第4話 8月の暖炉

 パチパチと薪の燃える音と、冬の匂いで目が醒めた。気が付くと僕はジョンのお屋敷の広いリビングのソファーの上に横になっていた。8月なのに暖炉に火が入っている。暖炉の薪の燃える匂いはクリスマスを連想する冬の匂いだ。僕は、冬になるまで寝てしまったの?と、ちょっとの間、今がいつなのか判らなかった。ソファーの横で、チャーリーが行儀よく前足をそろえてその上に顔をのせるようにして寝ている。僕が体を起こしたのに気がついたのか、黒目がちなアーモンド形の目で上目遣いにこっちを見てよろよろと立ち上がって、のろのろと僕の膝の上に顎を乗せた。


「チャーリー、僕、どうしちゃたのかな?さっきまでローズマリーと森にいて…」


 ちりんちりん、ちりんちりん…


「ああ、起きたかい? ジョン・アシュフォードの森でのお昼寝は気持ち良かったかい? ちょっと寒かったかな」

 と、薪を抱えたジョンが部屋に入ってきた。


「僕、寝てたの?森で?」


「そうさ。3時間も森に行ったきりで、探しに行ったら切株の横で寝てたよ。体はかなり冷えていたけど、気持ちよさそうにぐっすりとね。チャーリーが場所を教えてくれたよ」


「チャーリーが!? 」


 僕はチャーリーの首から頭にかけてを両手で押さえて額と額をあてて、「チャーリーありがとう。君はなんてクレヴァーな犬なんだ!」とささやいた。


 チャーリーは僕の鼻をペロッと舐めた。


 ちりんちりん


 ジョンが薪を暖炉にくべるたびにベルが鳴る。


「そのベル、その音…」


「ああ、これね」ジョンはハンドベルを腰の皮ベルトから外しながら、


「これは、チャーリーが子犬のころ森で迷子になったとき使っていたベルなんだ。森で大声を出すと他の動物を怖がらせてしまうからね。今日、久々に使ったよ」


「夢の中の出来事かと思ったけどジョンだったんだね。僕、夢を見てたんだ。食べると願いが叶う紫のキノコがあって、それを食べようとしたときに目が覚めたんだ。それに、女の子が出てきた。えっと、名前は…… あれ、なんだったけ、さっきまで覚えていたのに、どんどん忘れてく」


「夢はね、起きた時ははっきり覚えているけれど、時間が経つとどんどん色褪せる。そして思い出せなくなる…… 、かな」


 そう言って、ハンドベルをキャビネットテーブルの上に置いた。


 キャビネットテーブルの上には今ジョンが置いたハンドベルのほかに、沢山の写真がいろんなデザインのフレームに入れられて飾ってあった。かなり古そうなセピア色のヴィクトリアン時代の怖そうなおばあさんの写真とか、女の人の横顔の白黒写真、結婚式の写真、赤ちゃんの写真、このお屋敷を上から撮った航空写真、芝のガーデンで数人がクリケットをしている写真、裾の広がったズボンを履いてセスナ機の前でサムズアップポーズの男の人の写真。ボートの上で男の人が大きな魚をかかえている写真、男の人と金髪の女の人と女の子の3人で金色の毛並みの子犬と遊んでいる写真。髪も白くないしお髭もないけど、写真の男の人はよく見ると若い時のジョンだ。僕は、ジョンってば、かっこいいなあ。と思いながら、キャビネットテーブルの上にある沢山の写真を次からつぎへと目を移して見た。その一番端に、僕と同じ歳くらいの女の子がおめかしをして、その子の両親と思われる若い頃のジョンと金髪の女の人の間で椅子に座ってテディベアを抱いて首をちょっとかしげて笑っている写真があった。


 ――あれ、この写真、どこかで見たことがある。



 ディンド~~~ン、ディンド~~~ン 


 重厚な玄関のベルが鳴った。

「君のおばあちゃんだよ。さっき電話でグッドニュースがあるって言ってたよ」

 ジョンは僕にウインクをして玄関ホールへ行った。


 ――グッドニュース?もしかして!!

 僕は、ジョンが掛けてくれたと思われるチェックのブランケットをはねのけて、玄関ホールへダッシュした。


 おばあちゃんが言うには、お母さんは無事に退院することが出来て、今は家にいて僕の帰りを待っているって。僕は、嬉しくて嬉しくて、お迎えに来たおばあちゃんの腕に飛び込んだ。

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