートル。五人でバトンを引き継ぐので、合計五百メートルのリレーだ。


『さあ、体育祭もいよいよ大詰め! 学年別対抗リレーが始まります!』


 放送担当の生徒が、テンション高くマイクに向かって叫ぶ。マイクを通して校庭にもそのテンションが広がり、待機席の生徒から飛ぶ応援の声も激化していく。


「位置について」


 ピストルを構えた教師が、腕を空に向けてまっすぐに上げた。上げた腕と、もう片方の空いている手のひらで耳を塞いでいる。


「よーい」


 第一走者が足に力を込める。

 パアンッ

 激しい音が空気を切り裂き鼓膜を震わせると同時に、第一走者の三人が一気に駆け出した。第四走者まで順調にバトンは渡り、現在の順位は拮抗している状態だ。


「白金!」

「ん」


 叫んだ機械工学科の二年に、工がわずかに首を縦に動かした。指に当たったバトンの感触を逃さぬよう、しっかりと握りしめて走り出す。


「白金くーん!」

「きゃー」


 黄色い声援には全く興味がないのか、無反応で走り抜けていく。体育学科ほどではないにしろ、高校生の中では工は足が早い分類に入る。ほとんど運動をしない文化系メンバーでは相手になるはずもなく、近かった距離がどんどんと開いていく。


「あとよろしく」

「おう」


 走りきった百メートル。わずかに汗をかいた工が、経へとバトンを繋いだ。

 短距離で数秒の差は果てしなく大きい。経が走り出して数秒後、一年と三年のアンカーも走り出すが、すでに経の背中は数十メートル先にある。


「一着は、二年!」


 ゴールテープを切り、経はリレーでも見事に一着でゴールした。声高らかに叫ばれる自分たちの学年に、二年は全員立ち上がって雄叫びをあげる。


「よっしゃ」

「ま、当然だよね」


 ゴールまで移動してきていた工が、いつも通り真顔で経の肩を叩いた。


「工が引き離してくれたからな」


 ニッと歯を見せて笑った経に、工は照れ臭そうにそっぽを向いた。珍しい反応をからかおうと口を経が開こうとするが、それは叶わない。


「行くぞーけーい」

「ぐえ」


 姫海が突進してきたからだ。

 次はいよいよ最後の学年別出し物。一年、二年、三年と学年順で行い、教師たちが各学科の技術力などを見て点数をつける。点数は今までの競技種目で取ったものと合算され、総合点が一番高い学年が優勝だ。


「お前……まじやめろそれ」

「どれ?」


 本気でわからないのか、姫海は不思議そうに首をかしげる。しかしすぐに考えるのを止め、経の腕をガシッと掴むとそのまま歩き出す。


「無駄だよ経。行ってらっしゃい」


 機械いじりをしている姫海は見かけによらず力がある。容赦なくズルズルと引きずられていく経を、工は手をひらひらと振って見送った。

 助ける気は無いようだ。


「さ、盛り上げるよー」

「ここまできたら、きっちりやってやるさ」


 更衣室の前で手を離した姫海に、経も自分の両ほほを叩いて気合いを入れる。


「足踏んだらごめんねー」

「……大丈夫、厚めにテーピングしとくから」


 姫海のあっけらかんとした言葉に、グッと立てられた経の親指。しかしその姿は、なんだかとても悲しげに見えた。

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