第316話 イネちゃんと戦場

 はい、ということでイネちゃんとアーティルさんの指揮下にある2人は今、イネちゃんがおっ建てておいたカルネル外周にあたる監視塔の上から、戦場全体を見渡しております。

「ここからだと届かないな、把握はできるが」

「こっちも似たようなもんだな……しかしこの備え付けられてる奴いいな、これ持ち運びしたいんだが」

 2人は絶賛、望遠鏡を覗いて状況の把握に努めている。

 どうにもイネちゃんの配属された部隊は狙撃部隊で、望遠鏡をずっと覗いているほうが観測手らしく、もうひとりは矢の羽の調子を確かめている。

 それにしてもさっきイネちゃんを盾にするって言った理由がよくわかるよね、どの時代でも狙撃手は嫌われるし、場所を特定されたら結構な大規模部隊を差し向けられてもおかしくないからさ、それならイネちゃんに近接戦闘と撤退支援を期待するのは当然だと、今ならわかる。

「ダメだな、ここから狙撃はとてもじゃないが無理だ」

「じゃあ移動するか?」

「待ってくれ、移動先を決める」

 この2人、最小限の人数構成だけど他に部隊員がいるわけでもなさそうだなぁ、癖がかなり強いし……。

 正直、ムツキお父さんに狙撃を叩き込まれたイネちゃんから見れば2人の稚拙な部分が結構目についてくるけれど、それは単純にムータリアスでこの狙撃スタイルが確立したのがごく最近なんだろうというだけのことだと思うので、今はとくに指摘も指南もせずに見守って……あぁいや一応背後を警戒している。

 でもまぁ、クーデター軍だってムータリアスの軍である以上は装備も同じだろうし、この2人のやり方を学べばクーデター軍の戦略や戦術も垣間見えるからね、今はじっくり観察させてもらうよ。

「あそこだな、ほれ、さっさと移動するぞ」

「せめて足を引っ張らないようにしてくれ、遅れるなよ」

 うんうん、イネちゃんへの評価が新兵へのそれでいてくれるとイネちゃんは戦闘に集中しなくていいから、戦場をゆっくりと見ることができる。

 2人の後を追いかけながらそんなことを考えていると、最前線付近から爆音が聞こえてきて煙が上がり始める。

「始まったか。指揮官が動く前に急ぐぞ」

「狙撃ポイント、大丈夫なんだろうな?」

「大丈夫だ、流石にあいつらだって修道会の施設は攻撃しねぇだろ」

 あ、これダメな奴だ。

「流石に中立施設からの攻撃はダメなんじゃないかなぁ」

「修道会だろ?あいつら戦争で結構金儲けしてるからたまに利用されるくらいいいだろ」

 あぁそういう……。

 アルザさんの言動的に帝国の政治分野にズッポリ入り込んでるんだろうなぁとは思ってたけれど、一兵卒にここまで言われるレベルって相当だと思う、本当。

「後々責任とか言われたらすごく大変なんじゃないかなーと思うんですが」

「それこそ知るか、こちとらずっと冷や飯食ってたんだからな。後方で暖かい飯ばかり食べてた連中にはこのくらいでいいんだよ」

「いや、今絶賛冷や飯食べてるんじゃないかな……」

「ま、政治的なあれこれは知らん。狙撃ポイントとして使えそうなのはここしかなかったのは事実だから後でいくらでも言い訳ができるからな」

 本当に唯一だったのかイネちゃんちゃんと確認しておけばよかったかな……でもまぁ、イネちゃんを狙撃部隊に配置したってことはイネちゃんの銃に期待しているんだろうけれど……。

『2人が失敗したら使えばいいんじゃない?というかそうでもしなきゃ私らひとりで十分だし』

 イーアの言うこともそう言われればそうか。

 じゃあイネちゃんは周囲警戒しつつ2人が失敗した時に備えて狙撃銃用意……用意……何にしよう。

 完品があれば知識がない人間でも引き金を偶然引いたら撃てちゃうしなぁ……最悪現地に残して撤退もありえるし、ここは奪われても大丈夫な武器ってことでボルトアクションにするとして……単発式のボルトアクション、よしこれで行こう。

 構造的には単純だけどデザインとかどうするかなぁ……よくゲームとかで見る感じにモシンナガンあたりが無難かなぁ、他によく見るのってオートマチックばかりだし。

『それっぽいのでいいんじゃない?どうせここでしか使わないんだし、弾の規格を合わせればそれでいいでしょ』

 それもそっか。

 じゃあ見た目と給弾機構だけ違った現代銃でもいいか。

 とりあえずパッと思い浮かんだPSG1っぽい形で銃を生成し終えたところで、どうにも狙撃が失敗したらしい2人が。

「くそ!ここまで乱戦になると狙撃なんてできねぇ!」

「これだけの乱戦を想定していたとしたらなんで狙撃部隊なんて作った……なんでだ……?」

 まぁ、弓でやるにはちょっと無理だよね、一応錬金術で強化されてるものっぽいし、矢尻には毒も塗ってるように見えるけれど、だからこそ乱戦になってしまうとピンホール狙撃なんて絶望的になる。

