第312話 イネちゃんと暗殺未遂

「本当に申し訳ありません……私がここに亡命政府を作ったことで」

 結局のところ、東の海岸に展開していた軍艦はクーデター軍のもので、今領域侵犯をした名目で魔王軍側が対応にあたっている。

 まぁ領土領海は魔王軍側の方なのでそれは当然なのだけれど、自分がきっかけで発生した事態であるということでアーティルさんは戻ってきてからもずっとこんな調子。

「いやまぁ元々戦争中であった魔王軍側が戦うのは問題ないからね、魔王軍側の領土に侵入したクーデター側は暴走した軍が現在の情勢を無視して進軍したと認識するってクトゥさんも言ってたしさ」

 降伏勧告と捕虜の受け入れとかのいろんなことをカバーするためにムーンラビットさんは残ったらしく、とりあえず皆が帰ってくるまでは教会の地下会議場で待機ということになったのだけれど、一応親衛隊だけじゃなくてイネちゃんとロロさんで固めているけれど……何も起きずに過ぎればそれで良しだけれど、こうもあからさまに部隊を、帝都から見れば背後となる位置に軍艦で差し向けられればイネちゃんたちだって警戒しなきゃいけないんだよね。

 流石にカルネルを直接攻めるようなことはしないにしても、物流を止める通商破壊は可能性としてはあるし、そうなればイネちゃんたちも動かざるをえなくなるわけで……アーティルさんの守りが手薄になったときに何かしら事を起こすっていうのが一番考えられる流れではあるし……あぁもう、こういうのを考えるのはイネちゃんじゃないよね、絶対!

「勇者、キュミラさんから……報告。勇者の予想通り、街道に……軍勢」

 あー……これは動かざるをえない流れではあるけれど……。

「そっちは様子を見ておくだけにしておこう。進軍してくるようならすぐに報告するようにキュミラさんに伝えておいて」

「それが……ゆっくりだけど、近づいてきて……る、って」

「ゆっくりなんだね?」

 それならまだ陣形を作っている最中の可能性もあるし、キュミラさんに監視してもらっていれば対応もあまり遅れることはないので、やっぱりイネちゃんとしては様子見がベストのように思える。

「それならカルネルに飛び道具が届く位置になるまでは様子見に徹して。こっちから手を出すことがないように厳命しておいてくれると嬉しいかな」

 開拓中で守る範囲が狭い状態ならガイアテラを相手にする分にも楽ができたのだけれど、今のカルネルは少なく見積もって数万人規模の都市に成長しちゃっているからね、できれば戦場になるのは避けたいけれど……こちらから手を出したらそれはそれで全面戦争で被害がより大きくなる可能性があるしで、あぁもう!本当こういうのを考えるのはイネちゃんじゃないよね!

 イネちゃんは戦闘面に関してなら指揮官を任されるのはいいけど、結構デリケートな政治が絡んでる腹芸は殆どできないからね、開拓中にとった態度に関しては割と感情が突っ走った結果なのでそのへんに投げ捨てておくけれど流石にイネちゃん、数万の命を完璧に守りきるなんて自信はこれぽっちも沸かないし、できる気もしない。

 イネちゃんが守れるのはイネちゃんが把握できる範囲だけで、せいぜい数十人と思っておいたほうがいいからね、それだって勇者の力があってのことだし、それがなければもっと少なくなる……国対国の、戦争を止めるなんてイネちゃん個人の力でどうにかできるのは、始まる前に戦争しようとしている人を止めでもしなきゃ無理だからねぇ……。

「勇者!」

 イネちゃんが悩んでいるとロロさんが大きな声で叫んだ。

 ロロさんにしてはすごく珍しいので、驚いたイネちゃんは目の前で起きていることに一瞬思考が追いつかない。

 アーティルさんに向かって投げナイフを投げている人と、その間にロロさんが入って全部いなしている様子……そして、ナイフを投げている人の足元には赤い液体が見えるということ……。

『イネ、思考は私がやるから目の前の対処!』

 イーアが叫んで私の意識は混乱から現実に一気に引き戻された。

 とにかく今はナイフを投げている人を鎮圧するのが最優先で……。

「させませんよ、あなたが一番危険で、我々の障害になるのですから」

 そう言いながら私に男の人が殴りかかって来て、P90を抜けずに壁際まで離されてしまう。

「自己紹介が後になってしまい申し訳ありません異界の人。私はクルーム。ただのクルームでございます。帝国からは聖人と呼ばれておりますがそれは些細なことなので気にしないでくださいませ」

