第331話 イネちゃんと情報整理
教会の一室、イネちゃんは今防衛設備や電気設備などの地球系技術の整備、運用マニュアルをムータリアスの言葉で作っている最中である。
大陸の言語は、ほぼ日本語と同一なのでこの辺を気にする必要がなかったのだけれど、ムータリアスはすっかり忘れていたけれど言語が違うんだよね、ヌーリエ様による自動変換、翻訳で困ることはなかったけど。
最初にムータリアスの人と出会った時は本当困ったよなぁ、イーアが気づいてくれなかったら割と本当意図が読めないという意味で。
「基本的には文章を逆に書くと意味は通じるんだけど、たまーに違う文法が混じるから注意が必要だよ」
リリアは既にそっちのほうをマスターしている感じらしく、ちょっと感覚的な文言が混じるものの概ねわかりやすい説明で文法を教えてくれている。
「むー……いっそ図解で説明できればそれが一番なんだけれど」
「私もイネも、絵心のほうがないから……ね?」
そうなのだ、イネちゃんは一応何かわかるような感じなのだけれど、リリアはお洋服とかの図面は得意なのになぜか抽象画のような何かになってしまうのだ。
むしろそれは絵心があるのでは?と疑問に持ってしまうものの、抽象的な表現ではマニュアルとしては不備もいいところなので写真にするか全部文章で説明するかを悩んでいるところなのだけれど……。
「やっぱり写真があったほうがいいよねぇ」
「うん……文字だけだとむしろわかりにくい」
一応文字だけでのマニュアルは完成したのだけれど、紙の枚数も結構多くなってしまい、ムータリアスでの紙資源の普及率を考えると現実的ではない。
実際今書きおこしに使った紙だって、イネちゃんがうっかり次の日記を買う前にページがなくなってしまった時のために用意していたルーズリーフだからね、日本の紙安くて高品質だから本当重宝する。
しかしながら現時点で更にその紙を消費せざるをえない流れになりつつわけだけど。
「とりあえず現物の必要な写真をとってーって流れなんだろうけれど……ここで1つ問題があるんだよね。イネちゃんがその修理方法を、正しい手順で手作業する手段をよく知らないという。いやまぁ基本的な保守点検に関してはお父さんたちから聞いてたから、その分でなんとかなると思って記載してたんだけど……」
完全に1度分解が必要になるレベルの整備となると、イネちゃんに知識がないためにどうしようもないのだ。
幸いまだボブお父さんとルースお父さんがムータリアスの情報をまとめるために滞在しているから、知らないかどうか聞くことはできるけれど完全に運用できるものとなるとちょっと怪しくなる。
お父さんたちのチームだと機械関係は全部コーイチお父さんに丸なげしてたみたいだし、ルースお父さん以外が職務上できなくはない程度みたいだから、あまり期待もできない。
「そういえばイネのえーっと……そのー……なんだっけ、あの手に収まる感じの光るやつ」
「スマホ?」
「あぁうん。それで調べたりはできないのかな?」
ネットは、ムータリアスだとヌーリエ教会でも使うことはできない。
シックに通っているネット回線も割と力技で強引に引いているらしく、ネットが通じる範囲が結構狭かったりするし、そもそも使われていなかった通信帯だったらしくってかなり遅いので、有線での接続じゃないとまともに検索するのはかなり難しい。
特にその手の専門分野ともなればネットで検索したところでどういう人が整備を行うとかそういう情報で止まっちゃうんだよね、だから専門書を買うことになるんだろうけれど……専門書とか、電子書籍であるんだろうか。
「あーうん、なんか難しそうだね……」
「そもそもムータリアスだとネットにつながらないから……」
このままだとどうにも進まない。
困り果てたイネちゃんたちを狙いすましていたのかこのタイミングで……。
「お困りのようねー」
「うわぁ!?」
ムーンラビットさんがニョキと机の対面から上半身だけひょっこりと現れてびっくりした。
びっくりしたのがイネちゃんだけっていうのはちょっと納得いかないけど、まぁリリアのことだしいろんな手段で察知済みだったんだろうと自己完結しておいて話を戻す。
「ムーンラビットさん急に出てきて……解決方法でもあるの?」
「いやぁ私がどうこうできないことであるのは重々承知しておるがな、人脈側でなんとかできなくはなさそうとは思うんよ」
「まぁ、ムーンラビットさんが地球の科学分野のことは期待できないから、人脈とかそういう方面になるんだろうと出てきて落ち着いた時に思ってたけど」
というかムーンラビットさんが知らない人って実のところいないのではないかとすら思えてくるくらいだからね、むしろ知っているのが当然みたいなところがあるし。
「そう思われてるのは光栄やけど、私だって知らないことは知らないかんな?まぁそれはともかくとして、大陸で待機している米軍とシックの電気工事をした日本の工務店、どっちがええかね。どっちも対応は可能やと思うけど」
シックの電気工事……日本の工務店だったのか。
でもまぁ、その二択なら……。
「日本でお願いできるかな。ボブお父さんとムツキお父さんから聞いた感じだと米軍に頼んだ場合ムータリアスを米国領土とみなしかねないから」
