第342話 イネちゃんと状況変化

 ゴードンさんがイネちゃんの作った空想兵器について調べ始めてから数日後、結局イネちゃんは個人携行型のMLRSを1個作って渡した結果、ボブお父さんとルースお父さんの時のようなノリでご機嫌を連呼した上に、核を使うことなく有効な飽和攻撃ができるし、何よりレールガンと比べれば圧倒的安価だとかで時期主力武器の候補にまで上がってしまい、イネちゃんは大変困惑したのであった。

 ともあれ既に完成品とも言える武器の供与と、アメリカの元々持ってた工業力が合わさった結果、今までアメリカの西海岸まで押し込まれていた戦線は徐々に東海岸へと押し返し始めるまでに至っていた。

 個人携行MLRS、確かに威力が限定的で核のように街ごと殺菌するとかそういうものではないけどさ、ムツキお父さんの言ったようにアメリカが本気出しちゃったら戦術兵器が戦略兵器かってレベルで破壊力を見せてガンホーガンホー叫びを上げながら進軍していったのを見送っている最中である。

「いやぁ、ご協力、感謝しますよ」

「イネちゃん、あれはなんだかんだ不採用になると思って渡したんだけどなぁ……」

「核を使うわけにはいかない、レールガンは取り回しは最悪……爆撃するにも航空基地から出撃できる連中は更に奥地の連中を相手にしているってわけで、上の連中が欲していた要件を満たしちまったみたいですねぇ。東アジア地区を管轄してた部隊にまでこっちにこさせた上でそれなんですから、イネさんの思惑と外れてもまぁ、怒らんでくださいや」

「怒るというより呆れるかな……結構な金食い虫確定の武器なのに」

「それでも、戦闘機を作って運用するより安価だったらしいですよぉ、俺は無学だからそのへん、詳しい数字見せられても理解できなさそうですがね」

 あー……確かに、兵器を準備するだけなら間違いなくMLRSの方がミサイルという性質上単純単価が上になる可能性はあるけど、全兵装装備前提の上に燃料まで含めて考えると、戦闘機の方がお高い……のかな?

 イネちゃんも実のところそのへんの大型兵器の金額って知らないんだよね、戦闘機は日本円で億単位って程度の知識。

 普段個人携行火器しか取り扱ってない弊害だなぁ、それ以上は基本勇者の力で生成しちゃうし。

「ですがまぁ、これで一応アメリカは他国からもたらされた技術や武器であったとしても、それを自力量産して、自分の力で国を取り返すことができるってわけです」

「あぁ、そういう意味ならこれが一応最適解だったと言えるの……かな。でも一応、イネちゃんの出した条件は守ってもらうよ?」

「わかっています。今回もたらされたものはゴブリンに対してのみ使用を許可するというものですよね。少なくとも私は約束いたしますよ」

「まぁ、国が相手だから絶対に最後まで守られるなんて思ってないけど……ゴードンさんは正直すぎない?」

「相手に信じて貰うにはこうするのが手っ取り早いですからねぇ、ただそれだけのことですよ」

 経験談かな、そもそもニューヨーク市警だっていうことだったし。

 まぁ、そもそも自称でしかないし、こっちは確認手段がない以上信用するしかないんだけどさ、MLRSだってゴードンさん経由での米軍への供与だったわけだったから現時点で米軍所属なのは確かなんだろうし。

 最悪の場合夢魔の人に思考を読んでもらいながら会話することになるけれど……まぁ何度か会合しているけど特に何も報告上がってこなかったから別にいいのかな。

「しかしまぁ、これでイネちゃんたちはアメリカでやることはもうないのかな」

「いや、集団的自衛権を建前にしたからな、米軍が大丈夫と言うまではこちらで作戦行動をしなきゃいかんぞ。一応期限もあるが、設定されている期限は半年だからな」

「あぁムツキさん、それでそちらの部隊の状況はどんな感じですかね」

 おトイレに行ってたムツキお父さんが帰ってきたことでゴードンさんが今ここに居る本来の役割である相互連絡の会議が始まる。

「渡米直後からそれなりに長い間戦闘でしたからね、まだ疲れが見えます。1度安全圏で数日休養を取った方が今後の作戦行動に関しては良い結果を出せるようになるでしょうね」

「ま、休むのは大事ですわな。皆さんは今日まで休みなしで戦ってもらったわけですしな。で、どちらで休まれるので?」

「サンフランシスコを予定してますが、あの街はまだ避難対象から外れていたはずですし、安全だからこそ難民の脱出ポイントの1つとして指定されていたわけですからね」

 あーお休みを計画してたのか。

 状況も好転したし、特にイネちゃんたちが守ってた場所に関しては最近オベイロンも出てこなくなっていたからね。

 おかげでイネちゃんは後方で個人携行MLRSの製造アドバイザー兼習熟教官をさせられてたわけだけど、そのへんも既に終わってたからね、うん。

「ま、今のところ私の方にも押し返しの協力を頼めだのの命令は来ていないんで、いいんじゃないですかね。特にお嬢さんが多いのだから余計にって奴ですねぇ、本来戦闘に参加しないだろう方までいるわけですし、えぇえぇいいと思いますよ」