「……で、その聖人さんがここで暴れている要件は、何?」

 私は壁に手をつけたままクルームと名乗った聖人に会話を試みる。

 正直、気付けなかったのは少し驚いたけれど……私は混乱していたし、イーアはその混乱を収めるために思考に回ってくれていたのだから反射が遅れるのは当然のことだった。

「いえ、私は家族を戦争で失いましてね。未だその仇を取っていないのです」

 頭が痛くなってきた……今の短い言葉は個人的復讐心で戦争を続けたいって宣言したのと同じ。

 つまり和平をしようとしている亡命政府自体を潰しに来たということである。

「1つ言うけどさ、あなたの理論……」

「クルームです」

「……クルームさんの理論が認められるのなら、今あなたたちと戦っている私と、そこで女王を守っている子は、帝国を敵として滅ぼしにかからないといけなくなるんだけど、いいかな?」

「それはそれは……理由をお聞きしても?」

「帝国の使う兵器、ゴブリンによって家族が殺されてるから。2人共天涯孤独にされたんだよ」

 最も、グワールが試験運用の失敗作を捨てて、その個体が原因ではあるのだけれど、帝国が関与しているのは事実なのでこの辺の情報は伝えない。

「なる程、ごもっともです。ですがそれでしたら余計にここでその憂いを絶たねばなりませんね……」

「個人的復讐心で、自分以上に不幸になった女の子を殺してでも復讐を果たすつもりってことで、いいのかな?」

「私には、もう他に何も残っておりませんので」

 同情の余地は、ある。

 ただこの人のやってることは認められないし認めちゃいけない。

「……お喋りしすぎだ、足音が近づいてきている」

「あなたにしては珍しい、まだ目的を果たし終えてはいないではないですか」

「この鎧の小娘、想定以上に強い」

 ロロさんに攻撃を全部いなされ防がれをしていたもうひとりが愚痴のように漏らす。

 いやまぁ、ロロさんってこれでも大陸ギルドのトップランカーのひとりだからね、地球の軍隊とか、ムータリアスならそれこそ軍とかで多勢に無勢な感じで対応しなきゃこうなって当然というか……勇者の力がなかった場合私でも多分崩すのは困難なんだよね。

「仕方ありません。作戦は失敗、今後の事を考えましょう」

「……短期的な優位はそれでいいが、大義名分の上でここで失敗するのは長期的に負けに繋がる。お前は引けばいい」

「そうしないためのツーマンセルです。機会はまた、作ればいいのですから……」

 そう言ってクルームさんがもうひとりに近づいて……。

「ですからさっさとやってきてください。それなら文句はないでしょう」

 もうひとりをロロさんの……その後ろで防御姿勢をとっていたアーティルさんに向かって投げた。

「さっさと済ませて撤退しますよ」

「私個人は恨みはないが、食べるためだ」

 そう言ってもうひとりがナイフを投げようとしたその時、私は空の人になっているもうひとりに向けてP90を発砲するよね、見ているだけなんてそんなことないし、私ががっつり動けないと誤認したクルームさんが悪いだけで。

 当然ながら意識外からの銃撃、しかもP90の連射力で放たれた射撃を体で一気に受けた男はそのまま力学的に言えば銃弾の進行しようとしている方向へと吹き飛ぶのだけれど……。

「なる程、これがグワールの言っていた銃とかいう武器か……厄介だな」

「これでも失敗ですか……味方陣地に向かって全力疾走です、急いでください」

「今は隙ではなかった。撤退する」

 P90の弾を全部体に受けたにも関わらず特にダメージを受けた感じはないものの、攻撃を中断して出口へと走り始めた。

「逃がすと思う?」

「思いませんが、手段を選ばなければ逃げられないことはありませんからね」

 クルームさんはそう言って、手段はわからないけれど煙幕を張って気配を消した。

 なんというか、なんともテンプレート的な逃げ方を……でもまぁ離れていっているのは感知でわかっているし、現時点で深追いする必要はないと判断してイネちゃんは警戒しつつもアーティルさんに近づきながらロロさんに。

「深追いはしなくていいよ、警戒はとかずにおいて欲しいけどね。アーティルさん、大丈夫だった?」

 顔を真っ青にしたアーティルさんに手を差し伸べるも、気が動転しているのか反応を示さない。

「……とりあえず、魔王軍御一行とムーンラビットさんが帰ってきてからにしよう。アーティルさん、横にならなくても大丈夫?」

 反応が返ってこないにしても一応話しかけ続けつつ、今の2人について少し思い返してみる。

 少なくとも、片方は聖人を名乗っていて、今回の暗殺未遂に関してはジョッシュさんが一枚噛んでることくらいしかわからなかったかなぁ……まぁ少なくとも和平派に対してちょっかいをかけてくることは今後もありそうと言ったところかな、今回の失敗でヌーリエ教会からがっつり睨まれることになるのは確定だけど、聖人の多くがクーデター側についていることを予想させるだけのインパクトはあったから……。

「足音……しない、見てくる」

「全方位に警戒してね、あの2人が連携すると3次元的に動いてくるから」

「わかってる」

 施設内の安全確認にロロさんが出て行くのを見守りながら、イネちゃんは今後の展開にため息をひとつ、漏らすのだった。

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