第345話 イネちゃんとグワール
自衛隊の艦艇を肉眼で捉えた時、甲板の惨状にちょっとめまいを感じながらもP90を構える。
「弾に関しては特に何もしない、ビームもできれば艦内では使わない……でもこれは本当に生存者、いるのかどうか……」
イーアに確認を取るための呟きの直後、艦内から銃声が聞こえてきた。
『まだ大丈夫!多分これは……』
甲板に降りながらやられてしまった人の様子を確認すると、どうも非戦闘員である数人が、ひどい出血をするような形でやられていただけのようで、空から見下ろした感じよりは被害者は少ない様子だった。
「それでも急がないと。既に被害が出てるんだから」
イーアに返答しながら着艦すると、物陰に隠れていたゴブリンがイネちゃんに向かって殴りかかってきた。
まだ甲板に足がついていなかったこともあってイネちゃんは空に飛び上がるようにしてちょっと大きく回避をし、飛びかかってきたゴブリンに向けて銃弾を浴びせる。
いや、空を飛んでいる間はその空を飛ぶために選んだものの装甲とかに依存するから大丈夫なのは確実なんだけど……今まで空中で攻撃を受けるってことを避けてたから、その癖でね?
ともあれ甲板には既に人の姿がなく、ゴブリンだけという感じなので開け放たれている扉から艦内に入り警戒しながら近くの部屋の様子も感知と目視の両方で確認しながら走る。
銃声自体が艦内で反響している感じで、正直音で場所を特定するのはかなり難しく、感知に関してもかなりの乱戦になっているのかよくわからない感じで、完全に現地に到着するまでわからないと言った状勢。
『空いてる部屋は荒らされてるけれど、しまっている部屋なら中は安全地帯みたいっぽいし』
イーアが分析しているけれど、そのしまっている部屋の中にも人はいて、一箇所に固まっているのが感知でわかっている。
感知している感覚で人がゴブリンかはわかるけれど、一応人間だっていうのもわかるのだけれど……非戦闘員をこんなに乗せたりするものなのだろうか。
『イネ!そこを右!』
少し考え事をしたところでイーアの叫ぶ通り確認せずに通路を右折、また通路を走っていく。
「この先……」
『貨物だろうね、規模的に。格納庫って言ったほうが適切かもしれないけど』
ちなみにイネちゃんが向かっている目の前で、通路を横切るようにいくつか火線が飛んできている辺り交戦中にゴブリン側に躍り出ることになるので当然、その火線に晒されることになるわけだけど……。
こういう閉所での戦いで十字砲火は跳弾の恐れもあるし、本当ならやるべきじゃないけれど防衛側はそのへんはあまり気にしなくていいからこそ、なので1度通路から顔を出す……のは危険なので目視確認も含めて手鏡を自撮り棒につけて通路から、完全にゴブリンの身長よりも高い位置から覗き込む。
どうやら通路を守っているのは3人、本当は後ろでリロードする役がいるんだろうなっていう感じの戦い方をしているけれど、今イネちゃんの周囲を含めたゴブリンはこの目の前にいるのと、艦橋側に向かって動いている反応、これがゴブリンだと思う。
となればこの艦は既に自衛隊員の力だけで防衛成功する感じだけれど……。
「おい!そこにいるのは誰だ!」
状況の確認と整理をしていると守っている人から声をかけられた。
どうやらイネちゃんが確認のために出していた手鏡に気づいたらしい。
「サンフランシスコ滞在中の特殊部隊所属、一ノ瀬イネ。救援にきました!」
書類上ではあるけれど、現時点ではイネちゃんも自衛隊員……ということにしちゃっていいんだよね?
