第292話 イネちゃんと共同宣言

「はい、連れてきたんよー」

 会話が途切れたタイミングでムーンラビットさんたちが捕虜を5人ほど連れて戻ってきた。

「オークでありんすか……持って帰っても魔王様のことですから晩ご飯にしてしまいまうでありんす」

 ハイロウさんの一言でオークの人達はヒッと短い悲鳴を漏らして大きな身体を縮こませちゃったよ。

「冗談でありんすよ。一応四天王配下だったという点を考慮して、他の四天王の下に組み込むように魔王様からお達しされてますから」

「まぁ、どこに配属されるのかが幸せなんかは私にゃ知らんから、宮仕えを恨むなりして新しい職場に帰るんよー」

 これはどっちもどっちな感じだねぇ、いやまぁこっちに残る人達は毎日リリアの手料理を食べられるわけだし、望む環境で暮らせるわけだからね、うん。

「それでは……私たちはこの辺で失礼しましょうかね。あなた方異邦人の意図と立場を確認できましたし、なにより世界のバランスを崩す意図は無い上にバランスを崩しかねないガイアテラを駆除してくださったのですからこちらとしても大助かりでしたよ。魔王様も、あの考えなしに戦線を拡大していく馬鹿には頭を悩ませておりましたから」

 なんというか……命令とか聞くタイプには見えなかったけれど、下手に実力があるし処断するにしてもかなり難しいから放置してたって感じなのかな、正直その手の人って指揮官とかからしてみれば厄介なことこの上ないからねぇ。

 指揮命令を待たずに自分たちだけの判断で行動することって戦争だと味方を殺す流れを生み出すからなぁ、自分がなんでその配置になっているか程度は考えるのは結構重要なんだよね、特に指揮する立場なら余計に。

 あのガイアテラはそれができていなかったわけで……まぁ、ハイロウさんが散々文句を言っている気持ちは大変よく理解できてしまうイネちゃんである。

 その上でここまでわざわざ他の四天王が直接訪れたってことは、多分この周辺の汚染された地域は緩衝地帯というか……双方にとってメリットが殆ど無い場所であったから、ガイアテラを左遷……もとい配置していたんだろうところに、イネちゃんたち大陸の勢力が出てきちゃった上にそのガイアテラが倒されたと聞いて状況確認も兼ねた威力偵察だったんだろうけれど……。

「しかし……この地に中立を宣言する第3勢力がいて下さるのは大変ありがたいことでありんすねぇ、これで今後、この地を利用して和平交渉なども可能にはなるでありんすし」

「ま、終わらせることを考えてない戦争なんざ不毛でしかないかんな。そういう方面に利用するんなら、ウチラとしても協力はするんよ。暗殺とかはノーサンキューやけど」

「そこは……私たちも全ての配下を把握できるわけではごじゃいませんから」

「その時はその時で対応するからええんやけどな……さて、せっかくやしもうひと仕事、こなしていかないかね」

 突然のムーンラビットさんの発言にその場にいた全員が動きを止めた。

「はて……状況確認を済まし、捕虜になってたうちの連中を一部とはいえ返還してもらった以上他に仕事になりそうなこと、あったかんねぇ?」

「いやぁ今の今までなかったというかな、というわけでそこな女王さんや、入ってらっしゃい」

 ムーンラビットさんの優しい笑顔で放たれた言葉の直後、宿泊所の外から顔を覗かせるようにしてアーティルさんが様子を伺っているのが見えた。

「……なるほど、ここで戦争を終わらせ……るというのは冗談にしても、そのための道筋か足がかりはここで取り決めてしまえということでありんすか」

「ま、そゆこと。せっかく独自権限である程度のことが決められる人材が集まっているわけやし、さっさと決められることは念書なりして共同宣言としといたほうがええやろ。書類の管理はうちらでやってやるしな」

 2人の冗談を交わし合うような感じの雰囲気を見てからアーティルさんは恐る恐る入ってきて。

「ほ、本当にハイロウ……?」

「そう、あなたとは敵対中である大気の四天王ハイロウ。こうして顔を合わせるのはお久しぶりですね女王アーティル」

「え、えぇ……お互い立場を持つようになって以降は初めてですけど」

 ん、アーティルさんとハイロウさんはお互いを知っているのか。

「あの時のアーティルは可愛げがありましたのに……なんでそんな目にクマを作ったりしていらっしゃるんでありんす?」

「戦時中に最高責任者が満足して眠れると思っていらっしゃるのでしたら、そちらは大変楽なのでしょうね……」

「あら皮肉、本当に変わったのですねぇ」

「えー……10年ぶりのあれこれは後にしてもらってええかね、お互い結構時間ギリギリやろうに」

「おっと、そうですね……ところでこのような流れを想定していなかったのですが、ムーンラビット氏が仰った念書を書くために必要なものが揃っていない気がするのでありんすが」

