第291話 イネちゃんと大気の四天王

 資材を運ぶために開拓地と水源近くを何往復かしてから、開拓地に戻った時になにか騒がしくなっていた。

「あ、イネ、やっと帰ってきたのか!」

「何?なんかあったのヨシュアさんや」

「いやそんなふざけた感じの相槌している状態じゃないんだよ、突然魔王軍の四天王の1人が宿泊所のテーブルでお茶を飲んでて……」

「……ヨシュアさんちょっと疲れてる?大丈夫?」

「いや本当なんだって!今ムーンラビットさんが一緒にお茶を飲みながら対応しているけれど、大地の四天王を倒した人間を連れてこいしか言わないらしくて……」

 それでヨシュアさんは慌てる感じでイネちゃんを待っていたわけだね、ココロさんとヒヒノさんは情報集めとかを兼ねた遠征をしているから頼れないし。

「厳密にはイネちゃん、倒してないんだけどなぁ」

 どちらも倒せない倒されない不毛状態になっただけで。

「それでもだよ、ほら、早く!」

「ムーンラビットさんなら大丈夫だと思うんだけどなぁ……あ、リリアは畑のほうに行っておいてね、何かあった場合ちょっと大変だし」

「う、うん……ばあちゃんも一緒だし大丈夫だと思うけれど……無茶は絶対にしないようにね」

 リリアはそう言って畑の様子を見に行った。

 うん、これで唐突に戦闘開始しても非戦闘員は退避してる状態になる。

「それでヨシュアさん、その四天王ってどういう人なの?」

「それが……見てもらったほうが早いんだけれども、とりあえず大気とは名乗ってたかな」

 大地の次は大気かぁ、大海とか大炎とかが他にいたりするのかな。

 しかしまぁ……イネちゃんと一番相性が悪そうな相手だなぁ、攻撃効かないとかだとイネちゃんやり合いたくないよ?

 そんなことを思いつつヨシュアさんの後ろについていくと、さっき説明された通りにムーンラビットさんの前に端麗な顔立ちの、白い翼を背中から伸ばした女性がそこに座っていた。

「ふむ……彼の人の子がガイアテラを滅した子かぇ?」

「いやこの子は戦いを不毛な状態にした子よ。むしろ説明を聞いている限りガイアテラって奴の上位互換と思ってええんよ」

 なんというか落ち着いてらっしゃる。

 ヨシュアさんがすごく慌ててたから殺伐としているものと勝手に思ってたけれど……そんなことはなかったのかな。

「さて……それでは滅した人の子は今何処いずこに?」

「情報を集めに外を回ってるってさっきから説明してるやろ、とりあえず戦闘に参加してたイネ嬢ちゃんは連れてきたんで、話したいことがあればどうぞ」

 いや状況把握する前に話が進んでいるんですが……。

「人の子よ、お主の名前を教えてもらってもかまわんかぇ?」

「……ムーンラビットさんが呼んでたと思うのですが」

「あ、イネ嬢ちゃん。名前言ったら呪われるとかそういうのは無いから安心してええんよ。ちゃんとそのへん私が把握済みやから」

「未知への警戒……生命を持ちし者ならば当然持ち合わせておるもの、失礼と思う必要はないぞぇ」

 なんというか……調子狂うなぁ。

「それじゃあ……イネ、一ノ瀬イネです。生まれは大陸、育ちの半分はもっと他の世界です」

 ここで地球の名前を出すのも違う気がするし、この説明の仕方なら特に問題にはならないよね。

「ふむ……イネとは、植物のアレかぇ?」

「あぁいえ、名前の由来とかは特に知らないんですけど……今のお父さん達に助けてもらった時にふっと自分の頭にそう浮かんだ感じで……名付けはそのお父さんたちですけど」

 正直、このイネちゃんの名前ってこうどうやってついたのかっていうのが曖昧なんだよね、イネちゃんはあの時ほとんどなにも考えることができない状態だったし、お父さんたちは一度帰らないといけないっていうんで間が空いてるしで、どっちが先なのかイネちゃんは思い出せない。

