第332話 イネちゃんと今後の方針

「まぁ意気込んだはいいけれど、休戦条約が締結されたらおいそれとクーデター軍の施設を攻撃なんてできないよね」

「イネ、それはばあちゃんがいるときに気づこう?」

 リリアも気付かなかった……というよりも、ムーンラビットさんですらそこにツッコミを入れなかった辺り、何かしら手段があるだろうということなんだろうけれど……ムータリアスには冒険者制度ってなかったはずだし、どんな手段があるんだろう。

「おーい、イネー」

 イネちゃんがリリアと一緒に、大陸から持ち込まれた食文化であるアイスクリームを食べながら悩んでいると、ヨシュアさんが駆け寄ってきた。

「ムータリアスでも休戦直後の治安維持のために、大陸で運用されているギルド制を導入するらしいよ」

「ふぅん、で?」

「よかったら一緒に旅してみないかなって、冒険者として」

 なる程、その方向からか。

 公的に動くことはできなくなるが、私人として動くのを止める必要もないし、その私人が好き勝手やってもヌーリエ教会としては言い訳ができる。

「うーん、魅力的なお誘いだけど、イネちゃんは1度地球に帰ろうかなって考えてるからさ」

「地球に?」

「そろそろステフお姉ちゃんも戻ってるだろうし、ジェシカお母さんにも会っておきたいからさ、今回はボブお父さんとルースお父さんが途中から一緒だったってのはあるけど、それでも大陸以外の異世界に行くってお話だったから心配してると思うし」

「あぁそういうことか。じゃあムータリアスには戻ってくるんだね」

「イネちゃんの中のトラウマを払拭するには必要だから、それは戻ってくるよ。ただ……それに誰かを付き合わせるのはちょっとやりたくないかな、完全に個人的復讐心だし」

 辛うじてロロさんくらいだよねぇ、今回はリリアは当然、ティラーさんもできれば付き合わせたくない。

 ただまぁ……リリアもティラーさんもなんかついてきそうな予感がするんだよねぇ、それに合わせてヨシュアさんがこうしてわざわざイネちゃんのところに来たってことは、まぁそういうことなんだろうね。

「それがちょっと心配かな。あのときのイネの暴れ方は見ている方が心配になる感じだったから」

「うーん、となるとどうしてもってことかな。こう、皆の優しさは有難いのだけど……」

「動きにくくなる?」

「まぁ、そうかな。人数が増えるとそれだけで目立つし」

 お父さんたち曰く、隠密行動をするのなら多くて5人、小隊の最小単位である10人でも多いくらいで、分隊して動くのが通常だと聞いているし、その分隊も7、8人らしいから、今までどおりのヨシュアさんパーティーとイネちゃんたちの面々で合わせて行動となればその上限ギリギリな感じになってしまう。

 ……まぁキュミラさんは普通に辞退しそうだけど、それでもリリア含めて7人だからね。

「それに、これまでの防衛とかじゃなく、イネちゃんがゴブリン施設を潰すとなればそれは攻撃、攻める側になるんだよ。つまり今までは防衛という行動で攻めてくる人たち、殺さなきゃこっちが殺されてしまうという状況だったけれど、ゴブリン施設を攻撃するのはそうじゃないからね」

 場合によっては非戦闘員も手にかける必要がある。

 しかもこれは戦争行為の延長というよりも、イネちゃんの私的な復讐心が含まれているわけで……多分そこの罪悪感を低減するって名目でムーンラビットさんが大陸にゴブリンを捨てていた施設の監査、破壊って感じの依頼を出してくる可能性はあるけれど、ヴェルニア奪還作戦のそれとは全然違う意味での攻撃を行うことになるからね、そういうのに関わる必要がない人なら、関わらないほうが絶対にいいものだとイネちゃんは思うのだ。

「でも、ロロさんは参加するんだろう?」

「まぁ、ロロさんだってゴブリンに対しては少なからず思うところはあるだろうからね、声はかけるよ。ただ、参加するかどうかはロロさんの個人的な意思に任せるつもり」

 もしかしたら、トーリスさんたちとの生活で既に癒されてる可能性はなくはないからね、一緒に活動していた感じだと限りなく低いけれど、もしかしたらってことはありえるし。

「あ、そういえばロロさんたちは?」

「ロロさんは今トーリスさんとウェルミスさんと一緒に過ごしてるよ。ティラーさんはヌーリエ教会の出向兵として参加していたぬらぬらひょんの人たちのところで、キュミラさんは食べ歩きしてる」

 もしかしたら、ロロさんも今あの2人から同じような感じのお話しているかもしれないね。

 となるとヨシュアさんたちが付いていた上に、トーリスさんたちも付いてきてしまった場合はそれこそ小隊と同じ人数で動くことになってしまうわけで……冒険者として動くには流石に大人数すぎるよね、うん。

