第313話 イネちゃんと戦争の気配

「そんで、その聖人を名乗ったのは2人組でイネ嬢ちゃんとロロ嬢ちゃんの2人でトントンだったと?」

「勇者……本気ではなかった」

「いや本気だした場合部屋ごととか、破壊力高すぎて屋内だとちょっとね。そこが壊れてもいい場所で護衛対象がいなければやったけど……」

 戻ってきたムーンラビットさんたちは教会の惨状を見てイネちゃんたちに真っ先に報告を求めてきたので説明したけれど……散弾に関してもちょっと各々の距離が近すぎたしねぇ。

「まぁ会議室とはいえ、他のところと比べれば狭いっちゃ狭いよな。状況的にこっちは固まってて、迂闊に散弾を使えないのはわかるが……感知でわからんかったんか?」

「感知も常時使うと疲れるから……」

 と言ったところで気づいた。

「……そういえば感知でわからなくなるの、早かった気がする」

 あまり気にしなかったけど、あの2人が屋外に出た辺りで感知出来なくなっていたんだよね、まぁ深追いするつもりも最初からなかったし、襲撃前はあれこれ考えてたからそもそも感知してなかったっていうのもあるけれど……。

「少なくとも、イネ嬢ちゃんとロロ嬢ちゃんの2人が外の惨状に気付かなかった程度には相手さんは手馴れていたってことやね。で、相手に心当たりはあるんかい?」

 ムーンラビットさんは現場にいたもうひとり、アーティルさんに軽い感じのまま聞いた。

「あの方々は聖人で……」

「勇者のお嬢さんに聞いた特徴なら、ジャックじゃありんせんかね」

「はい……ナイフを使い寡黙な方でしたから」

 ナイフ使いのジャックって……なんというか都市伝説とかにいそうな感じだねぇ。

「それでもうひとりはクルームやったか、イネ嬢ちゃんに意識外から攻撃加えたって奴」

「まぁ、色々と混乱中ではあったけど……」

「クルーム様は存在位相をずらし、攻撃や防御を行う方です……」

「あぁそれでイネ嬢ちゃんが感知できず攻撃されたわけか」

 なんだろう、イネちゃんちょっと今のお話わからない。

「イネ嬢ちゃんにとっては相性悪い相手やから今回は仕方ない。被害報告受けて補強はするが……ちょっとココロとヒヒノ呼び戻すか、ササヤの奴呼ぶかしないとあかんかなぁ」

「ところで位相をずらすってどういうこと?」

 なんとなーくはコーイチお父さんの持ってた漫画とかアニメでそんな感じの言葉を聞いた記憶があるけれど、ムータリアスのそれとイネちゃんがなんとなく認識している意味が同一とは限らないし、ここはイネちゃんが聞き役になろう。

「文字通りに存在する場所をずらすことで物理的な接触を回避することです。クルーム様は位相をずらすことによって常に優位に戦闘を支配すると言われておりますので」

 あー……概ねイネちゃんの考えてたものと同じっぽいかな。

 そしてここでイネちゃんは1つ疑問が浮かんできたぞ。

「物理的な接触ができないのなら、そもそも地面に立つこともできないよね?」

「位相の場合存在世界を半分ずらすみたいな感じなんで、立ったりはできるんよ。あまりずらしすぎるとそのままさよらなするから、私らは殆ど使わないんやけどな」

「なんというか……便利そうに見えてすっごい不便そうな感じだね」

「実際のとこ不便よ。可視してるけど触れられないっていう時点で結構存在が曖昧にならないとあかんからな、制御を1つ間違えれば簡単に戻れなくなるんよ」

 簡単に。ってことは戻ることは可能ってことかな。

「ま、聞いた分とアーティル嬢ちゃんの様子を伺うにそのクルームとかいう聖人は無意識レベルまで突き詰めたんやろうね。ササヤ以外の人間が人間のままそこまでやることはかなり凄いとは思うが、逆に攻撃力とかはなかったんじゃないんかね」

「それが意識の外からの攻撃とはいえ、イネちゃんが……」

 そう言いながら襲撃されたとき、最初に立っていた位置まで歩いて。

「ここから……」

 吹き飛ばされて少し崩れている壁のところに移動し。

「ここまで飛ばされたから、それなりの破壊力はあると思うよ」

 少なくともイネちゃんや、無意識に攻撃をいなせるように訓練済みのロロさんとかなら問題ないけれど、それ以外の人だとそれこそササヤさんクラスじゃないとダメージは出そう。

「ふぅむ……わからん!流石にその威力の謎は私もわからんなぁ。ササヤなら聞いただけで再現とかするんやろうが、私は戦闘面に関してはからっきしやしな」

「「えぇ!?」」

 ムーンラビットさんがからっきしと言ったのと同時、クトゥさんとアーティルさんが驚きの声をあげた。

「あ、あれだけの破壊魔法が使えてからっきし……?」

「いやまぁ、あれ大陸じゃ初期の初期。基本中の基本なただの火起こし魔法やからな?」

「アスモデウ……ムーンラビットさんは昔からそんな感じでしたね、忘れてました……」

 アーティルさんはあいた口がふさがらないと言った感じだけれど、クトゥさんは思い出したようで遠い目になってる。

「とりあえず……相手にするのが面倒な相手が敵に回っているってことでいいかな」

「そうやね、大陸でも実戦レベルに仕上げてある位相使いを相手にするには私が知る限り手の指で数えられる程度よ」

 むしろ複数人数ちゃんと存在していることにイネちゃん驚きなんですが。

 いやまぁココロさんはずれた位相を修復とかできるし、ヒヒノさんとササヤさんに関してはもうずれた位相世界ごと破壊とかしちゃうんだろうけれど……、ムーンラビットさんがその特定の人たちを数字じゃなく手の指にした辺りまだいそうだよね。

