2-2:不穏な空気

 授業が終わり、部活もこなした経は病院への道を歩く。もちろん、工と姫海も一緒だ。


「おじーちゃん久しぶりー」

「おー! 姫ちゃんに工くんじゃないか。そうかそうか、聞いたんじゃな」

「お久しぶりです」


 理事長室へ入り、机に走り寄った姫海の後ろに工が続く。最後に入った経は、理事長室の扉を閉めてから素夫の元へ向かった。ニンマリと笑う素夫の顔に若干の苛立ちを覚えるが、姫海と素夫を同時に相手にするのは面倒だ。そう理解しているため、経はそれを口に出すことはしなかった。


「二人は朝の結果でも見て待っとってくれ。経は検査に行くぞ」

「はいよ」

「ありがと、おじいちゃん」


 元気に返事をしてから姫海が来客用ソファへと向かう。工もぺこりとお辞儀をしてその後ろに続いた。


「く……ろろあ、せと、ふぇの……ん?」

「催涙剤の一種で、催涙スプレーとして市販されているものだね」


 見慣れないカタカナをなんとか読み上げた姫海の横で、クロロアセトフェノンをインターネットで検索した工がその成分が何かを堪える。


「書類にも書いてあるからわかるし」

「それもそうか」


 工は頷きつつも、キーボードに置いた手を離そうとはしない。


「まあでもとりあえず、一種類じゃないってことは確定みたいだね」


 パラパラと書類をめくる姫海が真面目な声で呟いた。だがその瞳の奥は、キラキラと楽しそうに輝いている。


「すごく興味深いね」

「やっぱ武器だよね、武器」

「誰と戦うの?」

「世界!」


 拳を突き上げて立ち上がった姫海を、工はゴミを見るような冷めた瞳で見つめた。しかし、口に出すことはしない。これ以上何かを言っても無駄だと思っているからだ。


「まあでも、武器になりそうなものを作るのには賛成」

「で――」

「なに物騒な話してんだよ」


 賛同してくれた工に興奮した姫海が大きな声を出すが、その声は検査を終えた経に遮られた。


「だってさ、催涙ガスに睡眠ガスだよ?」

「面白いよね」

「俺は面白くねぇっ!」


 叫びながら否定をする経だが、味方は一人もいなかった。


「ワシは楽しい」

「私も楽しー」


 ケトルでお湯を沸かし、お茶を入れながら賛成票を入れる素夫に姫海も続き、経に追い討ちをかける。


「諦めたら?」

「…………」


 ソファに座っている工が、ソファの横に立ち尽くしている経を見上げた。


「はぁ……」

「経はお疲れ?」

「お前らのせいだよ」


 崩れ落ちるようにソファに腰掛けた経の目の前で、姫海はせんべいを頬張っている。その隣にいる工は無言でパソコンと向かい合い、素夫は経の隣で茶をすする。


「疲れる……」


 経は眉間にシワを寄せて、小さな声でぼそりと呟いた。

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