「ゴードンさんはそうはいかないんだ」

「私も皆さんとの専任連絡係ですからねぇ、少なくとも仕事は減りますよ、えぇ」

 お休み中にまた状況変化が起きたら連絡をしないといけないから、どうしても休めないってことかな。

「ま、こんな有事に公僕にはお休みなんていう贅沢品は支給されやしねぇってことですよ。特に自分たちの国が危ないってタイミングなら余計にね」

 ゴードンさんは珍しくはっきりとした口調で言葉を閉めた。

 やっぱり掴みどころのない飄々とした態度も、強がりと言えなくもないのか……有事で軍人を含む公務員にはまずもってお休みなんて存在しなくなるだろうし。

 ……まぁ一般事務関係の人は殆どやることがなくなるだろうし、仕事内容次第ではあるのだろうけれど、わざわざ警察から軍の情報部に移動したゴードンさんが大人しくお休みを取るわけないか。

「それなら仕方ないですね、ともあれ今は優勢になったわけですしご飯くらいゆっくり取れたりするんじゃないです?」

「ま、それはあなた方のおかげさまですねぇ。ただまぁ、緊急事態だからとバカスカあれを作っていられる間は大丈夫ですが、いつ生産が滞るかわかりませんからね。最悪アメリカが開放されたら終わりなんて、政治家連中が考えていてもおかしくはないですしな」

「政治かぁ……イネちゃんにはトンとわからない分野だけど、大陸以外なら考えてもおかしくなさそうっていう感覚はあるかな」

 まず自国優先なのは理解できるし、最近だと大陸の影響もあって多くの国が内需を優先していたため、多国間条約は大陸の存在が世界的に知られる前から殆ど変わっていないらしく、あまり軍事的な相互協力関係というのは難しい状態になっている……ってイネちゃんは聞いたことがある。

「そのへんは一兵卒の俺たちには関係のない話……でもないが、どうすることもできないことだからなゴードン刑事もご一緒に行くだけはしませんか?」

 珍しくムツキお父さんからお誘いしてる!

 お父さんたちの中でも常に一歩引いてるムツキお父さんなのにゴードンさんをお誘いするなんて……いつの間にそんなに仲良くなっていたのか。

「せっかくのお誘いですが、このあと司令部の方まで行く用事がありましてね。皆さんを見送った後すぐにベガスなんですなぁ、これが」

「ベガスって、今でも娯楽やってるのかな、カジノが有名らしいけど」

「いやぁ流石に今は自粛されてますよ。というわけでベガスで今楽しめるのはホテルの豪華な部屋とサービスくらいなもんで……ま、庶民な私にゃ楽しめる場所は存在してないってことですよ」

 自嘲気味に言うゴードンさんはそれほど悔しそうに見えない。

 まぁ、カジノとかあってもギャンブルをするような人ではないんだろうね、それに豪華なホテルとかもあまり興味がないとか。

 イネちゃんもその気持ちはわからないでもないけど……少しだけカジノで遊んでみたいなという気持ちはなくはないんだよね、お父さんたちに言ったらなんか無理してお金工面してきそうだから絶対口には出さないけど。

「「そうなんだ……」」

 と突然イネちゃんの後ろから残念そうな声でお話に入ってきたのはリリアとカカラちゃん。

 というか2人とも神官と修道士なのにギャンブルとか大丈夫なのか……いやリリアのほうはヌーリエ教会がそういう制限とか設けてないのは知ってるけどさ、うん。

「派遣期間が終わった後、余裕があるようなら行ってみる?いいよね、ムツキお父さん」

「まぁ、終わった後なら何も問題はないな。俺はすぐに帰らないといけないが、書類上自衛隊所属なだけのイネたちなら現地文化の勉強のためとでも言い訳を付ければ上も納得せざるを得ないだろう。何せ大陸の神官にムータリアスの文化交流大使だったか?それもいるわけだからな、なんとでもなるだろ」

 あぁ、日本以外も見せろとごねられたと言い訳するつもりだぁ。

 リリアとハイロウさんの2人にごねられた……だけじゃなく最悪キャリーさんも見たいと言ったって言えば本気で言い訳になりそうなのがね、神官と大使と貴族だもの。

「ま、異世界の方々にアメリカは良いところであると知って頂く分には、こちらとしても歓迎しますよ。特に大陸の方々は犯罪を犯す危険なんざないでしょうからね、終わった後なら私も有給とってツアーガイドでもやりましょうかねぇ」

 ん、なんというか今、イネちゃんたちはとってもいけない会話をしているのではないだろうか。

 例えばこう……戦地に赴く人が戦後結婚するとかそんな会話する、あんな感じの。

 そんな一抹の不安を抱きながら、イネちゃんは目の前のお休みの日を待ち望みにすることにしたのだった。

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