第315話 イネちゃんと部隊編成

 即時参戦可能な面々はカルネルの北西に陣取るクーデター軍の射程外の位置で、堂々と部隊の編成に参加していた。

 いや敵陣から見える位置で部隊の編成を行うってムータリアスの常識どうなってるんだろうね……。

「大陸出身者の方々はそれぞれ分かれて、軍事アドバイザー兼最高戦力として立ち回っていただきます」

 というアーティルさんの言葉は、わからなくはないけれどその最高戦力の既に完成している連携を殺しちゃうから場合によっては愚策になりかねないから、緊急対策用に現地で人員交換も作戦に組み込んでもらおうかな。

 イネちゃんの場合はロロさんとの連携がそれなりに完成してきてるし、どうにも今回の件を聞いて駆けつけたらしいトーリスさんとウェルミスさんも来ているみたいなので、何よりも元々の3人連携っていうのは崩さないほうがいいと思うんだけどねぇ。

「イネさんお久しぶりです」

 編成中の兵の動きを見ていたら長身の女性に話しかけられた。

 質の良さそうな軽装と言える装備に、その装備とは不釣り合いな肉だち包丁に牛刀、小型の刺突ナイフが数本に極めつけがもっと似つかわしくない刺身包丁である。

 ……こんな装備の知り合い、居たっけ?

「う、その顔は覚えていないって顔ですね。いやまぁそんなに会話したりしてはいなかったので色々一致しないのは当然です……そうですね、イネさんに1番記憶を呼び起こしてもらえそうな出来事がありますので」

 そう言って女性は服をたくしあげてお腹を見せてきた。

「もう結構治ってますけれど、この辺、イネさんに撃たれた場所です。あ、足のほうも見せます?」

「あー!?」

 そこまで言われればイネちゃんだって思い出した。

「ジャクリーンさん?」

「なんだかまだ疑問形なのが気になりますが、はい。ジャクリーン・フルールです、キャリー様に依頼されて皆さんの様子を見に来たのですが……」

「巻き込まれた?」

「いえ、イネさんと同じような感じですよ。イネさんたちを面会をお願いしたらここに連れてこられた感じですし、悪漢に街が包囲されているのならこちらの通貨を確保する意味でも参加して……」

「いやイネちゃんたちはここで開拓してたから、ジャクリーンさんとは経緯が違いすぎるんだけど……開拓者はリリアだったし」

 ジャクリーンさんの笑顔が固まってしまった。

「ついでに言えばあちらさんにはヴェルニアを荒らしただろう錬金術師、グワールに合わせて、兵器としてゴブリンもいるからね、そういう意味でならイネちゃんがここにいて戦争に参加する理由もわかるんじゃないかな」

「あ、あぁそういうこと……ってあの錬金術師は死んだのでは!?」

「どうにも体をストックしておいて、意識がある体が消滅したり活動停止すると移り変わるっぽくてねぇ」

 正直、この1点だけが本当に厄介極まりないんだよね、予めストックの体を破壊した上で本隊を倒すか、ストックを作る暇すら与えないで倒し続けるかしないと終わらないからねぇ。

 どういう原理で意識を移しているのかはわからないけれど、その方法を見つけない限り本当に倒しきったのか証明することができないから……既に地球にまで活動を広げている以上は現実問題不可能に近いかもしれない。

 ただそれでもやるしかないわけで……。

「まぁ今は目の前の問題を解決するほうが先決かな、包囲しているクーデター軍を撃退しないとムータリアスでグワールの拠点を探すことすらできないからさ」

「は、はぁ……なんというか情報量が多すぎてどうにもわかりませんが、目の前のことを片付けないといけないのだけは確かですね。それでは私は配属された部隊に行きます、イネさんもお気をつけて」

「ジャクリーンさんこそ気をつけてねー」

 いやぁなんというか、本当に久しぶりだなぁ。

 久しぶりすぎて名前がすぐに思い浮かばなかったくらいだし……ジャクリーンさんって今までなにしてたんだろう、イネちゃんがリリアと一緒に巡礼始めたあたりからずっとヨシュアさんたちといたわけでもなさそうだし……。

 まぁここで考えていても憶測にしかならないから別にいいか、今は戦争での戦いに関して、特にイネちゃんが配属されることになる部隊がどういう人たちがいるかの方が問題だしね。

「げ、俺たちは外れか?」

「大剣の兄ちゃんの部隊は良さそうだよなぁ、確実に戦力だってわかるからよ」

 あー……まぁ末端の人は大陸の人間が素の身体能力の段階でムータリアスのそれとは違うっていうの知らないよね、しかも傭兵で今ここにいるのは大陸の中でもちゃんとした戦闘能力、戦闘技能を持った人間だけだからね、実力を示す必要がありそうだけれど……。

