第330話 イネちゃんと休戦条約締結

「降伏するための使節?」

 お休みをもらった翌日、アーティルさんからそんな人たちが憔悴した様子で訪れたことを聞かされた。

 概要はどうも、銃をもらって暴走した一部の将兵が攻撃してしまっただけで、上層部は全体的に対抗できるだけの戦力があるから優位的に交渉しようとしていたらしい。

 ただそれでもその上層部のテント付近で捕らえられていたアーティルさんの知人が、衆目の中ゴブリンに暴行され、行為の最中に首を落とされた上にこれまた戦略兵器である投石器を使ってカルネルに飛ばされた件について言及すると言葉を濁したとかなんとか……。

 聞けば聞くほどどうにもイネちゃんのやった爆撃とかが有効であったことの証明をされているようで違和感のようなものを感じたけれど、とりあえず当面の戦争を回避できるのであればそれはムータリアスだけでなく、大陸にとってもいいこと……なのかな、この場合の和平って次の戦争への準備期間ですって言ってるようなものだし、気を抜いてはいけない平和になるのかな。

「ともあれ、私はこれを承諾しようと思っております。亡命政府としても体制が整っていない状態で戦争状態に突入してしまった結果、多くの人材を失ってしまい国としての体裁を整えるのすら困難な状態ですし……」

「大陸としても多方面作戦を展開するのは少々勘弁願いたい情勢やしな、直近でやる気まんまんのアメリカとかいう国の軍に丁重にお帰り願う交渉があるし、地球側の騒乱に関しても収まる気配がまだ見えない辺り、そっちの対応をヌーリエ教会は助力を約束してしまっているから、動かざるをえないんよ」

 ということでこちらとしても消耗しきっていたり、ヌーリエ教会としても地球側の騒動にそれなりに人材を割かなければいけないので、リリアの補助に割いている人材を試験も終わったことだし減らしたいというのが本音なんだろう。

 となればイネちゃんとリリアは特に別の案があるわけではないので首を縦に振るしかないわけで……。

「条件として、魔王軍とも休戦すべきというのを加えていただきたいのですが……休戦という文言にすることで、双方の主戦派に対して兵力を温存、強化するための時間稼ぎという言い訳を作ることができますし」

 反論というか提案をしたのはクトゥさん。

 あれだけ種族差別主義者の集まりっぽいクーデター軍相手にその理論は通じるのだろうかという疑問はあるものの、言ってみるのはタダの精神で提示するのは問題ないとは思うけど。

「ま、提案だけはしてみるが、それで相手さんが蹴った場合の流れも考えてくれな。うちらとしては休戦は現状ベターな選択肢、最悪はこのまま泥沼の戦いになることやからな」

「承知しております。なので交渉が失敗しないように休戦を前提に進めてもらって構いません。魔王軍は好戦的な連中と、その補給に専念することで対応いたしますので」

「当事者の皆さんが納得ずくならイネちゃんたちが口出しすることはないんじゃないかな……」

 ムータリアスのことだしなぁ、あくまで傭兵として参加したイネちゃんが口を出すことではないと思うのだけれど。

「いやリリアを中心にイネ嬢ちゃんがカルネルの起点を作ったかんな、無関係とするには流石に関係が深すぎよ?」

 いや初期の開拓人材だっただけで、それ以上は……。

「イネ嬢ちゃんは防衛周りを整えてるの、忘れないようにな?」

「うーん、まぁ軍備を使わずに済むならそれでいいし、現時点で全面戦争しようと思ったらムータリアス以外の軍備で戦わざるをえないからねぇ、訓練期間という意味ではイネちゃんは反対する理由はないけど」

「私も戦う必要がないのならそっちのほうが……」

「リリアは予想してたから大丈夫として、イネ嬢ちゃんはそれでええんよな。ゴブリン駆逐を名目に戦い続けてもええんよ?」

「いやいやいや、イネちゃんの私情で戦争継続とかそこまでしたくないというか、落ちたくないかなぁ。ロロさんだってそこまでして強引に押し切るとか言わないと思うし」

 いくら全てを奪われたからって、同じことしたらそいつらと同じになっちゃうからね、許すことはできないけれど手段は選びたい……いやまぁ既に核とか使ってる時点でお前が言うなかもしれないけどさ、それでもっていうところなんだよ。

 どんぐりの背比べになるからこれ以上は特にないとするけれど、イネちゃんはこれでも手段は選んでいるほうだからね、うん。

「ま、これで最後の確認はできたわけやな。んじゃ休戦するということで対応を始めるんよ」

「対応を始めるって……決めてなかったんだ」

「最初にも言ったが、リリアたちにも聞く必要があったかんな。これに関してはカルネル全体の意思と思ってええんよ」

 元難民の人たちの意思かな。

 特にリリアは聖母だのなんだの人気があったからなぁ、イネちゃんは別の意味で商人さんたちに大人気だったけどさ。

 治安がないと言っていいムータリアスで、法が防衛機能としてしっかり機能していた貴重な場所という点では、商人にとってはとても有難かっただろうし、多少アコギなことしてても情勢的に争いの芽になりそうでなければ目こぼししてたからね、うん。