「いやまぁ私もできんことはないし、司祭長と、それこそタタラの奴も多分対応できるかんな。それと成長することを見越せばリリアも倒せると思うんよ?私としてはリリアに位相使いと戦うのはやめさせたいけどな、周囲への被害的な意味で」

 あーそういえば……リリアの力って夢魔関係の先祖返りだったっけ。

 ……あれ?そういえばリリアの力の説明を聞いたとき、ムーンラビットさんってリリアは自分以上の力を持ってるって言ってなかったっけ。

 ムーンラビットさんがクトゥさんの言うようにアスモデウスを大昔に名乗っていたのは本人も認めているわけで……それを超える夢魔関係の存在って、いたっけ?

「ともあれそんな感じで結構限定されるかんな、ただまぁそいつが直接暗殺対象を狙わずにイネ嬢ちゃんを狙ったとなれば、攻撃のタイミングはそれなりに時間を要するってことよ?それにイネ嬢ちゃんのことを一番の脅威と言ったのなら、イネ嬢ちゃんがクーデター側に対して最も警戒すべき存在って認識されたってことやしな」

「あまり嬉しくない……」

 戦うのが好きだとか、武人みたいな強い奴と戦いたいとか、劣勢こそ見せ場だ!とかいう変人くらいじゃないかな、それで喜ぶのは。

 軍略的な意味なら敵が味方の強い人間に執着してくれるのは、その人間を囮にすることで本隊の作戦行動を隠せるから願ったりなんだろうけれど、イネちゃんたちはむしろ補助的な立ち位置だからね、そう言ったメリットがあまりないっていう。

「ま、そのへんは今は置いておいてええが……暗殺するためだけに軍を動かしたとなれば相手さんは諦めるとは思えないんよな」

「まぁ、来るでしょうね。東に軍を展開させるようならクーデター軍とは和平を結んでいないという詭弁で私たちが対応できますが」

 そこで詭弁って言っちゃうんだ……魔王としてちゃんと統治しようと頑張ってるのはわかるけど腹芸とか苦手っぽいね。

 まぁだからこそハイロウさんがいるのだろうけれど、魔王軍側も一枚岩じゃないっぽいのが後々響いてきそうで怖いなぁ。

「それで、女王さんはこれからどうするん?こちらの備え不足が原因やけどここも絶対に安全とは言い難い状況になってしまったから、亡命政府の場所を移動させるならこのタイミングとは思うが」

 まぁクルームさんに対して備えるとなると人員が限られる以上はできればそれが駐在していても問題の無いシックに来て欲しいと思うのがムーンラビットさんの考えなんだろうし、それを無理強いすることもできないから今改めて聞いたのだろうけれど……。

「いえ、だからこそご迷惑を……いいえ違いますねごめんなさい、お世話になるわけには行かないと思うのです」

 まぁアーティルさんならこう言っちゃうよね、変なところで律儀というか、必要なところでも身を引いちゃう。

 となればこの展開で次に予想できるムーンラビットさんの言葉は……。

「ここまで関わって、うちらの管理する区域でドンパチやられてるわけやからな。そのへんは今更だし、ここまでされて何もしないのは相手を増長させるだけやから気にしないでええんよ。むしろこの状態で蚊帳の外に置かれるほうが面倒が増えるんでどちらにしろうちらは関わらせてもらうかんな」

「まぁ、カルネルを仕切ってるのが実質イネちゃんたちだからね……むしろそっちにしても面倒になると思うし、イネちゃんが狙われているならどこに言っても同じだろうからなぁ」

 ここでムーンラビットさんを少しアシストするような感じにイネちゃんが口を挟む。

 実際、イネちゃんとしてもリリアが出かけていたからまだよ……くはないけどマシだったとは言え居たら守りきれなかった可能性が高かったからね、クルームさんに関してはイネちゃん放置しておくことはちょっとできない理由に十分なる。

「……それでしたら、改めてお願いしてもよろしいのでしょうか」

「むしろしてくれと思ってるんよ、強要はせんけどな」

 ムーンラビットさんのやれやれといった感じの笑顔で言うと、アーティルさんの方から握手を求める感じに手を伸ばしてきて。

「分かりました、それでは……今後とも宜しくお願いします」

 2人が握手するのを見守りながらも、イネちゃんは今後巻き込まれるであろう戦争に関して考えるのであった。

 イネちゃん、今までは巻き込まれる感じだったけど今回は自分から飛び込むんだよね……、人を撃つ覚悟はあるけれど、そこから発生する責任をどこまで背負えるのかは予想できないから、今まで以上にもっと考えて動かないとかもね。

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