第298話 イネちゃんと帰省

 興行としての闘技場の運用が始まってから既に半月、特にこれと言った出来事は開拓地……便宜上ムータリアスの言葉で握手を意味する言葉『カルネル』では起きることもなく、そろそろリリアの試験も終了という時期に差し掛かった時期になった。

 正直、最初は村程度の規模で合格だったはずなのが、ムータリアスのいざこざに巻き込まれていくに連れてどんどん規模が大きくなり、今ではムータリアスの世界全土を見渡しても有数の都市にまで発展していたものだから試験官であるスーさんだけでなく、和平会議に顔を出してきているムーンラビットさんもどこで終わりとするのかを決めかねているっていう困っているような状態だった感じで……。

「いやぁ、正直なとこ、ここまでの規模になったら試験は1度中断してってのが通例だったんだが、地球との交渉とこっちを並行してたら言うの忘れてた」

 というムーンラビットさんの言葉に皆口をあんぐりとさせていたけれど……。

「まぁそれはそれとして追加評価とするから許してな?」

 と言った感じに丸め込まれてしまったのである。

 まぁ、当のリリアが別にいいかという感じだったものだから、第3者になるイネちゃんたちが口を出すことではないのが事実だったし、仕方ないね。

 そしてそんなイネちゃんたちが今何をしているかと言うと……。

「イネー、準備できたー?」

「んー、特に物は増やしてなかったつもりなのに……こう、お父さんたちへのお土産で結構……」

 自室で帰省の準備をしているのであった。

 流石にギルドから1人の傭兵、冒険者を長期間拘束するような依頼になる場合は更新手続きが必要になるとかで、その更新手続きの間はイネちゃん含めリリアの護衛をしていたスーさんたち夢魔の人達を除いて全員1度大陸に戻る必要が出てしまったのである。

 当初の予定では1ヶ月もあれば終わってたはずらしいからね、これでも2週間くらい自動延長で誤魔化してたらしいから、本当にムータリアス側のいざこざに巻き込まれた挙句、都市の規模にまでここが発展してしまったことは想定外のことなので仕方がないね。

「ムータリアスでしか手に入らないのって何かあったっけ」

「アクセサリー周りがね。結構特徴的なデザインや細工だからいいお土産にならないかなって……」

「それにしてはかなり大荷物になってない……?」

「……実は、魔除けのお守りとかも入ってます」

「アクセサリーだけにしときなよ……」

 怒られてしまった……。

 まぁ、延長手続きで契約更新の予定だから戻ってくるし、最後の撤収の時にもって帰ればいいか。

「じゃあとりあえずこれだけでいいか……」

 まとめた荷物の中から普段遣いできる大きさのシルバーアクセをいくつか見繕って別の小さい袋に詰め込むと、立ち上がった。

「それじゃあ帰ろうか」

 ちなみに更新手続きの間は、ムーンラビットさんが他の冒険者さんを雇ったりして代わりを行えるようにしてくれたので、先日のイネちゃんのメモを元に闘技場以前から居たやんちゃな人達の取締や、闘技場の興行を目的に集まった血気盛んな人達の制御のために使われるらしい。

 イネちゃんのメモが元に色々組まれるとか、ちょっと恥ずかしいんだけど……いっそのこと継続することが必要な治安維持以外は解決してくれればいいんだけどなぁ。

 まぁ今そんなこと行ってないで、今はむしろ1度帰れるのがちょっと嬉しいからね、それはそれとして思わぬところで舞い降りた長期休日を満喫してこよう。

 そう思いながらリリアの後ろについて小さくまとめた荷物を持ち上げて転送陣の場所まで小走りで移動すると、既に準備を整え終えた面々が集まっていた。

「遅かったけれど何かあったの?」

「イネがお土産買いすぎてただけだったよー」

「もうリリア言わなくてもいいじゃない、皆ごめんねー」

「揃ったところで転送するんよー」

 ムーンラビットさんはそう言ってテキパキと転送陣の起動を進めるのを見て、イネちゃんは今まさに感じている疑問をぶつけてみた。

「ムーンラビットさんも一緒に大陸に行くんじゃ?」

「ギルドの連中もこっちに支部を作りたいらしいんで、ついでだからこっちで会議するんよ。ギルド側からしてみれば実地調査も含めてるってことやね。箱もいっぱいあるかんな、中身を持ってくればそのまま運用できると思ってるんやろうし実際そのとおりやからな、もう完全に色々まとめてやる予定なんよ」

 なんだ、ギルド設立までやっちゃうのか。

 まぁ、既に都市として機能しちゃってるわけだし不思議でもないのか。

 カルネルの自治権はシック預かりなわけで実質的な大陸所有の土地ってことでムータリアスの最大勢力であるアルスター帝国と魔王軍から容認されたわけだからねぇ、一体開拓を始めるまでの間にどれだけココロさんたちは大暴れしていたのだろうかってくらいにかなーりスムーズにことが運びすぎた感たっぷりだったし。