 そのへんはスーさんのアドバイスありきだったけれど、それでもイネちゃんとリリアが開拓を進めることができたのはスーさんのおかげだからね。

 そのスーさんは今絶賛地球で慌ただしく動いてるだろうけれど……リリアの護衛のお仕事が終わったら、一旦地球に行ってみるかな。

「イネ嬢ちゃん、地球に1度帰る計画しているところ悪いが、カルネルの情勢が安定するまでの間軍備主任してもらいたいんやけど……」

「え!?そのへんは任せられると思ってたんだけど!」

「防衛設備、大陸の面々ですら困惑するレベルの地球技術の産物にしたんやから、せめてマニュアルくらいは用意して欲しいんやけど……」

 うっかりしていた。

 ターレットも維持管理も、全部イネちゃんが勇者の力で運用していたから当然イネちゃんが居なくなればそこまでだったんだった。

「うーん……一応発電施設は地熱にしてあるから、無整備でも数年持つとは思うけれど……」

「それ、事故ったら1発で街が消えるパターンやからな。そこも頼むんよ」

「諦めろイネ。正直俺でもちょっと悩むレベルの設備があった以上これは正論だ」

「ボブの言うとおりだな。ま、俺たちも現地情勢と文化の調査でまだしばらく滞在するから、そのへんは手伝ってやるから安心しな」

 むー、ボブお父さんとルースお父さんに外堀りを埋められてしまった。

 いやまぁ最初にマニュアル作っていなかったイネちゃんが悪いと言ってしまえばそれまでなんだけど、これでも一応必要な部署の担当者には使い方は理解してもらって、実際に運用できてたから失念していた。

 ここはもう腹を括ってマニュアルを作るしかないね、ただそうなるとちょっと問題が発生してくる。

「まぁ、マニュアルを最初に作っておかなかったイネちゃんの落ち度だし、請ける前提でいいんだけれど……イネちゃん、ムータリアスの言語体制を筆記側ではまだあまり理解していないという問題がありまして」

 ここはいっそ、胸を張って堂々と、正直に言う。

 わからないで通したらそこでつまづいちゃうからね、うん。

「あ、じゃあ私も手伝っていいかな、ばあちゃん」

「ん、リリアは今後進路を自分で決めるまでは自由やし別にええんよ」

「よかった!イネ、私は書類関係で文字だけじゃなくちゃんと文脈とか文法をある程度把握してるからどんどん頼ってね!」

 うっ、満面の笑みが眩しい……。

 しかも流れ的にイネちゃんはリリアに頼り切るのが確定してて……お休みの日にゴロゴロしながら甘えるのはいいけどお仕事で甘えるのはなんというか複雑な心境になるのである。

 うー日常でリリアに甘えっきりだから、お仕事でもっていうのはイネちゃんとしては抵抗があるんだよ……当のリリアはやる気まんまんで断ると絶対気を落とすのが目に見えてるから、断ることもできないんだよね。

「うー……あぁもう!悩むのはイネちゃんの仕事じゃない!」

 こうなったら一気にマニュアル作って残りの期間は全力で遊んでやる!

 驚いているアーティルさんやクトゥさんと違って全力で笑顔を見せてきているムーンラビットさんとリリアを見る辺り、思考を読まれて……。

「いや、読まなくてもわかるから……」

「特にリリアは常に一緒に行動していたようなもんやしな、ほぼ年中一緒やったんなら当然やろ。あ、ちなみに私は両方で把握しとったからな」

「そんなにわかりやすいのかな……ま、いいや。じゃあリリア、早くマニュアル作って残りの期間で遊ぼう!」

「うん、まぁ遊ぶのは構わんけどな。事が起きたら呼び出すだけやし」

 そのへんは知ってたけど、このタイミングであえて言わないで欲しかったかなって。

 でもまぁ、これで公式にイネちゃんたちはマニュアル作成さえ終われば全力で遊べることが決まったわけなので、リリアの手をとって会議室を後にした。

「ちょ、イネ!……まぁいいか、頑張ろうね」

 なんだろう、一昨日まで命をかけた戦争していたなんて思えないくらいにイネちゃんの心が癒されていく。

 そして最近、イネちゃん自分が可愛いとかそういうこと言っていないことにも気づいてしまった。

 いやだってリリアが可愛すぎて、ね?

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