第295話 イネちゃんと闇市巡り
「こっちは生地通りだね、ムータリアス産は素人のイネちゃんがパッと見た感じでも大陸と比べたらどうしても質が落ちちゃう気がするよ」
ケープを食べ終えた辺りでイネちゃんたちはアルスター帝国側の通りに入り、職人街に差し掛かる辺りの素材問屋付近を歩いていた。
「うーん、それでも値札が結構凄いのは独特な触り心地で……これはこれでいい生地だと思うよ」
リリアはお料理以外にもお裁縫が趣味だったのをふと思い出してこっちを選んだけれど……うん、真剣な表情で品定めしてる辺り楽しんでいるっぽいね。
「お嬢さんお目が高いねぇ、それは帝室御用達の生地職人が試験的に作ったものさ。なんでも植物繊維と動物の毛をより合わせて作ったものなんだと」
「へぇ、どんな材料なんだろ」
「そこまでは教えてもらえなかったが、まぁ生地としてはかなりいいものだというのは保証するぜ」
店主がリリアに色々質問を受けて答えているけれど……なんというか金額が凄いんだよなぁ、正直値札についている額を眺めていると難民としてここに来た人たち向けではなく、完全にイネちゃんたちのような事業計画の中心にいる人間向けって感じがするね。
さて……それはさておきイネちゃんの勇者の力は今店主の説明にあったような素材の真贋は無理だからなぁ。
「それじゃあ買うのかい?」
「んー……高級な奴より一般の民生品のほうが興味あるかな、そっちのほうが大地と共にあるって感覚になるし」
「異世界の人ってのは変わってるんだねぇ……」
「着飾る……っていうのは権威とかそういうのを示すって理解できるんだけど、ヌーリエ教会はそのへんは真逆だから、高いのを買えなくてごめんなさい」
「いや、こっちの情報収集不足が原因だな……ところで、この価格の生地を買ってくれそうな人間を知らないかい?」
商魂逞しいなぁ……まぁ、戦争中に生地商売となるとこんなものなのかもね、武具や薬は飛ぶように売れてむしろ生産が追いつかないくらいだろうけれど、生地まではそこまではいかないだろうからなぁ、まったく売れないわけでもないだろうけれど、平時と比べたら圧倒的に売上は落ちるだろうからね。
「それじゃあこれとこれ……後この麻布ください」
「本当に安いのばかりだな……まぁ、まったく売れないよりは全然いいが」
店主がそう言ったところで、イネちゃんが割り込む。
「それじゃあちょっと……ひとつ聞かせて貰いたいんだけど」
そう言ってムータリアスで使われている最高額硬貨を2枚取り出して話しを持ちかける。
「いやぁ……俺の持ってる情報はそんな大したことなんてないぞ?で、何が聞きたいんだ」
まぁ商魂逞しいだけあってこういう手段、普通に通じてくれるよね、大変ありがたい。
「最近、この闇市で流れている噂なんだけど……地下組織の噂とかさ」
「俺も詳しいことは本当知らないし、お嬢さんの知ってる程度しか知らないかもしれないが、いいかい?」
「いいよいいよ、情報を集めるなんてそういうのの繰り返しだし」
イネちゃんはそう言ってから金貨を2枚店主に渡す。
「ありがとさん。いつもは情報屋の真似事なんてしないんだが誠意を見せてもらっちまったら教えざるを得ないな!……まぁ、ここで商売をするには所属してる国の許諾があればできるんだが……そこにみかじめ料を要求してくる奴がいるのは事実だよ。それに俺の聞いた範囲だと、なんでも人と魔物が一緒に行動してたなんて話しが一番それっぽいってくらいか。まぁ俺の知ってる範囲はこの程度で、真意は知らんがな」
ふむ、思った以上にいい話を聞けた。
「ありがと、これ追加」
そう言って金貨をもう1枚。
「この程度で金貨3枚とか……やっぱ異世界は金持ってるんだなぁ」
「持ってるというか……ムータリアスの食料事情が好調に向かってる理由が大陸、ヌーリエ教会とアルスター帝国が取引し始めたのがきっかけだからね、ちゃんとそこでこっちが稼いでるってだけだよ」
「なるほどな、納得したよ。異世界の連中が現れたって噂を聞いてすぐに食料事情が良くなったからな」
まぁその食料、相場よりもはるかにお安い金額で販売してるんだけどね、アルスター帝国の標準相場から見ればタダ同然もいいお値段で。
それでも卸す量が尋常じゃないから儲かってる……というかヌーリエ教会の一次産業に関してのそれは無条件でぶっ飛んでるので薄利多売どころのラインではないのだけれどね。
「そうかぁ……だから2人とも値札に驚かなかったんだな」
「……やっぱり、ぼったくり価格にしてた?」
「スマン、まぁそこは流石に見逃してくれよ?」
「生活かかってるだろうしね、いいよいいよ。まぁ他の客にやったときのトラブルに関しては規定どおりに対処するけどね」
「……覚えときやす」
なるほどなるほど、ともあれ噂の範疇以外にもみかじめ料を取ってる連中がいるっていうのは、イネちゃんたちにとって即応すべき情報だったね、金貨3枚の価値は十二分にある。
「イネ、金貨使っちゃってよかったの?」
会話が途切れたタイミングを待っていたのか、リリアがすかさず話しかけてきた。
「まぁそれは移動しながらでね、店主さんありがとうねー」
