第84話 吾輩はモヤモヤして別の事を考える
吾輩は目を覚ました。こうもりが話しかけてくる。
「旦那、お目覚めですか?」
「なんかしっくり来ないな……」
「どうしたんです?」
「どうもなー、何かが出来ない」
迷える吾輩です。改稿の力を入れてる最中ではあるのですが、どうもしっくりこない感覚。直して直していると良くはなっているのですが、どこかが違うという感覚に襲われます。
違和感が強い。
明らかに良くなってはいるけど、何かが引っかかっている。
他の作品を読みつつ吸収しながら考えているのですが、
文字と空白の兼ね合いに悩む。
見栄えというのか、何か読みづらさを感じるのです。ただそれがハッキリと掴めないから直せずにいる。どこかある部分の作りと構造が欠落している。
それがぼんやりしているから気持ち悪い。
仕方なく、吾輩は別の事を考える。
最近なろう系の漫画を良く読むのだが、どうも響かない。というのも、最初だけ感が強くて後々の期待が持てないという感覚に近い。大喜利的に最初はどんな能力かと期待する部分があるのだが、それが分かってしまうと後に続く面白さが無くなっているような感覚。
気になるかと問われれば、はてな?なのである。
これがテンプレを過食しすぎた症状なのだろうか。もはやステータスとか見る気力が下がっていく。似ているというか系統がいっしょ過ぎて過食気味なのである。
これからアニメ化も続々進んでいくのだがどうもテンションが上がらない。
吾輩は考える。
物語を構成する上でキャラっていうのが土台なのかなーと。
やっぱり、キャラありきなのではなかろうか?
どういうキャラなのか個性がハッキリしていないことには読み進める面白さが見出し辛い。キャラ達がその後どうなるのかと期待をしてみるのであって、ストーリーだけでは中々にと言ったことを考えてしまう。
ドラマの『相棒』を見ているとそう思える。
右京さんのキャラだからこそ見たいと思える。右京さんという存在がどれだけ魅力的なのかが良くわかる。他の刑事ものとは違う。あの一癖も二癖もある人間味だからこそ人をひきつけるのではなかろうかと。
キャラの重要性を理解する。
吾輩は考える。
カクヨムでお金が入るとかなんとか。
作者への還元を考えてると通達がありました。色々考える。PVに応じてお金が入る仕組みなのだろうかとか。
他サイトのマグネットとかそうだったはず。投げ銭システムだからちょっと違うか……どちらかというとYoutubeに近い気がするか……。
これってお金が関わるから何か問題が起きそうな気もするけど、いい事なんだろうなと吾輩は思う。別に吾輩お金がいいと言ってるのではなくて、作者を援助するシステムの構築といえばカッコよくなるが……これでもは要は金だな。
何を迷走している……吾輩。
作ったものに対して収益が上がるのはいいことではなかろうかと。まぁモチベーションに繋がるのであれば良しだと思うのです。別に図書券でもなんでもいいのかもしれないが、それがきっかけで書く人が増えればいいですねー。
別に崇高な理念で作るの第一って人だけでもなかろうし。
だからこういう支援的な考えは吾輩賛成といったところです。
まぁ吾輩の場合、このシステムがあろうがなかろうが関係なしに書くのだが、こういうものが今後増えるのはいいことだと個人的に思うのです。
吾輩は考える。
ネットの声に疑問を持つ。
ネットの声って直にみるから総意に見えるけど、実際は少数派なのだと。よくなろう系、なろう系、騒ぐ記事が多い昨今であるが結局なろう系強しってことです。
これが現実なんですよ。
なんだかんだ一括りのイメージでダメ出ししているだけで、何一つ的を射ていない発言がネットには多いのですね。こういうことって多々ある気がする。
目に映っている現状と周りの認識のずれっていうもの。
いかに自分の世界が狭いかを知るきっかけになる。
結局何を信じればいいと問われれば――
『自分を信じろ』と、
吾輩はいう。
そんな吾輩かっちょいい。
「旦那……」
「呆れないで!」
吾輩は考える。
あるエッセイが総合週間ランキング一位になる。
まぁ吾輩も読んだことがある作品である。アニメ化を断った話。読んでみた。
ここからは個人の感想なので悪しからずなのである。
売れない作家に編集が冷たいのはよくあることなのですね。まぁ編集さんもお仕事なので身内でなければ家族でもないし、温かい目で見守るわけでもないってことが良くわかる。
期待があるうちは優しいが、期待がなければこんなものかと。
けど、当たり前のことなので仕方なしか。
アッチだって仕事なのだ。売れるようにする戦略を考えるのは最初だけなのかもしれない。売れないと判断が下せた時にどうしようもないのだろう。そこから起死回生、一発逆転の案など考えるほど一つの作品に命を賭けているわけでもないということだろう。
しょうがーね。しょうが……ねぇ……よ。
と、しか書けぬ。
編集さんの意見も適当に見えるのは本人の目線だけだからだろう。編集さんの考えとか生活を見てないから何とも言えない。売れっ子の編集さんで権力は合っての事だから尚更判断が難しい。
編集も売れるものが分かってれば苦労なんてしないし、それこそ書ける作家に依頼すればいい話になってしまうのだから。その定義が曖昧だからこそネット小説という媒体が人気があるのだから。
けど、不思議なことでエッセイのおかげで作品も復活してきている。
逆転の一手となったわけだ。あとは持続するかは作品の力次第なのだろう。
頑張れ、ソユーズ。
吾輩的には三部構成のうち、二部が一番の盛り上がりだった記憶がある。三部は毛並みが変わるし一部は土台でしかない。二部まででどう持っていけるかがカギな気がする。
何かをきっかけとして作品がヒットするのは良くあること。
あとは時代の判断でしかないってことか。
物語とは本に奇妙なものよ。
吾輩は考える。
なぜ『エッセイ』というものを読んでしまうのか。
一人の人間の感情がそこに赤裸々に映し出されるからだろう。とてもわかりやすいのだ。どう考えているか自分の考えを言葉にするからすんなり書けるのだ。
だからこそ読んでて理解できるのだろう。
感情の通り道が明確になっているから。
これがいざ物語になるとどこか抜け落ちるのだ。
だからエッセイは勉強になるのかもしれない。
そこには嘘が無く思いの丈を綴ったものがあるから、分かってしまう。伝えたい意思が明確になっているからこそ読みごたえがハッキリとわかる。キャラだと何かが抜け落ちてしまっているのだろう。
それが何かを掴めないというのがもどかしいものである。
「旦那の場合もそこらへん怪しいと思うんですけど……」
「なんで?」
「だって……考えをまとめずに書いてるから」
「……」
眷属は的確だ。よし、ならば!
寝よう。
《つづく》
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