「なる程、救援に向かった先で救援すべき相手に助けられるか……まぁいい、ここはなんとかなりそうだ、ここよりも艦橋へと向かってくれ、隊員は全員訓練してはいるがいかんせん艦橋には武器がない、頼む」
「分かりました、気をつけて」
会話はそれだけ、銃声に合わせてイネちゃんは再び走り始める。
艦橋は外の階段を上がった方が速いので1度外に出て……。
外の光が見えたところで、無警戒だった室内から1匹のゴブリンがイネちゃんに向かって殴りかかってきた。
残念ながら現時点では艦に接地しているのでゴブリンの攻撃はイネちゃんに対して無力なので、不意打ちにちょっと驚いた程度で済んだけれど……。
『来るときはいなかった……』
イーアの呟きの通りこのゴブリンは最初はいなかった。
ということは……。
「攻撃が続いている?」
「まったく、どこにでも現れるのですね。どこまで私の研究を邪魔してくれれば気が済むのですか」
扉が開いていた部屋の中に、ヌーリエ教会のものとは違う転送陣の光が見えて、聞き覚えのある声がイネちゃんに向かって悪意を向けてきた。
「研究?随分醜悪な研究だね」
「真理とは得てして常人から見れば醜悪なものですよ。最初にあなたの世界を実験台に選んだのが最大の誤算だったとは言え、いい加減に邪魔をしないで頂けないでしょうかね」
「それを言いにわざわざ乗り込んできたの?」
「いいえ、そもそもあなたが居るとは思いもしませんでしたから。思った以上にゴブリンが働いていないのが気になっただけですよ。全く、この世界は世界そのものから否定されないものの既に成長した文明相手ともなればオベイロン以外役に立ちませんね」
「じゃあ、諦めたらグワール」
「おや……あぁそうですか、アーティル王女から聞いたのですね、私の名を。常に私に関わるあなたの名前には興味はありませんが、不便ですからね、教えていただいても?」
「教えると思う?あなたのゴブリンに全てを奪われた人間が、あなたに名前を」
「……そうですか、破棄したゴブリンによる被害に関しては確かに私の落ち度ですね、謝罪させて頂きますよ。お望みであれば私のスペアボディ用の施設を使いあなたのご家族を作って差し上げても良いのですが……その表情を見るに、地雷を踏んでしまったようですね」
命を弄んでおきながらこういう発言が素で出てくる辺り、グワールはやっぱり許してはいけない存在だと認識する……のだけれど、よくまぁ自分で感情任せにビーム撃ってないなって関心するくらい、イネちゃんの中でイーアも含めて怒りがこみ上げてきているのがよーくわかる。
「状況の確認が終わった上で、倒せないだろう相手が目の前にいる……この状況でグワール、あなたはどうしたい?」
できれば捕まえておきたいのだけれど……自衛隊艦艇と乗員をゴブリンから守りつつ、恐らく体の一部……いやもしかしたらグワールの言うスペアボディでも体組織が全部マッドスライム相当だった場合、それこそグワールのいるこの艦が無事では済まなくなるからなぁ。
「可能なら、撤退ですね。あなた方は私の研究が許せないようですし、許容される世界を探したいところですね」
「虐殺だけして逃げるか。人間を同種の知的生命体とは思っていないよね」
「人と言っても知能レベルはまるで違いますからね。教育の有無が大きいという理屈は理解できますが、生まれながらの根底に眠るポテンシャルの面まで平等に扱えなどという戯言には私の理解の範疇を飛び越えていますよ」
「悪いけど、大陸じゃ皆違って皆良いが標語みたいなものなんでね。天才と呼ばれる人はすごいと思うけど、イネちゃんの認識ではバカと天才は紙一重、ぶっ飛んだバカってのは侮れないと思うんだけど」
ちなみにこのぶっ飛んだバカの中には今目の前にいるグワールも含まれている。
いや、グワールの場合は頭のいいバカ野郎かな?
「全てが満たされた世界ですか、普通なら魅力的ですし、私にとっても材料の入手はとても楽だったので良かった……あぁ言え、植物等のことですよ?最も、私が無知だったときに人を犠牲にしてしまったことに関しては謝罪いたしますが」
これはもう何を言ってもこちらの価値観、知識としては把握するけど理解するつもりは一切ないだろうね。
というか知識として把握したから大陸から手を引いたって感じがこの短い会話だけでひしひしと伝わってくる。
こいつに法の裁きとかそういうことを適応しようとしても無駄とか、実行できたとしても徒労に終わるだけというのを感じてしまって、また怒りがこみ上げてくるけれどここは1つ我慢をする。
あくまでイネちゃんが無理ってだけで、ムーンラビットさんはできるかもしれないしね、うん。
それにこいつの言うとおり死んだ人の代替となる肉体だって、マッドスライムかゴブリンを媒体にしたものの可能性が高いわけで……あぁそういえばマッドスライムは最初人間だったけど、途中からゴブリンになっていたっけか。
無論、グワールが倫理観に目覚めたとかそういうのじゃなく、ただ単に効率がいいっていうだけの理由ではあるのだろうけれど、実験材料扱いにされる人間は極端に減ったことだけは事実だろう。
「ところで先ほどからあなたが優勢という前提で話しを進めていますが……本当にそうなのでしょうかね?あなたは私が出てくる前、どこに向かおうとしていたのでしょうか」
グワールがそう言った瞬間、イネちゃんが今立っているこの艦が爆発音と共に大きく揺れた。
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