「また来てくれよ!」
「あ、イネ待ってよー!」
そしてさっきのお店から少し離れた辺りでイネちゃんはリリアの質問に答える。
「情報っていうのはそれだけ価値があるってことだよ。今回の場合あの人の商売には直接関係ないものだったし、場合によってはみかじめ料を取ってる人を排除してくれるんじゃないかって期待もあったからアレで済んだって感じ」
商売敵とかを相手にする場合、本当に有益な情報なら多分あの10倍は用意しないと無理だろうからね、割と覚悟完了してたからイネちゃんの中では得したという感覚なのである。
「でもムータリアスの金貨って結構な金額じゃなかった?」
「まぁね、こっちは金属の鉱脈があまりないみたい……というか魔王軍側の土地にいっぱいあるってことがね」
「あー……」
つまり、殆どの人間が忘れ去っている生存戦争の根本は、恐らくは資源戦争であった可能性があるということ。
そこに差別感情をどこかの誰かが持ち込んで、今みたいな生存戦争に発展していったって感じだろうね、そうなると本当にどちらかが滅びるまで戦争が続くなんてことが起きかねないし。
まぁ実際にはどっちもとてつもなく疲弊しきってしまえばいい加減終わりにしようという話が持ち上がるものだし、ムータリアスもその例に漏れず和平派が主流になりつつあるというのは先日の共同宣言が行われたことで指導者層も終わりを考えているのが分かるし、それを宣言した直後から中立のこの場所に人が押しかけてきたことを考えれば分かりやすいよね。
「でも尚更仲良くすればいいのに……」
「大陸の人達の精神性ならそれが成り立つんだけどねぇ……他の世界だと、そもそもの成り立ちが全然違うからね」
大陸の場合、ヌーリエ様の教えというか、実際に色々奇跡を起こされてるから与えられたもので技術とかを発展させたほうが効率もいいし合理的という思考になるけれど、神様と呼ばれる存在が実際に奇跡を起こしたりできない世界の場合そうはならないからね、その最低限与えられる素材も保証されないから、奪ったほうが効率がいいし合理的という思考になったりする。
地球でもそういう国は少なくないし、歴史的にそういう指導者がヒャッハーして戦争になってるからね、現代に関しても資源があるくせに拡大支配主義の国とかいるけれど……大陸が地球と繋がってからすぐ、大陸に攻め込んだ結果地球上の地図でかなり縮小してしまったんだけどさ、ムーンラビットさんがあれこれやった上に会合にササヤさんを連れて行ったとかもうガチすぎてイネちゃん怖い。
「むぅ……難しいんだなぁ」
「難しいよー、大陸がヌーリエ様のおかげでかなり単純にしてもらえてるってところだから、基本的に大陸以外は奪い合いの歴史をたどってきたと考えていいと思うし」
その大陸でさえ種族間のイデオロギーで戦争が起きたりするんだから、この手の問題でも原因が少ない大陸は大概楽園みたいなものだよね。
というか実際に他の世界から見れば楽園とか呼ばれてそう。
「あ、イネ。アクセサリー売ってるみたい」
リリアの思考が難しい内容から逃れるために目の前の露店に向けられてしまった。
ま、イネちゃんとしてもそのへんを考える立場ではないし、考えるのはムーンラビットさん達に全部ぶん投げちゃえという考えなのでいいんだけどさ。
「これとか可愛くない?」
そう言ってリリアが指差したのは太陽と星をモチーフにしたと思われるペンダントだった。
「可愛い……のかな?」
「もう、イネってこういうアクセサリーに無頓着だよね」
「いやぁ、まったく付けるつもりもないとかそういうのではないのだけれど……イネちゃんは動物さんがモチーフのとかのほうが好きかな、可愛くデフォルメされた感じのとかさ」
目の前にあるアクセサリーにはそういうのはないんだよなぁ、動物モチーフも無くはないんだけれど精巧に模倣された感じのドーベルマンっぽい犬のような動物とか、神話生物のような形のライオンとかばかりなんだよね、そういう意味ではリリアの選んだ奴はこの中では可愛いと言えるのかもしれない。
「でもまぁ、リリアが気に入ったのなら買ってあげようか?」
「え、いいよそんな……イネって結構お金使ってるみたいだしさ」
「まぁ……でも予定してた出費が無くなったから、そこから出す分には問題ないよ。アクセサリーでリリアが可愛いって言ったのは銀貨1枚みたいだからね」
実際のところいつも買ってる特殊弾と比べたら圧倒的に安い。
最近じゃ構造がわかってて勇者の力で作れちゃうのは買わなくなったし、お金が貯まりつつあるのは事実なのだから、ここはいい格好をしてみるのも悪くないよね。
イネちゃんはお財布から銀貨を1枚取り出して店主に渡してアクセサリーを買うと、リリアに手渡して。
「はい、これでさっきのケープのお返しができたね」
「もう、別にいいのに……でも、ありがと」
なんだかアクセサリー露店の店主から変な目を向けられた気がするけれど、イネちゃんたちは気にせずショッピングを楽しんだのだった。
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