第3話 紫のキノコ

 倒れて腐った大木の陰に小指ほどの長さのよわよわしい茎に50ペンス硬貨くらいの大きさの傘のついた紫のキノコが、かたまって生えている。


何てきれいな紫色なんだ!と僕は思った。


「このキノコを食べて、お願い事をすると願いが叶うのよ。でも、採ったら紫色が褪せていくからすぐに食べて。キノコが紫色の間に食べないと願い事はかなわないの。何かお願い事はある?」


僕は、お母さんの病気がはやく治りますように。と真っ先に思った。


「うん…、お願い事はある」


「あるのね」


 と、ローズマリーは確認するように言って、紫のキノコをひとつ採った。


「はい。食べて。お願い事をして。はやく!」と、僕に差し出した。


 僕はキノコを受け取ったけど口に入れるのが怖くて、キノコをただ見ていた。

 すると、みるみるうちにきれいな紫色は褪せていき、キノコは白色になった。


「あーあ。白色になったらもうだめなのよ。すぐ食べなきゃ。あっ、もしかして毒キノコだと思ってるのかしら? じゃあ、見てて」


 ローズマリーは紫キノコを採ったかと思うと、パクっと口に入れてもぐもぐしてごくりと飲みこんだ。少しの間、目を閉じていて、そしてカッと目を見開らいて僕にこう言った。


「あなたのお母さん、病気なんでしょう。入院しているのね。可哀想に。心細いでしょうね。会いたくても会えないのは寂しいわ。このキノコを食べてお願いすればいいのに。早く病気が治りますようにって」


「――!? なぜ知ってるの?お母さんのこと!」


「私は『あなたのお願い事を知りたい。』ってお願いしたの。ほらね、本当に願いは叶うのよ。それに毒キノコでもないわ」


「本当に?本当に本当なんだね。僕の願いは叶うんだね」


「そうよ。本当に本当よ」


「僕は、我慢してたんだ。お母さんのことをあまり考えないようにしてたんだ。だってもう10日になるんだ。1週間って言ったのに。おばあちゃんはいつも『大丈夫。もうすぐ良くなるから。』って言うけど、もうすぐっていつさ!もしこのままお母さんの病気が治らなかったらどうしよう。それにもしも、もしもこのまま一生会えなくなってしまったら…… そんなことをちょっとでも考えたら心が張り裂けそうになるんだ。だから考えないようにしてた。でも本当は早く良くなってほしいと思ってて、1分、1秒でもはやくお母さんのところへ帰りたいと思ってるんだ。お母さんに会いたい!」


「我慢なんてしなくてもいいのよ」


僕はローズマリーの目を見て、うなずいた。

僕は僕の願いを叶えようと思った。そして、紫のキノコを食べることに決めた。


「さあ。紫色が褪せないうちに……」


ローズマリーからキノコをうけとり、口に入れようとしたその時、


 ちりんちりん、ちりんちりん


 と、ベルの音がどこからともなく聞こえてきた。チャーリーが弱々しくワンッと吠えてベルの鳴る方へよぼよぼと歩いていった。ローズマリーは僕に顔を近づけ、

「私、もう行かなきゃ。楽しかったわ。さようなら」

と小声で言って、僕のほっぺを両手で触ったかと思うと、耳もとでパチンと両指を鳴らした。

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