「こういうこともあろうかと、ここにヌーリエ教会が公文書を残す時に使う万能用紙と専用インクがあったりするんよ」

 そう言ってムーンラビットさんは異空間から数枚の紙とインク、そして2本の万年筆を取り出してアーティルさんとハイロウさんに渡すとスタスタと机まで移動して座り。

「んじゃここでパッパと決めちゃおうか」

 そういうムーンラビットさんの言葉に2人はお互いの顔を見ながらゆっくりと首を縦に振ってムーンラビットさんの左右に座って紙を広げて万年筆にインクを浸透させた。

「それでは、ここで決めるのはただひとつ。この地は中立区としてお互い一切の戦闘行為を禁ずる。これでよろしいでしょうか」

「あら、話しを聞いていたのかしら。不干渉とするには将来的に面倒になるでしょうし、今はそれでいいんじゃないかしら。それに……」

 ハイロウさんがムーンラビットさんを見て。

「あーうん、そのへんの裁きはうちらに任せるってことな、わかったわかった。中立者がこの手のを更に詰めるまでの間対応するっていうのは角が立たないようにする繊細な状況ではなくはないしな、ええよ」

「感謝致します。それではその旨を記載し、お互いの署名に合わせ、最後に立会人の署名もお願いできないでしょうか」

「共同宣言用公文書なんやからそのへんは当然やな、ちゃんと書いたのを確認して内容を照らし合わせた後に署名させてもらうんよ。その後……イネ嬢ちゃん、アレの準備よろしくな」

「え、公文書でアレ、使っていいの?」

 脊髄反射的にこんな返しをしたけれど、話しの流れ的にコピー機だよね、絶対。

「原版をお互い保管するリスクに比べりゃええねん。署名した事実が証明できんとそれこそこの時間が無駄になるかんな」

 まぁ、物的証拠は必要なのか。

 ただなんというか、それだと原版を魔王って呼ばれている人が確認しに来たり、アルスター帝国側だって戦闘継続派閥の人が確認しに来たりして大変なことになる予感がするんだけど……流石にそのへんもムーンラビットさんなら考えてくれてるよね。

 というわけでイネちゃんは渋々ながらコピー機を準備しつつ、発電機の電力をこっちに回せるように近い場所にコンセントを生成して諸々セットしていく。

 ちなみにインクに関しては前のことがあったから事前に取り寄せておいて、そのインクカートリッジに合わせたものを生成するようにしたので大丈夫である。

「……はい、お互い文の表現とかが違うだけで共通語で書かれていて結構。内容も一致してるし変な魔力も感じられないから問題ないっと。んじゃイネ嬢ちゃんよろしくなー」

「2部づつでいいんだよね?」

「できれば3部な、うちらでもコピーを使う必要があるから」

 確認をとりつつイネちゃんはコピー機を操作して2枚の公文書を3部づつコピーしてからコピーを3人に、原版はムーンラビットさんに渡した。

「なっ!この短時間にこれだけ完璧なコピーを!?」

「異世界とは、更に何かありそうで面白そうでありんすねぇ」

「ちなみに技術的には大陸とはまた別やけどな。正直、そっちのほうは魔法が存在しない分技術面が楽しいことになってるんで、色を出さんほうがええよ。うちらでもちょい苦戦したりするかんな」

 そもそも双方とまともに激突したことってないんだよなぁ、一応アルスター帝国側とは1戦交えたと言えるけれど、あれはあれで特殊な状況だったわけだし。

 それにしても苦戦ってムーンラビットさんは言ってるけれど、一部のチート以外が対応しようとすると負け戦になりうる可能性が極めて高いんだよなぁ、実際ココロさんとヒヒノさんが対応開始するまでの間、進攻した国は結構ヒャッハーしていくつかの貴族領が滅んだらしいし……まぁ侵略軍は軒並みヒヒノさんに消し炭すら残らず消されて、その後大陸と地球の国際的な場で責任追及受けた国の軍部責任者とかまとめてシック側に責任を取るために投獄されたらしいけれど……被害規模的にうん、考えないほうが多分いいよね。

「それでは……双方の報道も役人もいない状態ではありますが、これでこの地は中立の地として、今後双方が交流可能な場所として認めることを、アルスター帝国女王アルスター・アーティルと」

「アビス地域連合の治世担当アンジェ・ハイロウ」

「立ち会い人として別世界の司祭ムーンラビットがみ届け人として、この共同宣言は正式なものとして認めるんよ」

 そう宣言したところでイネちゃんのスマホでパシャリと撮影したところで、ムータリアスの人達に早速攻撃されかかってしまったのは、また別のお話。

 完全施行が相互周知させるために最低限の期間である3ヶ月後だからって流石に危なかったよ、スマホが。

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