「えっと……ひとまず一緒に行く行かないはその時になって改めてってのはどうかな」

 イネちゃんとヨシュアさんの会話が途切れたのを見計らった形で、リリアがそう提案する。

 イネちゃんの手に持ったアイスクリームも結構溶けてしまっているし、ある意味このリリアの提案はありがたいものである。

「まぁ、そうだね。イネちゃんだってゴブリンの施設に向かうとしても1度地球に帰ってからだから、少なくとも1週間後になるわけだし。今はゆっくりのんびり、お休みしてるわけだからさ、ヨシュアさんもこのお話は保留ってことでいいかな」

 イネちゃんとしては今後の方針は既に固まっているわけだけれど、ヨシュアさんたちはわざわざイネちゃんに合わせて動く必要がないわけだからね。

 それにヨシュアさんに関してはむしろイネちゃんの復讐に付き合うよりも、自分の世界に戻る方法を探したほうが絶対に建設的だからね、うん。

「わかったよ。それじゃあ僕たちはカルネルで色々な情報を調べていくから、地球から戻ってきたら声をかけてね」

 うん、やっぱりヨシュアさんお人好しだ。

 復讐になんて関わってもいいことなんて何1つないっていうのはわかりきってるだろうに、ヴェルニアの1件でキャリーさんとミルノちゃんのご両親がどういう感じだったのかはイネちゃんは別働隊だったから知らないけれど、そっちが大概ひどかったんだろうか。

「別にイネちゃんに付き合う必要はないんだから、ヨシュアさんも自分のことをちゃんと考えなよ?」

「考えた上でだよ。どうにも錬金術師が一番僕の目的に近いみたいだし」

「グワールがかぁ……」

 なくはないよね、グワールはヌーリエ教会の使っている転送陣とは別の手段で、単独での世界間移動を実現しているわけだし、もしかしたらヨシュアさんだってグワールが世界を自由に行き来する力の余波に巻き込まれたって可能性が否定できないし。

 なんというか、全ての元凶っぽくグワールに向けていろんな線が伸びていってるけれど……これもこれで誘導されている気がしなくもないような、それほどイネちゃんたちに都合がいい展開になっている気がする。

「カルネルはいろんな人が集まっているからね、情報収集するのに向いてるし、イネが戻ってきたときにすぐ動けるように」

「あーうん、ヨシュアさんの心はもう決まってるみたいだからイネちゃんのほうが諦めるけれど……ミミルさんとウルシィさんはいいの?」

 あの2人は自分の村のために婿探しのために旅を始めたわけだから、ムータリアスでゴブリン施設を攻撃するなんてことに参加しなくてもいい……というかしないほうが絶対にいいし。

「2人も最近イネの手助けができていないって気にしていたからね、大丈夫、2人も来るよ」

 あ、来ちゃうんだ……。

 ヨシュアさんはこう、自分の意見を押し切る強さがあるよね、鈍感力というか。

 というかイネちゃんはハッキリ言ったのにこう、絶対についてくる強い意思を感じてしまいイネちゃんとしてもこれはもう拒否しきれないくらいに押されている。

 まぁ……イネちゃんとしても本来なら少人数より大人数のほうが賑やかで楽しいとは思うのだけれどねぇ、流石に今回は控えて欲しかったんだけどなぁ人間同士の戦争、その実戦を経験して尚もそう思えるというのなら、皆はイネちゃんよりも強いってことだしね、精神的に。

「もうそこを止める気はなくしたけど……後悔はしないようにってヨシュアさんからちゃんと伝えておいてね、理由もなく能動的に人を傷つけるっていうのは想像以上にものだからさ」

「わかったよ、イネもゆっくりしてきなよ。イネにとってはここからが本番なんだろうからさ」

「うん、別に本番とかそういうのを考えてはいないけどね、ゆっくりお休みを満喫するというのは確かだけど」

 そう答えた後にイネちゃんは溶けてしまったアイスをスプーンですくって口に運ぶ。

 ムータリアスでは貴重品に分類されるはずの砂糖とバニラのちょっとぬるめな味が口の中に広がった……。

 なーんて思わせぶりに書いてるけど、結局のところイネちゃんが最初にパーティーを組んだヨシュアさんたちと、また一緒になったってだけなんだけどね、うん。

 正直、路線的に少数精鋭の工作部隊という感じで行こうかなと考えてたから大幅な路線変更が必要になるからね、お休み中もそのへんのことを考えておかないと行けなくなったけれど……まぁ今はこのぬるくなったバニラアイスを片付けてしまおう。

「イネ……新しいの、買ってこようか?」

「いや、別にいいよ。地球でもっと美味しいの食べるつもりだから」

 なんだかんだ、持ち込まれたばかりの文化に馴染むまで時間がかかりそうだなとスイーツ1つで感じながら、イネちゃんは英気を養うのであった。

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