第296話 イネちゃんと会談と戦争

「まぁそんなもんよな、100年以上戦争してて突然トップだけのやり取りで解決できるならそもそも争いなんざ起きないんよ」

 イネちゃんとリリアが宿泊所に戻ると、ムーンラビットさんとアーティルさん、ハイロウさんが先日と同じポジションで午後のお茶会みたいな感じに重要なお話をしていた。

「あ、イネ嬢ちゃんにリリアお帰りよ。息抜きできたみたいやね」

「トップ……まぁ私は正式に魔王様から信任されておりやんすから、確かにそれで良いのでありんすけれど……トップはあくまで魔王様でございますんで、そこはしっかり把握しておいて貰って構わないでありんすか?」

「あぁごめんな、大昔私も同じようなことやってたんでなぁ。その時トップみたいな扱いされてたんでついなんよー」

 そういえば大陸の人魔戦争のときにムーンラビットさんって魔王って呼ばれてた人の最側近だったんだっけか。

「なんで私は経験から言うと、トップ会談としちゃってええと思うんよ。魔王軍の他の四天王は武闘派でこの手の会議には向いてないって話しやし、なによりも相手方と旧知の仲っていうのは適材適所なんよ」

「一応水海のはどちらもできなくはないのですが……どうにも差別感情が強く持っておりやして向いていないのは確かでありんすね」

 あ、海の人は大海じゃないんだ……ちょっと混乱しちゃうじゃないか。

「ともかく現時点で交戦派をどうにかしなければならないのはどちらも同じといったところなのは確かですね。こればかりは戦争が長く続きすぎてしまったことから生まれている歪みですから、避けては通れませんね」

「放置すると戦後、テロリストになる可能性がかなり高くなってしやんせんから、適度に発散、消耗してもらわにゃあかんですかね」

 そう言ってアーティルさんとハイロウさんはムーンラビットさんの様子を伺う。

「ん、うちらは必要以上に干渉する気はないんよ。この辺に集まって来た連中はなんだかんだ自分たちでアレコレやっとるし、こっちは今のところ水と食料を中心に工面してやってるだけやしな、そういう最低限はこなすが、自ら渦中に飛び込むつもりは組織としてはないんよ。強いて言えば……ゴブリン関連に関してはうちらは積極的に関わらせてもらうんよ、あれに関しては大陸は結構な被害を被ってるかんな、根っこを断つ為の行動は積極的にやらせてもらうかんな」

 そういえばリリアの試験の件ですっかり忘れてた。

 ヌーリエ教会がムータリアスに乗り込む理由ってゴブリンの元凶駆除だったことを忘れるなんて、イネちゃんもだいぶ過去を受け入れられてるのかな。

「戦争が終われば、ゴブリンの生産は完全にやめることはお約束できますが……」

 まぁ当然、人的被害を出さないための生体兵器なのだからアルスター帝国、アーティルさんの最大の譲歩はそこになるよね。

 ゴブリンに頼るまでは人だけで戦線を維持していたわけなのだから、万が一が起きても対応はできるだろうから、皇帝権限で停止できるのは本当だろうけれど……。

「反対勢力が勝手にやった場合、責任を取るやつが行方不明になってしまうからな、できれば技術を完全放棄して貰いたいのがこちらとしては最低限なところなんよ」

「はい……その指摘はこちらとしても考えるべき部分ですから」

「べき、ではなくしなくてはならない、やね。まぁここでこれ以上いったところで案が出てくるわけでもないから引っ込めるが……で、アルスター帝国側の生体兵器という戦力が無くなった場合、魔王軍側はどうなると思うんよ」

「はぁ、水海のが交戦派に回る可能性はありんす。何しろあの生体兵器を嫌がって積極的な戦闘は避けているでありんすから」

 まぁ、さっきの説明を考えれば考えられない事態ではないよね、差別思想を持っている人が戦力的な問題や嫌悪感から消極的だったのに、その要因を取り除いたら当然ながら譲歩する理由がなくなるから。

「うちらも海上には弱いんよなぁ……対応は可能やけれど、海となると数で押し切られるイメージがあるしな。私の旦那の知人を頼れば安心できるようにはなるんやけれど……流石にあれに頼るのはリスクが高いかんなぁ」

「それは……どのような方なのでしょうか」

「タコを思い浮かべてくれれば、概ね合ってるんよ」

「タコ?」

「はて、タコとは一体どんなものなんでござんしょ」

「あぁ、ムータリアスにはタコがおらんかったんか。……まぁ後日タコを用意するんでリリアに振舞ってもらうとして、ともあれまずはガス抜き、差別主義者はまぁ、申し訳ないが離れた土地で暮らしてもらうというか、国境から遠い海にでも行って落ち着いてもらうように説得してもらうしかないわな」

 差別主義者は処断する!とかやってたら今度はそれが火種になるし、そもそもヌーリエ教会からしても避けたいものだからね、思想的には皆仲良く皆違って皆いいだし。

 それにしてもタコがないんだなぁ……大陸からしてみれば不思議って感覚になるんだろうけれど、そもそもアレを食べる文化自体が希少だからねぇ、地球の一部の地域を除いてないし。

