第294話 イネちゃんとお買い物

「というわけで、イネはちょっとやりすぎだと思うよ」

「……そんなに凄かった?」

「うーん……ちょっと過激すぎだったと思うかな、ばあちゃんや母さんみたいに抑止力になろうとしているんだろうけれど、イネがそれを務める必要なんて無いんだからさ」

 むぅ……リリアに心配をかけちゃってるのかな、イネちゃんとしてはそこは不本意なんだけど、抑止力が全く無いよりはあったほうが闇市に集まってきているような荒くれ者を台頭させないようにできるからなぁ。

「ヨシュアさん達も、もうちょっとでいいからあと少し厳しくしてくれたらイネちゃんも楽ができるんだけど……」

「いや別に厳しくする必要なんて……」

「ありますよ」

 リリアの言葉を遮ってスーさんがイネちゃん側をフォローしてくれた。

「実際問題、イネ様の対応が厳しいか厳しくないかで言えば、間違いなく過剰気味ではありますが、それでもイネ様の仰るとおり厳しくする必要はあるのですよ。この開拓地、特に闇市周辺はムータリアスではなく大陸の法が適応されますからね、殴り合いをしたら相応の罰があると示す必要は十分ありますよ」

 中途半端なフォローだった。

 ともあれ今のスーさんの説明でリリアもある程度納得したのか、少し考える感じにうつむいている。

「とはいえお孫様には執行者は無理であるというのは、性格を周知している全員が認識しているところですので……イネ様にしても地球式をされてしまいますと、厳しくなりすぎるわけでしてね」

 むぅ……イネちゃんとしてはこれくらいしかやり方知らないのだけれど、これが厳しいとなるとどうしたものか……。

 イネちゃんとリリアがお互い考える格好で止まってしまったところでスーさんがため息をついてから。

「ともあれ、修練をしていたぬらぬらひょんの方々も実地研修の名目でこちらに配属となりましたので、見回りの人員に関してはある程度余裕が出ましたから……一度ゆっくりと市で買い物でもなさってはどうですか。イネ様もお孫様も、あまり現地民と交流なさっていないでしょう?」

「それは……まぁ。特に必要も感じていなかったし……」

「私は機会が……」

 前者はイネちゃんで後者がリリアである。

「でしょう?ですのでこの機会に一度ムータリアスの一般市民と交流なさってみてください。闇市とは言っても、普段イネ様が相手にしているようなゴロツキばかりではありませんし、むしろそちらのほうが少数派ですので」

「いやまぁそこは理解しているつもりだけれど……」

「でしたらまずイネ様の様々な伝説を正す意味でも買い物に出たほうがよろしいかと。その際にお孫様が間に入る事で色々と解決するでしょうし」

「伝説?」

「解決?」

 今度は前がリリアで後ろがイネちゃん。

「行けばわかります」

 そういうわけで、スーさんのいい笑顔に見送られながらイネちゃんとリリアは巡回ではなく、ウインドウショッピングをするために再び闇市の敷地へと立ち入ったのであった。



「なんというか……イネ、避けられてるよね」

 闇市の中心部、一番人だかりの多い大通りなんだけれど、さっきからまるでその人だかりに止められる様子もなく行きたい方向へとスムーズに進んでいる状況でリリアがそう呟いた。

「まぁ……ショピングする分には楽でいいとは思うんだけれど……」

 子供にまで避けられているのは流石にイネちゃん、ショックなんですけど。

「と、とにかく1度どこかで何か買ってみよ?食べ歩きができるものとかあればいいんだけど……」

「あぁそれなら確かあの角のお店がケバブっぽいお料理を作ってたような」

 そう言ってイネちゃんが人差し指を向けた時、そこの店主さんと目があって……。

「ひぃ!なにも悪いことなんてしてませんよ!」

 店主さんはイネちゃんと目があっただけで悲鳴をあげてしまった。

「……いや、ただ美味しいって評判だよって言おうとしただけなんだけれども」

 流石にイネちゃんだって泣くぞ!

「ひぃ食べないでくださいぃ!」

「イネ……」

「いやイネちゃん人を食べたことなんてないからね!?」

 むしろなんでそんな反応をされるのかが解せない。

「まぁ……私が注文してくるよ」

 そう言ってリリアがお店に小走りで駆け寄って。

「それで、ここはどんなお料理を売ってるんです?」

「え、あんたは……?首領ドンと一緒に居たのはなんで……?」

 ちょっと待って、今お店の人イネちゃんのことを首領ドンって言った?

