第344話 イネちゃんと海上事変
正直、個人携行型のMLRSがもたらされただけでここまで事態が好転するとは思わなかった。
歩兵部隊で小隊の中に少数配備だと言うのにも関わらず、この短期間にそれを大量生産ベースに乗せて量産し、全部隊配備にしたのが本当凄い。
「それでですね、皆さんにやってもらいたいのは伸びた補給線の防衛と各都市の復興資材の搬入なんですがね」
ゴードンさんが米軍からの要望を伝えてくる。
首都奪還作戦に関して他国を頼らないというのはアメリカという国の体質を考えれば至極当然のことに思えるから別にいいのだけれど……。
「戦力は本当に足りてるんです?」
イネちゃんの質問にゴードンさんは笑いながら答えてくれた。
「はっはっは、心配してくれるのはありがたいですがね、実のところ人的被害はあまりなかったんですねぇ、これが。最も、少なくない数の犠牲の元に民間人優先で避難させた結果ですがね。政治家連中はとっとと逃げ出してたんで返ってやりやすかったってのが本当のところですわ」
ゴードンさんの目が笑っていない……。
まぁ責任を取らない責任者が多かったんだろうけどさ、アメリカなら大統領が真っ先に退避をするっていうのは当然だろうから、流石にゴードンさんもそこは含めてない……よね?
「ところで資材って?」
「あぁそれなら日本から追加派遣ってことで、自衛隊が運んでくることになっているんですが……おかしいですな、わざわざ港が見えるカフェで話しているのは到着がわかるようにだったんですが、予定時刻は過ぎている。自衛隊ってのは時間にルーズなんで?」
「いや、そこは軍と同じ、厳守だ。つまり……」
何か起きたということ。
しかも連絡が無いということを考えると、出発や中継自体はうまく行っていたということだろう。
イネちゃんがあれこれ考えているその時、ゴードンさんのスマホが着信音を鳴らした。
「失礼、出ても?」
「どうぞ、むしろ出ることを優先してください、情報が欲しい」
「ではお言葉に甘えて」
そう言ってゴードンさんは電話に出て一言二言話したあと、すぐに通話を終えるとこちらに向き直り。
「どうやら海軍連中が哨戒機を飛ばしたらしいです。しかしながらレーダーに反応なし、通信に反応なしでよくわからないってことらしいですわ」
まぁ、だからこそ哨戒機を飛ばしたんだろうけど……。
「心配だね」
「民間人は乗せていないはずだから、最悪の事態だとしてもまだマシではあるが……」
「いえ、ここで自衛隊の本隊さんがやられちまうと米軍側の奪還計画にも影響が少なくないですからね、万が一があってもらうと流石にきついですわ」
ゴードンさんがそう言ったタイミングで、今度はゴードンさんのスマホと、ムツキお父さんのPDAが同時に着信音を鳴らす。
とは言えこれは電話ではなく、メールだったらしく2人が内容を確認して同時に勢いよく立ち上がった。
「哨戒機からの情報で、絶賛戦闘中とのことだ」
「しかも資材運搬を中心とした編成で護衛艦が少なかったのと、直接甲板にゴブリンが現れているだので苦戦中、流石に無人哨戒機じゃ何もできないってんで待機中の全隊にメールを飛ばすなんざ、こちらの上層部も混乱してるってことですかね」
そして2人がメールの内容を説明した直後、再びゴードンさんのスマホが着信音を鳴らし……。
「今度は……マジか……」
ゴードンさんが絶句した。
その絶句したタイミングで、イネちゃんたちのいる場所にも何か重いものが地面を叩く音が遠くから聞こえてきた。
「米軍本隊が西海岸から多くを首都奪還作戦のために移動したのを見計らってか、今度は西海岸の都市部近郊にあの、えぇっと……あぁそうだ、オベイロンって奴が突如出現したとのことらしいですわ」
「それって……米軍本隊が挟まれる形になってるんじゃ」
「それどころか補給線が完全に寸断されて、兵站が終わりましたな。これがチェスならチェックメイト宣言されてもおかしくないですわ……クソ、完全に遊ばれてるじゃねぇか」
そしてその補給線を破壊するには、西海岸の主要都市を破壊するだけでいい。
ここ数日、オベイロンの出現頻度が下がっていた理由は、潜伏させるためだったか……それを想定できなかったイネちゃんたちの落ち度だけど、これは完全に戦略負けと言っていい。