「ヨシュアさまぁぁぁぁ!」

「あぁヨシュア様もう行ってしまわれたのですか……」

 とイネちゃんが転送陣に乗ろうとしたところで外から黄色い声が聞こえてきた。

「……なんか呼ばれてるけど?」

 イネちゃんはなんとなく察してニヤケながら聞いてあげる。

 むしろここで誰も質問をしないというのは大変失礼にあたるだろうからね、うん、仕方ないのである。

「闘技場で戦わされた後から、なんかこう……」

「あそこまで圧倒してしまえとは私指示してなかったのにやらかしたのが悪いんよなぁ、まぁやし悪い気はせんやろ」

「いや選出弱すぎただけじゃないんですか!?」

「ヨシュア坊ちゃんはもう少し、自分のラインを自覚することやね。イネ嬢ちゃんも過小評価してるが、それ以上にヨシュア坊ちゃんのほうが自分を過小評価してるかんな」

 おや、ちょっとイネちゃんが巻き込まれた気が。

 そしてヨシュアさんが何か言おうとした瞬間に転送が始まり、イネちゃんたちの視界は別の場所……シックへと切り替わった。

「おつかれさまだな、皆、おかえり」

 そしてムーンラビットさんの立っていた場所にはタタラさんだった。

 完全に言葉の行き先を無くしてしまったヨシュアさんはとっても複雑そうな表情をしていたけれど、まぁご愁傷様というか、割と自業自得なところがあるからね、仕方ないね。

「父さんただいまぁぁぁ!」

 転送が終わった瞬間、リリアがタタラさんに向かって抱きつきにいった。

 ファザコンだってのはササヤさんから少し聞かされていたけど、ここまで大きく抱きつこうとするのは始めて見るな……ファザコンの人が長いあいだお父さんとあっていなかったらこうなっても普通なんだろうか。

 実際比較できる対象がいないからよくわからないよね。

「さて、母上が諸々の手続きを終えるまで1週間はかかると言っていたからな、皆精神的に落ち着ける場所でゆっくりしていくといい。無論帰省するのも大丈夫だ」

 そして180cmの娘が抱きついてきてもびくともせず、動じることなく話しを進めるタタラさん……絵面がとってもシュールなのでもう少し動じてくれて構いませんですかね……。

「それじゃあイネちゃんは1度地球に帰る予定なので、転送陣の利用をお願いしてもいいですか?」

「え、イネもう帰っちゃうの?」

「お土産が荷物になるし、始めから最初に帰って数日滞在するつもりだったけど?」

 あ、リリアが何やら考え出した。

 もしかしてついてくるつもりなのかな、新しいレシピ本とか欲しいかもだし、地球の方も早い時は半月くらいで流行変わっちゃうから、新しいお料理とかあってもおかしくないからなぁ。

 リリアはそのへん結構重点的に調べていたみたいだし、今回もそんな感じなのかもしれない。

「父さん、ごめん、イネが帰るのについて行っても……」

「初日はやめておけ。明日以降なら構わんが、イネちゃんだって水入らずの時間は欲しいだろう」

 イネちゃんは別に構わないのだけれど、でもまぁタタラさんも寂しいだろうからなぁ、イネちゃんが最初に会った時は家族4人でゆっくりしてた記憶だけど、以降は結構ササヤさんは駆け回ってるし、オオル君はまだヴェルニアだろうし、リリアはずっと神官のための巡礼やら最終試験でいなくなってるわけだから、1人開拓町に残ってたタタラさんは相当寂しい思いをしてそうだよね。

「むー……」

「大丈夫だよリリア、タタラさんも寂しかっただろうしそっちこそ水入らずの時間過ごしなよ」

 唸っているリリアに向かってイネちゃんがそう言うと、心配そうな目を向けられてしまった。

 いやそれならむしろ1人で帰ることになるロロさんとか、ティラーさんのほうがと思うのだけれど……ちなみにキュミラさんはシックに到着した瞬間に自由だーとか叫びながら外に飛んでいったのである。

 自由だーって、ムータリアスにいた頃のほうがかなり自由にしていた感じだけれど……能天気そうなキュミラさんなりに何かしら悩みがあったりしたのだろうか。

「わかった……それじゃあ、また明日ね」

 リリアが寂しそうにそう言ったのを聞いてからタタラさんが。

「それでは、オワリに転送でよかったか」

「ん、オワリってどこ?」

「あぁ……そうか、そういえば半月前に決まったばかりだったな。イネちゃんの故郷を含めたあの開拓地の正式名称だ」

 オワリって名前になったんだ……地球に帰る前に1度皆に報告しに行こうかな。

「そうだったんだ……それなら、はい。お願いします」

「他の皆は、大丈夫か?」

 タタラさんの質問に皆がはいと肯定の言葉を口にして転送陣の外に出たのを確認してから、タタラさんは再びイネちゃんの足元にある転送陣を起動したのだった。

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