「あぁ、あなたたちがイネちゃんが配属になる部隊の人たちですね、頼りにしてます!」

 と少々大げさに、しかもわざとらしく新兵っぽく振舞ってみる。

 ちなみにこの口調とかはイネちゃんがお父さんたちの訓練を受けている時に実際に居た新兵の人を真似てみたんだけれど……その人、1週間後にはヒーハー!とか叫んでたんだよなぁ、軍隊って怖い。

「マジで外れか……」

 うん、全力でイネちゃんだけに任されるよりは頼りにされないほうがいいよね。

 場合によっては囮で最前線に残される可能性もあるけれど、目の前の人たちを守りながらよりは絶対イネちゃんひとりのほうが楽だからね、うん。

 この感じなら囮扱いでもおいていかれてもイネちゃんとしてはやりやすい……まぁ一番なって欲しくない展開にも転がる可能性はあるけれど、流石に突撃しかしない脳筋じゃないと思うし大丈夫だよね。

「だがどうする。外れだとしても先帝が全軍をあげたにも関わらず打撃を与えられなかった世界の傭兵だぞ」

「まぁ、遠距離攻撃を避ける盾にはなってもらおう」

 そういうのは本人のいないところでやったほうが絶対いいよ?

 そう言いそうになるのを抑えつつも、まぁイネちゃんが盾にされる程度なら問題ないかと思い、ムータリアスの、アーティルさんの指揮する兵士がどれくらいの実力なのか判断したいし……いやまぁ唐突に思いついただけなんだけどね、実力がわからないとイネちゃんとしても困るのは確かだけれど、それを実戦で見極めようなんて思ったのは本当に気まぐれ。

 まぁそれ以上にもうイネちゃんひとりでいいんじゃないか?とか思われると後々はした金でこき使われて、最後には騙して悪いがとか仕掛けてこないとも限らないしさ、そうなってもイネちゃんは絶対無事に返り討ちする自信はあるけれど、世の中どうなるかわかったものじゃないし、誰かが人質にーとか起きてもおかしくないだろうからなぁ、戦場では何が起こっても驚くなっていうのはボブお父さんの言葉。

 なのでイネちゃん、思いつきではあるけれどこの流れでとりあえずこの人たちの実力を実戦で測定したいと思ったわけである。

「それで、作戦はなんだったか、お前覚えてるか?」

「こっちが寡兵だ。正面から当たったところで勝目がないのに前線ラインを街から遠ざけろだなんてふざけた無茶ぶりだよ」

「たくっ……俺たちもクーデター側に行けばよかったか?」

「それだと家族が食えないだろ。あちらさんは異世界と交渉どころか攻めた上に負けて逃げてきた連中だぞ?今さらどのツラ下げて交渉したいなんて奴がいる」

 ヌーリエ教会なら戦争責任をトップ数人にとらせて応じると思うんだよなぁ。

 まぁ大陸の情報を殆ど持ってない末端の兵士なら、この考えも当然なのかな。

 大陸がマイノリティで、基本的に人間がいるのなら地球と同程度の、ムータリアスであるのならそれこそ地球の古代から中世の間のヨーロッパに存在した帝国くらいの民度と基礎学力だろうしね、その上に戦争という非日常が加わることで下衆な思考が蔓延しててもおかしくない。

「戦力で言えばクーデター、衣食住に関しては女王側か……兵士にとってみれば悩ましいな」

「民間人なら女王側が一番いいんだろうがな、それに和平の後は俺たち失職だったかもだし、あいつらの気持ちもわからんではない」

「ちげぇねぇな」

 とりあえず会話を聞いているあたりアーティルさんは和平のあとの兵士の扱いに関してどうするつもりだったのかな、そのへんが決まっていない状態で和平なんてしたら将来への不安って理由で兵士に不満が溜まるのは至極当然で、この人たちは特にその兆候が見受けられる。

 まぁ、戦後復興需要で体力の有り余っている兵士には大工や石工、農夫になってもらったりするのが一番平和的だけど……兵士であることに誇りがあるのならそのまま常備軍として有事対応の訓練やインフラ整備で食べていけそうなんだけどなぁ、ムータリアスだと長く続いた戦乱が原因でそのへんの思考が疎かだったりするのかね。

 少なくとも、戦闘要員に関してはそれっぽいなぁ……これは今後の戦闘が大変になりそうだなと思ったところで、イネちゃんが配属された部隊が目の前の2人だけであることに気づいたのだった。

 なんだ、ただの斥候部隊だったわけだね。

 アーティルさん、なんだかんだでイネちゃんが参加するってところは負担が軽い場所になるようにしてくれたっぽいかな、ロロさんのところはイネちゃんのいる場所から見える感じ、重装歩兵が集まってるし、目の前の2人の装備を改めて見てみたらかなりの軽装で、最低限度に短めの片手剣と短弓に、少しばかりの矢があって、あとは基本革装備だし。

 この時、イネちゃんは目の前の2人の役割を知らなかった……いやなんというかイネちゃんより適任いたんじゃないですかね。

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