第297話 イネちゃんと闘技場

「と、いうわけで取り敢えずイネちゃんの知識にある闘技場っぽい箱は作ってみたんだけれど……」

 完全に地球の世界遺産的な建物になってしまっているそれは、イネちゃんの知識不足と発想力不足が原因だよねぇ……もっとステフお姉ちゃんの漫画とコーイチお父さんのゲームでそのへん鍛えておけばよかったかな。

「おー立派じゃないの。ちゃんと地球のアレ、再現できてて私はええと思うんよ」

「いや権利関係とか大丈夫ですかね」

「むしろ古代の建造物にそのへん、あるんか?ムータリアスでは始めてっぽいし問題ないと思うんよ」

 元がある現地観光協会とかが怒りそうだけど……まぁ確かに権利とかはないのかな、模した建造物とかも結構見たことあるし。

「それで、中身もそのままにしたん?」

「んーそこはちょっと実際の運用に即した感じに合わせてみたかな。出入り口をいろんな種族の人でも問題なく使えるようにしてみたりとか、電源を確保すれば電気を使えるようになったり、テナント部分を用意して観客にもフレンドリーな感じにはしてみたけれど」

 そのへんは実のところ、ルースお父さんが行きたいと言って連れて行かれた野球の試合を参考にしていたりする。

 野球場のドーム会場はこの手の施設と似たような形だからね、参考にしやすかったのだ。

「これは地球で言えばガワだけ古代、中身現代ってことか……」

 ムーンラビットさんもこの反応である。

「地球以外なら珍しい構造であることは確かだから、建物だけでも集客にはなるかなって」

「まぁイネ嬢ちゃんのことだから地球の建造物に近くなるとは思っていたしこれでええか。細かい決め事は私たちに任せて休憩……の前に暴れてる連中を抑えるの手伝いに行ってもらってええかな」

「いいけど……暴れてる人達を抑えたらイネちゃんはどんな状況でも休憩入らせてもらうけど、いいんだよね?」

「ええよー、むしろ私のプランだとイネ嬢ちゃんじゃ納得させられんしな」

 んーどういう意味かはわからないけれど、ムーンラビットさんのプランならイネちゃんは本当に休憩していいようだし、それなら別にいいか。

「それじゃあ行ってくるけど……」

 イネちゃんの出番はあるのだろうか。

 対応しているのは殆ど便利屋みたいに動いてもらっているけど、なんだかんだで転生物みたいなチート能力のヨシュアさんたちだし、イネちゃんの仕事が残っているかは怪しいところだよね、そっちのほうが楽ではあるけど。

「おう、一気に色々組み立ててもらったから今までの分と思って思いっきり休んできてなー」

 そんな見送りの言葉を背中で聞きながらイネちゃんはヨシュアさんの報告で聞いていた場所……丁度国境になる中心線である中央広場へと向かう。

 まぁ双方の血の気の多い人が戦える場所となる目玉となる建造物がそこから遠いというのもなんだったので徒歩5分程度の範囲なんだけどさ、最初からある程度その手の交流施設を計画してて本当によかったよね、でないと立ち退きとか色々面倒事が起きただろうからなぁ……本当よかった。

「くそがぁぁぁぁ!なんでこのガキびくともしねぇんだよ!」

 リズムがいい感じの金属の衝突音が聞こえてきたので、まだイネちゃんのお仕事は残っていたらしい。

「武器、粗悪……すぎない?」

「うるせぇぇぇぇぇぇ」

 ロロさんがなんか相手に同情してしまっていらっしゃる。

 流石にロロさんの装備は既に放射性物質から変わって地球のセラミック合金にしてあるんだけれど、大陸以外だとそれ自体が完全に歩く核兵器みたいになってしまうからね、仕方ないよね。

 大陸ではヌーリエ様の加護や浄化能力もあって、放射性物質も普通に素材として運用されてるんだよねぇ、地球で定説となっている分裂反応も融合反応も起きない安定物質になっているらしいけれど……普通に放射線は出てるらしいから地球の科学者が調べられなくて詳しいことが何も分かっていないとかなんとか。

 大陸の人なら加護のおかげでそのへんの影響がないから装備として採用されてしまう……だけでなく、ウラン製の包丁とか普通にあるからね、地球と繋がって以降はムーンラビットさん主導で減らして行ってるけれど、それでもよくお父さんたちそんな危ない状態で傭兵やってたよね、そう考えるとイネちゃんを助けた流れって本当に奇跡だったんだなぁ……。

「顔や関節を狙え!カバーできてねぇはずだ!」

「無駄……」

 カィン!という甲高い音とガキンという金属が折れる音が聞こえたところでそんなことを考えている暇がなかったことを思い出した。

「鎧の下にも何か着込んでやがる!?」

 うん、ロロさんの防御力ってイネちゃん抜きで考えたら間違いなく頂点だから知ってた。

 いなす技術もかなり高いし、トーリスさんたちに保護された後のロロさんの努力って凄まじいものがあるのがよくわかる技量。

「援護いる?」

「勇者……うん、お願い」

 それだけ聞いて同意をもらったところでイネちゃんはずっと使っていなかった剣を鞘から抜かずに相手の額に突いた。

 ぐぇという声すらなくぶっ倒れたけれど、イネちゃんそんな強く叩いたかな?

