第317話 イネちゃんと狙撃大会

「というわけで、イネちゃんは大陸の勇者で、更に違う異世界で戦闘技術を叩き込まれた人員でした。黙っていてごめんね」

 最初の物見櫓……というよりは現代ビルの構造にちょっと工夫をして、日本のお城にある殺し間チックな構造になっている場所まで移動したイネちゃんはちょっとあざとく舌を少し出して2人に謝ったところで2人は。

「なる程……偉そうなこと言ってすいやせんっした!」

 ひとりが全力で謝ってきたけれど、もうひとりが質問で返してきた。

「でもそんな人なら戦闘技術とか知らなくてもなんとでもなるんじゃないのか?」

「まぁそうなんだけどね、今後なんとなーく指揮官やってーとか色々言われる予感がしたから、先んじてある程度戦術とかの知識は仕入れておこうかなって。それが役に立たなければそれはそれでいいんだけどさ」

 実際のところ、対錬金術装備っていう情報を仕入れられたのだから思いつきにしてはかなりの大収穫と言えるしね。

「とりあえず説明はこの辺にして、ここから狙撃できそうならちゃちゃっとやっちゃおうか、まだ戦闘中だし」

 イネちゃんはそう言って、予めここに用意しておいた本物のPSG-1を組立始めながら、弓でも狙撃できるように窓を開けて2人を促す。

「本当ならこっちが攻撃されない、されにくい構造にもできたんだけど……流石に弓でそれをやると狙いがつけられないからこっちで我慢してね」

「建物内部から狙撃できればそりゃ確かに願ったりだが……」

「まぁ今は重要じゃないな、撃てそうな奴は指示する」

 イネちゃんが組立終わった時には既に状況に順応して狙撃を始めているあたり、この2人はなんだかんだやっぱりプロなんだね、おかげで最低限の説明でも理解してもら……えてはいないにしても切り替えてくれるし。

 ちなみに鉄砲穴は作ってはある。

 作ってはあるけれど、明確に利用できるのはイネちゃんだけだからね……他に地球からの傭兵さんが参加しているのなら別だけれども、今この場にいないのはあの騎馬隊の動きから考えたらいないと考えたほうが自然だしね、銃の存在を知らなかったんだから。

 さてと……組立を終わらしたんだからイネちゃんも狙撃に参加しないとね。

「イネちゃんも狙撃に参加するから……あぁこれ、使って」

 場所をあけてと言う前に2人に耳栓を渡す。

「これは?」

「耳栓。爆音をゼロ距離で聞きたいっていうのならつけなくていいよ」

「爆音?」

 銃を知らないからまぁ、この反応は仕方ないか。

「これで攻撃するとき、音が凄いんだよ」

「もしかしたらさっき移動するときに後ろから聞こえてきたのとか全部それか?」

「まぁ戦場ど真ん中なら周囲の音も大きいし、多少は大丈夫だったと思うけどさ、ここだとそんなに戦場の音が響かないから」

 静かな場所でこそ耳栓が必要になるからね、銃声って本当戦場なら気にならない感じになるけど、少しでも離れると途端に静かな場所が出てきちゃうんだよねぇ、特に現代兵器が全くない戦場だと。

 そしてそんなところで現代兵器の、高純度炸薬の爆発音なんて響いたらそりゃもう耳というか鼓膜が持って行かれかねないから、耳栓はしっかりしてもらいたいところなんだけれど……。

「違和感が強いな……もっといいのはないのか?」

「声まで聞こえねぇ……」

 ……ま、こうなるか。

 仕方ないので本来射手用の耳あてとその予備を2人に渡す。

「それは正しくつけないと効果ないから注意ね、ここで大きさを調節できるから」

 ヘッドフォン型の耳あてだからこれならそこまで違和感はなくなるはず……まぁお互いの会話に関しては多少諦めてもらう必要があるけれど、そこはお高い防音耳あてにしてあるからね、ちゃんと考えてあるのだ。

「これがマイクになってて、ここを押さえると直接やり取りができるようになってるから活用してね」

「おぉ、本当だ!」

「うるせぇよ!」

 うんうん、とりあえずこれで2人の鼓膜は守られるかな。

「それじゃあイネちゃんも狙撃に参加するから、ここ使わせてもらうね」

 そう伝えてから銃口を戦場に向けて、スコープを覗き込む。

「観測、いるか?」

「大丈夫、そっちのペアとしての完成度を崩したくないし、イネちゃんにはお構いなく」

 スコープに映るは当然ながら戦場、乱戦になることは最初から想定済みだったので敵味方識別用の装備で判断するしかない。

『ムーンラビットさんが用意したらしい装備……見れば一発らしいけれど、2人はつけてなかったよね』

「まぁ、狙撃手は小さくてもいいしね、その判別用の装備」

 イーアとそんな会話をするけれど、それっぽい装備……イネちゃんにはどんなのか説明されてな……い……。

 それがイネちゃんの視界に映ったとき、思考が一瞬停止した。

 イネちゃんの視界に入ってきたその識別用の装備は、なんと表現していいか……可愛いウサギのぬいぐるみであった。

「いやまぁ可愛いは可愛いけど……無駄にポージングが変なのはやっぱムーンラビットさんが原因だよね、うん」

 こう、お子様には見せられないよ!っていう感じのぬいぐるみも見えるあたり確かに発言権がある人に知られたら怒られたり止められるのは確定だよね、イネちゃんだって反対する。