 ちなみにイネちゃんはタコは焼いても煮ても食べちゃう人である。

「説得ですか……私では少々重荷ですが、最初から諦めては和平など夢のまた夢でありんすね、承知致しましたできる範囲で努力してみます」

「無理なら無理でここでその旨を言ってくれればええかんな、私の部下をちょっと貸し出すんで」

「よろしいのですか?」

「よろしいもよろしくもないんよ、こっちの戦乱が終わって安定してくれんとゴブリンの駆除ができんやろうに」

「貸しを作るつもりなのですか」

「まぁ……それを言ったらここの存在自体が世界的な貸しになるやろうしなぁ」

 どちらかが滅びるまで続くと思われた生存戦争が第三者の介入で流れが変わるのは当然のことではあるけれど、同盟とか休戦じゃなくって一気に和平の流れが作られるっていうのは珍しいパターンだろうからねぇ、お父さんたちに教えてもらった戦争とかのお話だと基本的にはレアケースどころか万に1つの可能性とかそんなレベルらしいし……。

 まぁここで終戦の流れで終わったとしても、さっきから問題としている交戦派とかいうか主戦派かな、その人達や、今まで相手方とかの略奪とかで大切なものを奪われている人は間違いなく平和に向けて切り替えるっていうのは難しいと思うからね。

 実際、ゴブリンが兵器だってわかったときからイネちゃんとしても思うところはあるわけで……まぁ、だいぶ安定しているとは思うけど、それでもたまーにリリア達に顔が怖いとか指摘されたりするから、認知できてる範囲以外の自分の部分で許せていない……いやまぁ許す必要もないんだけどさ。

「帝国側はお返しできないほどの借りがありますから……後が怖いですね」

「とりあえず今のとこ全員が本音で話しているのはわかってるし、これだけ貸しを作っておけば多少の無茶ぶりもできるやろ」

 ムーンラビットさんのこの満面の笑みである。

「本当に怖いでありんすね……」

「はっはっはーこんな優しいうさちゃんを捕まえて怖いとかないんよー」

 宿泊所にムーンラビットさんの笑い声が上がったとき、ヨシュアさんが慌てた様子で駆け込んできた。

「た、大変です!ムータリアス大陸北部で戦いが始まったという知らせが!」

「予定どおりですね」

「大炎のは抑えるのは無理と判断しましたので、先日アーティルに相談した結果アルスター帝国側の主戦派とぶつけるということでまとまりやんしたので、驚くことはありやせん」

 今日話し合った結果じゃないのか……。

 でもまぁ、ムーンラビットさんが特に何も言わなかったことを思えば既成事実化してて仕方ないと思っていたのか、やんちゃな連中はそういったヒャッハーする場所が必要だと最初から思っていたとかそういうことなのかな。

「そ、それがそれに合わせる形で市場で喧嘩が始まって……今はなんて言っていいのか」

「あー抗争?」

 イネちゃんが答えるとヨシュアさんはハッとした感じに。

「そう、それだ!ちょっと少人数だと抑えきれないから増援を頼みたくって……」

「それなら私も行きましょう」

「そうでありんすね、こういうのは当人達の言い分をその所属の上が聞いて回らないと今後の対応にも支障がでてしまいやんすし」

 本当言葉遣いが安定しないなこの人……。

「いやぁ、ここで止めたらそれはそれでガス抜きにはならんのじゃないかな。というわけでうちで処理するんよ。イネ嬢ちゃん、連中が暴れられるだけの大きさでリング作っちゃってもらっていいかね」

「……いっそ闘技場みたいにして競技化、興行化しちゃおうってことでいいの?」

「まぁ元締めをヌーリエ教会にしとけばそれでええしな、2人もそれでええよな」

「……少々考えたいこともありますので、保留ではダメでしょうか?」

「こちらは問題はありやしません。血の気の多い種族も多いでありんすし、なだめて大人しくさせるよりは興行として発散してもらえるのはありがたいでありんすし」

「それじゃあとりあえず作っておいて、今起きてる奴を諌める形でええな。興行化するに当たって人類側のアルスター帝国のほうで色々と取り決める必要があるみたいやしな」

「すみません……皇帝とはいえ何もかも独断で決めることができないように、私が即位したときに決めてしまいましたので」

「それをしちゃった手前自ら破るわけにはいかんわな、わかったんよ。何か問題起きそうならうちらに通商するときの前提条件として提示されたって言ってええんよ。流石にそろそろ大陸からの食料供給絶たれたら戦争すらできない環境になってるやろうしな」

 完全に裏で世界を操る者な発言である。

 いやまぁ、衣食住の部分を他に依存した場合のリスクではあるのだけれど、アルスター帝国はそれに反対する人がほぼいなかったくらいに追い詰められていたわけだしねぇ……まぁそれは魔王軍側も似たようなものだったみたいだけど。

 ムータリアス全体でそこまで疲弊していたってことだものね、そうなると生存本能的には和平派が正しいのだけれど……世の中って難しいね。

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