「倒さないのが、重要」

「うん、抜かないし抜けないように今細工してるから大丈夫」

 ロロさんにそう答えつつもイネちゃんはよくあるような紐でぐるぐる巻きにすることはしない。

 というか本当に大丈夫かな、ぐぇすら言わなかったけど……。

「い、イネさん……てめぇら引け!逃げろ!イネさんが来たぞぉ!」

 ロロさんに絡んでいたもうひとりの男の人がそう叫ぶと、周囲の戦闘音がピタリと止まった。

「いやだなぁ、人を災厄か何かみたいに……」

 そして誰もイネちゃんのその言葉を聞くことなく、蜘蛛の子を散らす勢いでそれぞれ路地へと姿を消していった。

 もしかしてムーンラビットさんはこれを見越していたのだろうか……1度ちゃんとお話……は絶対負けるからやめとこう、うん。

「ねぇロロさん取り敢えず感知である程度把握してるから、ヨシュアさんに闘技場のほうに行くように伝えて来てもらっていいかな」

 なので今は特に考えずにムーンラビットさんの思惑通りに動いておこう。

「うん。伝えたら、一緒にご飯……食べる?」

「あぁうん、イネちゃんもここ抑えるのが終わったら休憩していいって言われてるからいいねぇ、一緒に食べよっか」

「わかった。伝えてくる、ね」

 トコトコという効果音が聞こえそうな走り方でガチャガチャ遠ざかっていくロロさんを見送ってから、イネちゃんは1つため息を漏らしてから逃げていった人の場所を確認してメモに羅列していく。

 最近人も増えたからこういう引き継ぎ系のメモも書類扱いされて困るんだけど、まぁぱぱっと書いて事後処理する人達に渡しちゃえばいいだけになったから気楽にはなった。

 本来なら最初からこういう形にすべきだったのだろうけれど、完全に0ベースからの開拓とかイネちゃんを含めスーさん以外始めての経験だったからね、事務関係の思考がスッポリ考えるのを忘れていたから、共同宣言の公文書保管ついでに文書管理をしていこうという話しになったのだ。

「勇者、お待たせ」

「いや大丈夫だよ」

「引き継ぎの……メモ?」

「そう、感知できている範囲でやんちゃしていた人達の拠点や落ち着ける場所を列挙しただけだけどね。それに一時的な落ち着く場所の可能性は無くはないから、そのへんの追記が必要だけどね。それで、どこでお昼にしようか」

 イネちゃんがメモを手帳に挟んだ直後。

「イネー」

 イネちゃんの名前を呼びながらヨシュアさん達が結構ボロボロな格好で駆け寄ってきた。

「闘技場に向かう前に1つ聞きたいんだけど、いいかな?」

「ムーンラビットさん案件」

「いやまだ何も……」

「闘技場に向かうならそれしか案件がないし……」

 イネちゃんだって、ムーンラビットさんの意図を理解するの無理だし……。

「うーん……そっか、イネ、ありがとう。とりあえず行ってくるよ」

「はーい、行ってらっしゃい」

 その会話だけでヨシュアさん達は出来立てほやほやと言っていい闘技場へと向かって走っていった。

「……なんだったんだろう」

「うーん、イネちゃんには予想するしかできないけれど……」

 ロロさんの言葉にイネちゃんはそう呟いたところで、お腹の虫が大合唱を始めた。

 イネちゃんだけじゃなく、ロロさんのお腹も同時に鳴ったものだから会話が完全に止まり、お互いの顔を見合ってから笑いだし。

「とりあえず、ご飯食べよっか」

 ヨシュアさんのことも、まぁそこまで酷いことにはならないだろう。

 この時のイネちゃんはそう軽く考えながらロロさんと楽しいランチタイムを過ごしたのだけれど、これがしばらくの間ヨシュアさんからアレコレ愚痴をこぼされることになろうとは思いもしなかったのだった……。


 なんて書いたけど、ただアルスター帝国と魔王軍の双方から上の下くらいの実力の人とヨシュアさんたち3人が戦っただけなんだよね、結構苦戦したとかなんとかずっと言われ続けてるけど、イネちゃんは完全に無関係なので愚痴を聞いてあげる程度しかできないのであった。

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