第3話
気に入らない表示名を変えたくて訊ねる。
「因みにあなたの名前、フルネームを漢字で教えて」
「えーとねー」
彼女はノートの端に名前を書いて私に見せる。
金井灯色。彼女に感じるもやもやを星に全部押し付けるように、名前を上書きした。これでうざさが消え、まともに見える。これでいい。
なんだか時間が過ぎていくのがとても遅いように感じる。ケータイの時間を確認するとまだホームルームまで二分弱だ。
「ハルちゃんは部活入ってんの?」
金井灯色は相変わらず話しかけてくる。私以外にも話しかけられるクラスメイトはいるだろ、前後にも。返事を期待できない私よりよっぽど会話が弾むように見える。見た目的に。
「入ってない。帰宅部」
「お、一緒じゃーん、部活ってだるいよね、私中学の時バスケ部だったんだけど練習がホントハードで何度辞めようと思ったか分かんないよ」
「へぇ、そうなんだね」
金井灯色……面倒だ、灯色でいこう。灯色がバスケをプレイする姿を思い浮かべる。セミロングの髪をポニーテールに結わえて敵選手の間を掻い潜っていく。その姿は滑らかで美しい。ゴール近くでジャンプ、右手に力を込めてボールを投げる。ボールは綺麗な放物線を描き、ゴールの枠に当たることなくネットに軽く触れて真下へと落下。無駄なく整った美しい動きは見るもの全ての心を感動させる。拍手喝采だった。
「ああ違う違う」
目の前の灯色を思い浮かべるつもりが、ピエロになっていた。見た目変わらないからナチュラルに変わってて気づかない。
「私がゴール決めようとしたら、カナちゃんが転んでぶつかって。それで大チャンス逃したんだよ」
カナちゃん? カナイのカナ? いや普通に部活仲間のカナね。聞いてなかったから区別できなかった。
傍目から見ても私は上の空ではないかと思う私だけど、灯色のお喋りは淀みなく続く。
「なんて話、言っても仕方ないよね。そもそも聞いてないし」
いや分かってたのかよ。私が聞いてないのに気づいた時点で止めればいいものを、自分にルールでも課してるのだろうか。すげー馬鹿みたいに思えるけど。
灯色は喋り疲れたのか、セミロングの髪を揺らして大きくのけぞり腕を伸ばす。腑抜けた声のあくびを漏らして机に伸びる。
「まだかなーホームルーム。さっさと学校終わって欲しい。五分くらいで」
「三時間以上ガッツリあるから無理だね」
「もー現実突きつけないでよー。あ、そうだ今日学校終わったら遊ぼうよ」
「遠慮しとく」
え。思考が乱れる。
……唐突にそんなことを提案されても頷く気はない。唐突じゃなくても頷かないと思うけど。
見た目や声が、想像していたピエロとそっくりすぎて違う部分がさっぱり受け付けない。受け付けたくない。
……それに、私と住む世界が違うような、そんな気がした。
「そっかー」
あれだけ続けて口を開いていたくせに、それから喋ることはなかった。断ったからか、興味が失せたのだろう。元々私に興味を持つことがおかしかったんだ。たまたま隣になっただけの、一時的な隣人。
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