「ヌーリエ教会のリリアって言います。彼女はイネ。大陸の勇者なので何も悪いことしていないのでしたら怖いことなんて何もないですよ」

 ぽわーというか、キラキラーというか。

 とにかくリリアからそんな感じのオーラが出ているようにイネちゃんから見えた後、お店の人は。

「え、異世界の人だったの?なぁんだ……あまりに俺たちの常識から外れすぎてて地下組織を束ねている人なのかと思ってたんだけど違ったのか……」

「ちょっとその地下組織について詳しく」

 ずいっとイネちゃんがリリアの後ろから体を乗り出すようにしてお店の人に質問を飛ばすと。

「ひぃ!」

 叫ばれた。

「ダメだよイネ……」

「あ、い、いや……異世界の人だって聞いていたのに驚いてすま……ごめんなさい」

 これは流石に理不尽だとイネちゃん思うんだ。

 ともあれここで泣いたところで仕方ないので続きを……。

「まぁ……地下組織について、何か知ってることがあったら教えてくれないかな、なんだかんだ治安維持に必要な情報だし」

 流石に犯罪シンジケートが潜伏してるとかなら大陸側として見過ごせない情報なわけだからね、情報を得ておくことは今後のためにもなるし、なにより中立のこの場所を安定させるために必要でもあるから、聞いておきたい。

「あぁいや……俺も正しい情報かどうかは知らないんだ。ただ噂としてそんなのが流れてるってだけで」

「なんだ噂かぁ……あ、ところでこのお料理ってなんて名前なの?」

「あぁこれはケープっていう料理だよ。鹿肉を芋粉で焼いた生地で包んで食べるんだよ」

「へぇ……お芋の粉なんだ」

 リリアの興味はもうお料理に向いているみたいだけれど……イネちゃんも何度かそれっぽい内容の噂は耳にしたことはあったのだけれど、その時はまだ闇市もここまで規模が大きくなかったから警戒だけして放置していたのだけれど……。

 この手の噂って、それっぽいで火のないところにも立ったりするから判断に困るんだよなぁ……、陰謀論とかその手のと似たようなものだから。

 しかしまぁ、こうもはっきりと、それもまともに商売している人の口からそういう噂話が出てきたということは、実際にいる可能性が断然高まってしまったわけで……。

「ぬらぬらひょんの人達で大丈夫かな……?」

 少なくとも、シックでヌーリエ教会の軍人が行う訓練をこなしてきているはずだからそうそう負けることはないとは思うのだけれど、ムータリアスって人間サイドはゴブリンにマッドスライムがいて、魔王軍サイドは普通に種族ごと特化した能力を持っている連中がゴロゴロしているわけで……ティラーさんみたいに器用に立ち回ったり、実力も最初から確かな人なら多少の人数差では負けないくらいに、大陸とムータリアスの標準的な栄養摂取バランスの差があるから恐らく問題にはならない。

 問題になりそうなのは、たっぷりと栄養をとってぶっ飛んだ力を持っているような人……例えば先日のハイロウさんとかその筆頭だし。

『流石に闇市に潜伏するような連中が四天王並に強かったりしないでしょ』

 イーアに最もなツッコミを入れられてしまった。

『まぁ、四天王ラインじゃなくても指揮官クラスなら可能性あるかもしれないけれど、それを考えればこっちは全員、末端まで栄養満点だってことを考えればそこまで心配しなくてもいいでしょ?』

「それは……そうだけどね、戦闘経験って点でちょっと不安が残っちゃうから」

『杞憂に終わると思うけど……』

 なんだかんだで実戦の経験の差は大きいからなぁ、アーティルさんがまだ連れ帰ってない兵士の人達も普通に強いほうだし、最近だとロロさんの防御を集団で崩す手段を考えたりしてる程度には実力をつけてきてるし……。

「イネー、これ美味しいよー」

 イーアと色々話し合ってる間にリリアはケープを買って既に頬張っていた。

 まぁ、スーさんが大丈夫と判断しているわけだし、何か悪い方に転がった場合は夢魔の人達で対処できるだろうから確かにイネちゃんの心配しすぎなのかもしれない。

「うん、じゃあちょっと貰うよー」

 リリアにそう断ってからリリアの手にあるケープにかぶりつく。

 もちもちした生地に甘辛いソースで煮込まれていると思われるちょっと筋の残っているお肉の歯ごたえがして……うん、歯が丈夫じゃないとちょっと大変かもだけれど、これは普通に美味しい。

「イネ……これ私の……」

「あ、ごめん」

「まぁ、いいけどね。イネのために買ったのは別の味だし」

「最初から食べ合いする予定だったなぁ」

 この後イチャイチャリリアと食べ合いっこした。

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