3-2:パッキング・ユニット

 姫海と工が小規模工房に籠るようになってから数日が経った。


「試作品一号完成!」

「早速持って行こう」


 叫び立ち上がった姫海が手にしているのは、ベルト型の何かとパンツ型の何か。工の声にも後押しされ、それらを袋にも入れずに抱えたまま工房を飛び出そうとした姫海は、扉を開ける寸前で踏み留まる。


「さすがにパンツそのままはダメだよね」

「変態」

「違うから!」


 パンツ型のものはそのままパンツだったようだ。二つを適当な袋に詰め込んで抱えた姫海は、真顔でからかってくる工と共に電気がまばらについた廊下を進んでいく。時刻は十八時を過ぎているので、部活動も終わっている頃合いだ。

 部活をしていた経とは教室で待ち合わせをしており、合流したあと一緒に病院へと向かう予定なのだ。


「おつかれ経―」

「お疲れ」

「おう」


 教室を開ければ、すでにそこでは経が待っていた。飛びかかってきた姫海を避けて、経は二人に返事をする。


「なんで避けるのさー」

「避けるだろ」

「可愛い女子からの抱擁を避けるなんて信じらんなーい」

「自分で言うな」


 カバンを持って教室を出る経の背中に文句を言いながら姫海が追いかける。頬を膨らませて抗議の言葉を投げかける姫海だが、経は全て無視している。

 一番後ろからついて行く工は、興味がないのか会話に加わるつもりは無いようだ。


「で? できたのか?」

「もちばっち!」

「古い」

「うるさいよ工くん!」


 いつかもしたようなやりとりをしながら自動ドアをくぐって病院内に入ると、先ほどまでの喧騒が嘘のように三人は口をつぐんだ。

 技術系のものは総じて夢中になると周りを気にしなくなる。技術系、芸術系の集まった飛呂総合高等学校では夢中になり過ぎて周りに迷惑をかけてはいけないと、入学当初から口を酸っぱく言っているのだ。破ったら工房や稽古室など一ヶ月使用不可。実技が必須な彼らにとってはかなりの痛手だ。

 だが、身内にかける迷惑は別である。


「おじいちゃんできたー」


 理事長室の扉を開けるなり、姫海が声を上げながら席に座っている素夫に走り寄る。先ほどの無言が嘘のようだ。


「おー、できたのか」


 駆け寄ってきた姫海に笑顔を向ける素夫は、早く現物が見たいのか落ち着きなく机から立ち上がるとソファの方へと移動する。

 煙幕やその他の武器を作るために必要な物質たちは、この素夫が調達してくれていた。少年少女の悪巧みに、いい歳をした祖父が加わっていることに苦笑して、経もソファに腰を沈める。

 今から、製作した武器のお披露目会だ。

 経と素夫が並んで座り、向かい側に工と姫海が腰掛ける。


「じゃ、早速……」


 工房から出るときに急いで詰めた紙袋から、丁寧に開発したものを取り出した。


「まずはパン――いや、これは工くんに任せる」

「……女子と同じ思考もあったんだ」

「ほら、早くー」


 ジト目で見てきた工にパンツを託し、姫海は両手を擦り合わせそわそわしながら発表の瞬間を見守っている。


「まずこれ、パンツ」

「いや、そのままだよな」

「ボクサーじゃの」


 素夫の言った通り、ぴっちりとしたボクサーパンツとよく似た黒いそれ。工は平然と机に広げ、そのパンツの性能を説明する。


「これは、気体を逃さない構造になってるよ」


 肛門近くについた穴。そこにもう一つの部品をつけて完成なのだと工は続ける。


「それをつければ、蒸れる心配もそこまでないはずだよ。不要な空気は逃す仕組みになってるから」


 話すことは話したと、工は無言で姫海に視線を向けた。


「つけるのは、これ」


 視線を受けた姫海が、もう一つの発明品を机においた。ベルト型のそれは、工房に入った時に経も何度か目にしたことがあるものだ。


「邪魔にならないように、制服とか私服でも使えるベルト型にしてみたよー」


 黒いベルトはシンプルで、確かに問題なく利用できそうだと経は頷く。

 机の上に置かれたベルトからは薄いホースのようなものが伸びていて、これがパンツとつながるようだ。


「ほほう……ガスはこの風船のようなものにいれるんか?」

「さっすがおじいちゃん」


 ホースは平べったく、ズボンの内側でパンツと繋げても目立たない仕組みだ。さらに、カラフルなバックルは開閉が可能で、内部にはしぼんだ風船が複数しまえるようになっている。


「あとはこのボタンで、四種類の武器が作れるんだよ」


 開閉が可能なバックル部分には、赤、青、黄、黒の四色のボタンもついていた。


「経から出たガスに含まれる物質に反応して風船の色が変わるようにしてみたから、その風船の色に合わせたボタンを押せばオッケーだよ」


 最後に、風船が膨らんでいない時にボタンを押してしまっても反応しないように作ったと説明した姫海に、経は安心したように頷く。


「今使えるのは、黒が煙幕、黄が催涙ガス、青が催眠ガス、赤が掻痒ガス。あ、かゆいガスね。で、これ以外の色になった時は人には影響のないもののはずだけど、一応誰もいないところで捨ててね」


 人差し指を立てて、姫海がウィンク付きで言い切った。隣に座っている工も、うんうんと満足そうに首を縦に振っている。

 流石に数種類全てを武器に活用することはできなかったが、活用できていないものも風船に保存して安全に持ち運びができるようになったのだ。わざわざトイレに駆け込まなくて良くなっただけでも確実に今より生活しやすいだろう。


「別の物質も混ぜるってとこがまた、いいのう」

「いや、よくないから」

「幅が広がりますよね」

「そう! なんでもできちゃうんだよー」


 経が少しだけ二人を見直したのに、素夫の発言から始まる会話にまた頭を抱えた。今はもう、三人で相手に与える痒みの程度がどのくらいなのかなどを話し合っている。


「しかし、風船を持ってるのは邪魔じゃないかのお?」

「ガスの量的に、大きく膨らんでも直径五センチにいかないくらいの計算」

「工くんがこう言ったから、ベルト脇につけられるようにしといたんだ」

「これ?」


 ベルトについている穴の周辺に、ベルトと同系色のゴムが巻き付けてあり、そこにガス入り風船をつけられるようになっている。


「これさ、投げたくはないけど……投げたら割れんの?」

「あ」

「…………」


 姫海が今気づいたとばかりに声をあげ、工も無言のままものすごい勢いでキーボードを叩き始めた。


「風船だと投げて割るのは難しそうじゃの」


 ふむ。と顎に手を当てた素夫が、試しにと膨らませてみた風船を触っているが、弾力があり簡単に割れることはなさそうだ。


「早速の改善点だねー。やっちゃった」

「投げられるという利点が消えるのは痛い。考え直さないと」

「うちわで扇ぐとかどうかの?」

「それなら効果時間とか、距離も調べなきゃだね」

「指輪に針を仕込むとか……」

「経の運動神経ならありだね! 超近距離武器」


 楽しそうに話し始めた三人を順番に見つめてから、経は疲れたように深いため息を吐き出した。


「俺は一体何と戦う予定なんだ……」

 ポツリと落とされたその疑問に、答えるものは誰もいなかった。

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