 となるとやっぱりイネちゃんがここに配置された理由は、そういうことだよねぇ。

「まぁスナイパーなんて敵から憎悪を全力で向けられるものだし、それなら一番生存率が高いだろうイネちゃんに任せるのは理解できるけどね……」

「何をブツブツ言ってやがる!1度引くぞ、場所がバレた!」

「そう、なら指揮官だけちゃっちゃと撃って引こうか」

「だからそれがもうでき……」

 2人の反論を聞きながらそれっぽい人に狙いをつけて、イネちゃんが引き金を引くと現代兵器特有の爆発音で声がかき消される。

 その時点で2人は黙ってしまったけれど、イネちゃんの集中力は弾丸の行方にだけ向いていて、とりあえず狙った場所には飛んでいっているけれど戦場全体が乱戦状態で指揮官も一箇所に滞在しないからね、まぁイネちゃんが狙ったのはそれっぽい人だけれど。

 ともあれイネちゃんの放った弾丸は着弾、確実に馬上にいる偉そうな顔の人の命を奪った……のだけれど軍はあまり混乱する様子は全く見えない。

「うん、移動しよう。というかあれ指揮官じゃなかったのかな」

「何なんだお前……新米じゃなかったのかよ」

「説明を求める前に移動しよう?最初に居た場所なら守りやすいし狙撃しやすいからそっちでね」

 定点スナイパーするなら周囲の安全が確保した上に襲撃されないってことが担保されなきゃイネちゃんだってやりたくないからね、狙撃の成功の可否に関わらず移動しないと一気に敵がなだれ込んでくる可能性が高いもの。

 そうなるとイネちゃんは生還できるだろうけれども、この2人はまず助からないからね。

「そうだな、移動するぞ……だがちゃんと説明はしてもらうからな!」

「あっはっは、わかってるって。それじゃあ殿しんがりするからお先にどうぞ」

 イネちゃんが笑いながら後退を指示すると、2人はなんとも言えない表情をしつつも静かに頷いて走り始めた。

 同時に馬の走る音も聞こえて来たので、イネちゃんは右手にP90、左手にスパスさんを持ちながらなんちゃってPSG-1を地面に戻しながら構える。

『イネ、殿なんだから適当に戦ってさっさと下がるんだからね』

「わかってるよ、ここで粘ったところで戦況は変わらないのはわかってるからさ」

 正直これ以上に発射レートが高い銃も、火力や爆風範囲が広い武器は自軍にも被害が出るからね、AKとかM4ライフルあたりなら大丈夫だろうけれど、それでも貫通力でどうにかなりかねないし、一番無難なのはやっぱりイネちゃんが最初に持ってたP90っていうのがテンション上がってくるよね、全然最終決戦でもなんでもないのにそんな気持ちになるくらいには。

「狙撃手と思われる相手を確認!突撃せよ!」

 騎馬の先頭を走る人が叫ぶと同時にイネちゃんに向かってランスの切っ先を向けて5・6の騎馬が揃って突撃してくる。

 まぁ、そういうのが来る前提でスパスを構えていたんだけどね!

 スパスの銃口からマズルフラッシュが光る度に、突撃してきていた騎兵は馬ごと滑るように崩れ落ちていく……けれどまぁ、馬の突進力は流石でイネちゃんのスパスの連射も足りなかったし装弾数的にも無理ではあったのではあるけどさ、とりあえずイネちゃんの防御力まで知られるのは得策ではない……いや今更かもしれないけどとりあえずね、うん。

 なので地面を転がるようにローリングをして全力で回避をする。

「こいつ……錬金術師か!総員対錬金術武器を使え!」

 指揮官らしい人が号令を出すとバックショットの弾が当たった人を除いてベルトにマウントしていた瓶を取り出し、イネちゃんに向けて投げてきた。

 ローリング後の体勢が崩れている状態だったので……いや勇者の力使えばいくらでも対処できるけどどういうものかを確かめるためにも一応ね?飛んでくる瓶に対してイネちゃんは顔を防御するだけにして、イネちゃんの体に当たった瓶も含めて次々に割れていく。

「これで錬金を結ぶことはできんはず……再び突撃せよ!」

「あ、そういうのはもういいので」

 突撃姿勢になる時に1度横に並ぶのはイネちゃん、今後は戦い方から除外したほうがいいよと心の中で忠告しながらP90で掃射をして騎手……この場合は騎兵、騎士と言ったほうがいいんだろうか、ともかくプレートメイルを着ている人たちの胴体を水平に斬るようにして薙ぐと馬だけ残して目の前が視界がすっきりした。

「さてと……悪いけど治療は自分たちで、できなかったら死ぬだけだし死ぬ気でやればなんとかなるよ、多分」

 それだけ言ってイネちゃんは先に逃がした2人の後を追ったのだった。

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