そして今敵はイネちゃんたちが守らなきゃいけない二箇所に同時出現しているわけで、それに対応できていない時点で東アジア方面にあたっていたであろうココロさんとヒヒノさんは同行していないだろうし、もちろんササヤさんやムーンラビットさんもいないはず。
となれば今、アメリカ本土とその近海に現れているゴブリン系に関してはそこにいる軍隊か、イネちゃんたちが対応せざるをえないけれど……。
「守備隊の連中はなんだかんだで士気は高い、皆さんは自衛隊の艦艇の防衛に向かってもらっていいですかね」
「それは構いませんが、防衛部隊は大丈夫ですか?」
「ま、少数精鋭でなんとかしますよ。それと足の方はこちらで用意させてもらいますんで」
むぅ……これはどっちつかずでどっちもやばいパターンになりそうだなぁ。
ゴードンさんとムツキお父さんのやり取りを目の前で見ていたイネちゃんは頬を叩いて気合と覚悟を入れる。
「どうしたんです、急に気合をいれて」
「ムツキお父さん、自衛隊側にはイネちゃんだけで行くから、ここの防衛のお手伝いお願いしていい?」
「1人か?」
ムツキお父さんの言葉にイネちゃんは首を縦に振る。
「できる、成功する可能性は?」
「むしろイネちゃんがいない方が心配かな」
「そうじゃない、どちらも確実に成功させなければならない状態で、単独で行動するということは確実だという確信がなければ許可できないということだ」
ムツキお父さんは真剣な表情で言う。
イネちゃんが地面にいるからこそ、無類の強さを発揮できるのを知っているからこそだと思うし、なんとなくではあるけれどムツキお父さんはイネちゃんのことを守らないといけないと思ってくれているものだという感じもしている。
でもだからこそ、イネちゃんは自信を持ってできる根拠を示さなきゃいけない。
「前に見せたあのアニメに出てくるロボットの武器、アレはアニメの奴とほぼ同じ性能を発揮できるから、むしろ対多数の戦闘に特化してる分、イネちゃんがいつも通りに対処してから向かうより効率がいいし、何より自衛隊の艦艇は金属だから、イネちゃんに関してはどちらに向かったとしても能力を最大限発揮できるし、感知能力の範囲を考えるのならむしろそっちのほうが楽もできるし、速度も確保できるから」
実のところ短時間なら空も飛べるし、アニメに出てくるそれとほぼ同性能というのは持久戦に向かないというだけであって、戦闘能力に関しては間違いなく遜色のないほどの威力が期待できる。
「……わかった、だが許可できるのは先行するところまでだ。日本から来る艦艇は1隻だけじゃない以上イネ単独で対応していたらそれこそ時間がかかるからな」
「ま、米軍だって首都奪還に向かったのは陸軍連中と空軍の一部ですからね。距離的にも海軍の援護が受けられる位置ですから、そんな心配してくださらなくても大丈夫ですよ」
ムツキお父さんの限定的な許可と、ゴードンさんの諭すような口調での大丈夫という言葉に、イネちゃんは少し気負いすぎだったのだろうかと一瞬考えるも……。
「……うん、わかった。じゃあ先行して皆が着艦できるようにしてくるよ」
イネちゃんはそう言って、地面から先日作っておいて地中でずっと動力となる粒子を充填していたソレを出して、マントにくっつける形にして保持すると装着時に消費した分を改めて充填しておく。
一応、1度の充填で半日は動くのだけれど万が一という事態もありえるので万全には万全を持って備えておかないといけないからね。
「それじゃあ、行ってきます」
そう皆に言ってからカフェから勢いよく、文字通り飛び出してそのまま高度を上げてまっすぐ西へと向かって飛んだ。
『ちょっとイネ!どこかまだ聞いてない!』
「大丈夫イーア、コレの性能はアニメとほぼ同等だって言ったでしょ!」
そうイーアに言ってから数個の自立ビーム兵器をマントから外して周囲に展開して粒子を空気中に散布していく。
「空気中に粒子が充満すれば感知能力でなんとかなるよ!電波も掴めるし!」
まぁ、そう啖呵を切った直後に米軍の哨戒機とすれ違ったよね、うん。
いそいそと自立ビーム兵器をマントに戻して、哨戒機が飛んできた方向へと向かって速度を上げたのだった、無言で。
幸いイーアも空気を読んで何もいわなかったからね、うん。
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