 でも確かにこれなら間違えることはない。

 少しだけぬいぐるみを撃ち抜きたくなる衝動がなくもないけれど、ともかくこれで誤射の確率はかなり少なくしてあるわけだね、敵もよもやあんなものが識別用の装備なんて思わないだろうし。

「射程の長い弓を用意したつもりだが……ここまで乱戦になると辛いな」

 そんな声が横から聞こえてくるけれど、イネちゃんはPSG-1の射程を活かして射撃を始める。

 1発毎に慎重に狙うことができるので狙撃が苦手なイネちゃんでも流石に当てることができるから楽でいいね、ぬいぐるみをつけていない馬上の騎士の頭を撃ち抜くだけの簡単なお仕事……いやまぁ確実に命を奪うっていうのは本来ならもっとこう、精神にクルんだろうけれど、イネちゃんは既に1回やってるからなぁ、しかも地球で……イーアがいたからまだいいけど手応えというか、直接肉を破壊するような感触がないんだけれど、自分の行った攻撃で絶命させたっていうのが確実にわかるのが狙撃だからね、クル人は1人目でもう吐き出すらしいとはムツキお父さんとボブお父さんの言。

「ともあれ……Hit、Hit、もう1つHit」

 なんというか……昔お父さんたちに連れて行ってもらったお祭りの屋台の的あてみたいな感じですごく簡単。

「本当に凄い音だな……耳栓も納得だ」

「おい、俺たちも負けてられねぇ、さっさと観測頼む」

「おっとすまん。イネさんが左翼をやってくれてるから俺たちは右翼を狙うぞ、いっそのこと俺たちでこの戦場を支配してやろうぜ……と、その位置からちょんちょん上だ」

 今ので通じ合うのか……イネちゃんがそう思ったときには既に矢が放たれていてヘッドショットが決まっているあたり本当にこの人たちの実力は確かだね、まぁ親衛隊でもない狙撃っていう特化型特殊部隊の人なんだから当然か。

 これはイネちゃんも負けられないね、まぁ正直狙撃だけで戦争が終わるとは思わないけれど、戦場の流れを生み出すことはできる重要なポジションでもあるからね。

「次は更にちょんちょんちょん、その次は元の位置から右にくいっ」

 いや本当なんでそれでわかるんだろう……すごく気になる。

「Hit、Hit……Miss、Hit」

 うーんそれに比べて割と止まっている相手にすらミスをするイネちゃんと来たら……狙撃が苦手だからって修練サボりすぎた結果だなぁ、ムツキお父さんにバレたらすごく怒られる。

「おい、まずいのが出てきたぞ。こっちはゴブリンを使わないって話しだったから戦力差が広がりそうだ」

「イネさんよ、あれ、確認してるよな……?」

 スコープを覗いていてイネちゃんは気づくのが遅れたけれど、2人の言葉に少し顔を上げて戦場全体を視界にいれたとき、2人の言うそれが視界に入った。

「マッドゴブリン……?」

「なんだそりゃ?ありゃオベイロンだ」

 最終兵器だって言われてただけあって正式名称は本当大層なもので……。

 いやまぁ確かにゴブリンは妖精の一種で、その最終系に妖精の王様の名前を付けるっていうのは理解できるけど……なんで地球の神話や戯曲に登場してくる存在を割と正しい意味を認識して使っているんだろうか。

「流石にありゃ分が悪すぎる。所属している陣営を悪く言うのはどうかと思うが現実的にあれに対抗する術が今こっちにはないぞ」

「……狙撃を続けてもらっていいかな、あれが出たことは戦場全体が把握できてるだろうし、多分だけどそろそろイネちゃんを呼びに来る予感がするから、それまでの間に相手の指揮官を狙撃、全体的な戦況に変化が起きないようにしておかないと」

「いやいくらあんたが聖人みたいな化物でも流石にあれを相手にするのは……」

「大丈夫だよ、もう1回相手にしたことあるから」

 イネちゃんがそういうと2人との会話が途切れた。

 最終兵器とタイマンでやりあったとか言われればそりゃ言葉もなくなるか……。

「とにかく今は狙撃、戦況をあっちの流れにしないのが今のイネちゃんたち狙撃部隊ができることだから。場合によっては撤退支援って形になりそうだし」

 PSG-1の発砲音で2人もハッとしたようにして狙撃を再開してくれた。

 さて……現時点であれをまともに相手にできるのはイネちゃんとムーンラビットさんくらいかなぁ、幸い1匹だけだしなんとでもなりそうではあるけれど、よもやあれがまた戦場に出てくるとはちょっと想定していなかったな。

 兵器だからその可能性を想定していなかったイネちゃんたちが悪いのは確かだけれども、まともに制御ができてるようには見えなかったあれを、内乱で使うなんて普通は思わないよ、本当。

 その後イネちゃんを呼ぶために伝令が息を切らせて走ってきたのは、何度かPSG-1の引き金を引いてマガジン交換している最中のことだった。

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