「りょーかいよー。あ、ちなみに大陸に待機している段階で米国法は通用しないことを認識しろよーと口酸っぱく言い続けてるんで、イネ嬢ちゃんの心配は杞憂だったりするんよー」
「でも……米国だからなぁ」
表と裏が絶対存在するよねぇ、どの国家でも言えることなんだろうけれど、アメリカって割とそのへんもあまり隠さないところあるし。
ムーンラビットさんが交渉したのだって現場の最高指揮官だろうし、国家自体が資源の確保のために色々あの手この手を使っているだろうことは想像に固くないからね。
「ま、民間企業で、ムーンラビットさんが直接あったことのある人たちならそのへんも大丈夫だろうし、いいか」
「夢魔の連中に色目使う連中やったけどな、肝が座っているというかなんというか。まぁうちらとしてもそっち系のお店やってる連中を紹介してやったけどな、うん」
日本の民間企業側はそれはそれで大物だった。
大陸で死ぬほどの精力の吸精は禁止されているってわかっていたとしても、死ぬかも知れないっていう恐怖が大抵勝つと思うのだけれど……性欲恐るべし。
「んじゃあの工務店に連絡お願いねー」
「あれ、ムーンラビットさんが直接いくんじゃないんだ」
「ま、私のほうが手っ取り早いのは確かなんやけどな、2人に現時点での情報の整理に付き合ってもらおうと思ってな。特にイネ嬢ちゃんは3つの世界の事情を多少なりにも知っているわけやし」
なる程。
「でもイネちゃんだって全部を把握しているわけじゃないし、まだこっちのお仕事……」
「そっちは地球の専門業者任せになるから別にええやろー」
しまった、先に逃げ道を潰されてた。
「はぁ……ならいいですけど、どういう整理するんです?」
「まず大陸。概ねシックの決戦が最終決戦みたいな形になったのかゴブリン被害も目に見えて少なくなっているんよ。これに関してはムータリアス側が大陸を狙うことを諦めたのが大きいが……」
「含みのある言い方だなぁ」
「まぁな、大陸と地球が繋がった直後に起きた戦争で地球側の大国が1つ、うちらにフルボッコされた結果平和的な話し合いであれこれやっていたんやけど、地球側で情勢が変わったからか、今度は小規模な連中がちょっかいをかけ始めてきてな。どの国にも所属しない連中が、体制を打倒するための資源調達とかで貴族連中とくっついたり、武力衝突をし始めたんよ」
「なんでまた……」
当時、イネちゃんがゴブリン被害にあっている頃のお話だからイネちゃんだってお父さんたちのお話やニュースとかで見聞きした程度の知識だけれど……ユーラシア大陸のとある大国が、覇権主義を実現しようとしていたところで、物資を異世界に求めたところで返り討ちにあった結果、その国力の殆どが報復に来たたった2人の女性に削り取られたとかなんとか。
年齢的にココロさんとヒヒノさんは迎撃関係で、リミッターなしの本気を出すのはやってたかもしれないけれど、地球にまで来るほどの大人じゃない……というか10歳くらいの時だから、多分この2人っていうのは……。
「うん、私とササヤな。軍事関係施設を潰して回っただけであぁなるとは、よほど強引に政治してたんやなぁ。まぁそれは今はいいとして、そのへんの関係で大陸に作られた潜伏施設を潰させろと、他の大国がうるさくてな」
それは予想できる。
ヌーリエ教会以外にも王族と一部貴族が日本を中心とした平和的な枠組みに参加している以上、王族やその一部貴族が駐留を認めればヌーリエ教会は止める権利もないってことも。
「イネ嬢ちゃんの心配は最もやけど、大陸にいる間はどの領地に居ようが大陸の法で対処する前提だからそこは大丈夫よ。問題はその枠組みにいない連中でな……こっちは根っこから駆除するの難しくなってて、勇者の誰かに戻ってきて欲しいくらいなんよ」
「なんで?」
「勇者ってのは本来特定組織にべったりっていうのはないかんな。ココロとヒヒノに関しては出身が出身だから仕方ないが、勇者であるというだけで監査が可能になるくらいに結構自由に動けるんよ」
それは知らなかった。
というかイネちゃん勇者だとか言われても、その権限とかいろんなことをまるで聞いた覚えがないというか……。
「ばあちゃん、つまるところイネにそれをやってもらいたいってこと?」
「んー確かにリリアの言うとおりの部分もあるんだけどな……ムータリアスの情勢に関してもイネ嬢ちゃんがいてくれたほうがいいというのもあってな」
どういうこと?
勇者の強い権限で、独立性の強い貴族の監査をしてテロリストをあぶりだして欲しいのはなんとなくわかる。
でもムータリアスでっていうのはどういうことだろう。
「イネ嬢ちゃん、落ち着いて聞いてな。アーティル嬢ちゃんからもたらされた情報で、クーデター軍側が占領しているゴブリン生産施設の場所がわかったんよ」
なる程、言いたいことが全部わかった。
でも、そういうお話ならイネちゃんが選ぶのは確定している。
「じゃあゴブリンをぶっ潰す方で」
ムーンラビットさんは『やっぱり』という顔をしたけれど、イネちゃんにとって全ての元凶であるゴブリンを見逃すはずはないのであった。
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