3-1:パッキング・ユニット

 それから一ヶ月かけて調査を行なった結果、食事との関連性は見つからなかったものの、経の「屁」に含まれる物質が数種類あるとわかった。

 検出された物質の中で、人体に強く影響を与えるものは最初に発見された二種類。イソフルランとクロロアセトフェノンだけだ。しかし、見つかったものはこの二つの物質と全く同一のものではない。それらにかぎりなく似た成分を持つ、別の物質だ。

 検出された物質は全て保管しマウス実験を行なった。結果、作り出した経本人には全く影響はなく、それ以外の生き物には効果があるという事実が改めて確認できた。なお、確認できている物質に致死性はなく、今のところどれだけ多く投与しても、後遺症、死亡などの症状は確認できていない。


「ねね、どう? いい方法見つかった?」

「少し」


 ある程度「屁」の情報が出揃った頃、姫海と工は学校にある小規模工房で作戦会議をしていた。

 機械工学科では、生徒が利用できる専用の工房を複数所有している。十人以上で使用できる大規模な工房が二つ。時間指定をすることができ、一人から四人で借りることができる小規模工房が十五個だ。


「ガスを入れるところに別の物質を入れることはできる?」

「ん。多分大丈夫だよー」


 ちなみに、体育学科は必ず運動部に所属しなければいけないため、経は現在バレーボール部にて部活動中である。


「容器さ、常に大きいままだと邪魔じゃん? ゴム製とかどう?」

「いいね。風船みたいな感じかな」


 止めるもののいないこの場。どんどんと二人の武器製作の話は進んでいく。


「このデザインなら外から分かりづらくてよさそう。つけてもらって確認しよーっと」

「物質の判別はどうするの?」

「おじいちゃんの話だと、睡眠ガスのときは睡眠ガスだけで、複数の物質が混ざってるってのは今までなかったみたいなんだよね」


 持っていた電動ドライバーを机に置いて、姫海がカバンの中から紙の束を取り出した。中には、今まで確認できた物質の一覧などが詳しく書かれている。そこには確かに、屁に含まれる物質以外で確認できたものは一種類だけだった。と記載されていた。


「だから、確認できたそれ以外の物質ごとに化学反応的なのでゴムの色か何かを変えられないかなってー」

「それいいね……」


 姫海の話をパソコンに打ち込みながら、工は作れそうな武器のアイデアもメモしていく。


「物質の判別をしたあとに別の物質を入れられるなら、煙幕とか……。痒くなるような成分を作り出すことはできそうだ」

「うんうん! 大怪我させたいわけじゃないし、そのくらいなら可愛いんじゃない?」

「可愛くねぇからっ!」


 ガチャリと開いたドア。そこから飛び込んできたのは息を切らした経だった。部活が終わってすぐに走ってきたようで、Yシャツの裾はズボンから出ていて少し乱れている。ブレザーに関しては袖を通さず、小脇に抱えてきたようだ。


「まあ、誰かにぶつけるわけでもないし」

「俺は自分のガスを投げたくなんかないからな」

「とりあえず投げてみたら楽しいかも?」

「んなわけあるか」


 一気に賑やかになった室内。言葉を投げ合いながら、それでも姫海と工の指は止まらず動き続けている。


「まあでもさ、だいたい形できてきたし」

「運用方法も決まった」


 サッと同時に差し出されたもの。

 姫海からは、ベルト型の何か。そして工からは、パソコン画面いっぱいに並んだ作れそうな物質一覧。


「…………」

「ねえ経?」


 差し出していたベルト型の武器試作品を机に置いて、黙ってしまった経の顔を姫海が覗き込んだ。


「まだ治す方法、わかんないんでしょ?」


 いつもと違う、間延びしていない真面目な話し方に経は無言で首を縦に動かした。工房にある椅子に座っている工も、パソコンを叩く手を止めて二人を見つめている。


「それならさ、楽しんじゃおうよ」


 姫海はぎゅっと経の両手を握りしめて、からかうわけでもなく、楽しそうにでもなく。優しく、ふんわりと微笑んだ。


「こんなかっこいい武器作れるんだぞってさ!」

「緒澤……」

「そこは姫だってば!」


 突然、他人に影響を及ぼしてしまう物質を含む「屁」が出るようになってしまった経。ひどくそれを気に病んでいることを、姫海も工も気づいていたのだ。


「特殊能力。かっこいいじゃん」

「……そういう言い方をすれば、な」


 なんだか少しだけむず痒くなって、経が鼻の頭をぽりぽりと右手の人差し指で掻いた。


「よし! じゃあこれで経の公認で武器開発オッケーってことだね」

「ん」

「ちげぇ!」


 楽しそうに両手を挙げ武器の作成に戻った姫海と、軽やかにキーボードを叩き始める工。経の苦労は、まだまだ続きそうである。

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