第2話 森の中へ

 森に入っていくと段々ひんやりとしてきて気持ちいい。太陽の光が十分ではなくて実がほとんどなっていないブラックベリーの、絡み合ったトゲトゲの枝とうっそうとした葉っぱに挟まれた小径こみちは、所々ぬかるんでいて、僕は長靴を履いていてよかったなと思った。チャーリーはよぼよぼ歩いてぬかるみを行こうか、よけて行こうかと考えているようで、左前足を少しの間に曲げて立ち止まって、そのあと首を上下に動かして反動をつけて一歩前に出た。たぶんチャーリーはジャンプをしたかったのだろうけど、あんまり遠くに跳べずにぬかるみにはまった。チャーリーはそのアーモンド形の目を上目遣いにして困った様子で僕を見た。


「アハハ。チャーリー、大丈夫?気をつけてね」


 鳥のさえずりがひっきりなしに聞こえてくる。鳥同士、何をお話をしているのかな。 僕も仲間に入りたくて、「チチッ、チチッ」とか、「ホホー、ホホー、」とか、「キキキキーッ」とか、鳥の声を真似てみた。何羽かの鳥が僕のさえずりに応えてくれた。


 しばらく歩いていると、小径が3つに分かれた。僕がどの道を行こうか迷っていると、チャーリーがかろやかに一番右の小径に駆けて行ったので、チャーリーの後を歩いた。カーブに差し掛かって先を行くチャーリーが見えなくなった時、


「あら、チャーリーじゃない?お久しぶり。元気だった?」という声がした。


 カーブの向こうに、チャーリーと戯れる白いドレスを着た金髪の長い髪の女の子が見えた。僕は森の妖精か、それとも天使が降りてきたのかと思ってびっくりした。


「チャーリーを知っているの?」


「ええ。知っているわ。ジョンのところのチャーリーよね。私、ジョンも知っているし、エミリーも知っているわ」


 と、チャーリーの金色の毛並みを撫でながらその女の子は言った。


「僕もジョンを知っているよ。僕たち友達なんだ。でも、エミリーは知らないな」


「あら、そう。エミリーは私たちと同じくらいの歳の女の子よ」


「君はどこから来たの? 急に現れるから僕、びっくりしちゃった。ここで何をしているの?」


「私はこの森の近くに住んでるのよ。ローズマリーっていうの。私がここで何をしているかですって? お散歩をしてるのよ。あなただってお散歩しているのでしょう? 私、この森のことならなんでも知ってるわ。じゃあ、わたしも訊くわ。あなたは何をしているの?ここで。お散歩でしょ? ウフフ」


「うん。そうだよ。散歩だよ。チャーリーと一緒に。アハハハ」


僕は当たり前のことを聞いてしまったのでちょっと照れて笑った。ローズマリーは、楽しそうにまたウフフと笑って、


「向こうにね、面白いものがあるのよ。見せてあげるわ」


と、僕の返事も聞かずに、森の奥の方に駆けて行った。チャーリーは跳ねるようにローズマリーのあとを駆けて行った。僕もあわてて後を追って駆けた。


「ほら、あそこ」


ローズマリーが指をさした先には、枝を何本も束ねて上の方で結び、放射線状に上から下へと広がらせた枝で出来たテントのような物があった。


「私とエミリーの秘密のおうちなのよ。さあ、中に入りましょう」


ローズマリーに続いて狭い入り口をかがんで入ると、中は思ったより広かった。地べたにはカーペットが敷かれてあったから座っていてもおしりが冷たくならない。隅には小さなおもちゃ箱があって、目の位置がずれているテディベアや、首の縫い目がほつれているゴーリー人形、髪の毛がもつれたバービー人形、ブリキ製のうさぎのねじ式鼓笛隊や、ミニチュアティーセットなどが乱雑に入っていた。


「この子がエミリーよ」


 ローズマリーはそのおもちゃ箱から色褪せた写真を出して僕に見せた。そこには僕と同じ歳くらいの女の子がおめかしをして、その子の両親と思われる男の人と金髪の女の人の間で椅子に座ってテディベアを抱いて首をちょっとかしげて笑っている。


「ふーん。今日はエミリーは来ないの?」


「どうかしら。私は待っているのだけど」


「来るといいね。エミリー」


「そうね……」


気のせいだか、ローズマリーは、ふっと悲しそうな顔をした。


「そうだわ!凄いことを教えてあげる。秘密の紫のキノコがはえてるの」


ローズマリーは秘密のおうちを這い出ると、こっちよ!と言ってチャーリーと一緒に駆けて行った。チャーリーはもたもたしている僕のところへ一度もどってきて、早くしろと言っているのか、前足で落葉を何度か掻いて、またローズマリーの方へ金色の毛をなびかせて走って行った。

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