 まぁ多分お父さんたちがつけてくれたんだろうと思うし、イネちゃんとしてもどっちでもいいのでそう説明しているわけだけどね。

「ギルドの方に記録が残ってたんでな、調べて見た感じ丁度刈り入れの時期やから可能性はなくはないな……それで聞きたいことってそれだけなんか?」

「そうさねぇ、あの何も考えることの無い非生物を駆除してくれた礼をしに来ただけですが……個人的に興味が出てきやんした」

 そう言って大気の四天王さんはイネちゃんの顎を持ち上げるような感じ……これが世に言うところの顎クイって奴で、イネちゃんの顔をまじまじと見てから。

「本当、すごい力を感じるねぇ……少なくともあの馬鹿とは違って知識も知恵もある瞳……」

「えっと……」

「おぉこれは失礼した。私は魔王軍四天王が1人、大気のハイロウ。以後、お見知りおきを」

 なんというか……すごく丁寧に自己紹介をされたので、イネちゃんも釣られる形で会釈を返してハイロウさんはテーブルに戻って座った。

「とりあえず、今のところ私と私の配下はこの地……異世界の勢力と事を荒立てるつもりは全く無いということを宣言しに来たわけですが。完全に中立な第三勢力としてこの地に根付くおつもりなのか、それを聞きに来たというのが本当のところなんでありんす」

「まぁ、気になるわな、ちゃんと考えてるのなら。まぁ一応こっちに来た理由はうちらの世界にゴブリンを不法投棄してくれた責任追及と、原因の根本からの駆除を目的で来たんで、しばらく使える拠点としてはここを使わせてもらうつもりよ。そして中立なのはそのとおり、うちらは降りかかる火の粉には全力で反撃するが、積極的に戦争に関わるつもりは一切無いんよ」

「なるほど、それであの馬鹿の配下をあれほど丁重に扱ってくれているわけねぇ。まぁ捕虜扱いで情報引き出すのが本当のところでしょうけれど、これは情報を持っていないのならやりたくなるのは当然、そこを責めるのはお門違いでしょう?」

 うーん、これイネちゃんが矢面だと今頃絶対お腹が痛くなって吐きそうになってるだろうなぁ……。

「それで、なにか証明する物的なものが欲しいってことかい?」

 ムーンラビットさんが表情を変えずにそう言うと、ハイロウさんの表情が笑顔のままなんだけれど目が笑ってない怖い。

「お話がお早いこと。それがあなたの力で?」

「夢魔なんでねぇ、極上の快楽が欲しいのならやってあげるんよ?ま、それは横に置いておくとして、捕虜全員持って帰ってくれてええんよ」

「流石に全員は厳しいところ……5人程度にしておくんなまし」

 5人でも半分なんだよなぁ。

 というかこのやり取り、絶対裏ですごい言葉じゃないところで激しい攻防が起きてそうだよね。

「それじゃあ5人、こっちで見繕うか、そっちで見繕うか……」

「そちらの都合に合わせてもらってよいでありんすよ、それにイネお嬢さんにもう一つ聞きたいことがあったのを思い出しんしてな」

「……そっか、それなら問題ないんよ。じゃあ私1人じゃめんどいんで、ヨシュア坊ちゃんちょっと手伝ってなー」

「え、あ、はい。……イネ、大丈夫?」

「んー、大丈夫だと思うけど」

 戦闘になる様子はないし、なによりムーンラビットさんの態度を考えるとその心配はするだけ無駄っぽいからね。

 なによりもハイロウさんの言葉から少し間を開けてから問題ないって言ったから、絶対思考読んだよね、ムーンラビットさん。

 そしてムーンラビットさんとヨシュアさん、それにヨシュアさんの後ろでずっとすごく緊張している感じにしていたミミルさんとウルシィさんも一緒についていったのを確認してからハイロウさんは口を開いた。

「それじゃあイネお嬢さん、ひとつ聞くでありんすが……殺される覚悟はちゃんと持っているんで?」

「……突然なんですか?」

「武器を持って相手を終わらせるというのなら、自らも終わる覚悟は出来ているんじゃないかと思いましてな」

「まぁ、ありますけど。自分が武器を向ける状況なんて、基本的には自分か、自分の大切な何かが害されようとしているときですし、相手の攻撃を受ける可能性は普通にありますからね。流石に死にたくはないのであがきますけど」

 急に何を聞かれるかと思ったら、武器を持つ前にお父さんたちに念押しされたことだった。

 銃口を向ける相手にも家族はいるし、人生がある。そんな感じに言われたっけか、だからできるだけゴブリンとか、食べる前提で野生動物を狩ったりするときメインだったけれど、そういえば今まで結構人に向けて撃った気がするけど……ジャクリーンさんって今どうしてるのかな。

「そうでありんすか。じゃあ……必要な状況であるのなら、理由なく相手を終わらせることはできるでありんす?」

 またなんとも言えない感じの質問が飛んできた。

 理由もなく相手をか……そしてそれが必要な状況って……。

「もしかしてそれって、降りかかる火の粉を払ったときにガイアテラ以外の魔王軍の人を攻撃したとかそんなところです?」

「さて……それは限定してはおりませんが、避けることもできる状況でも最短で目的を達成しようとすれば倒す必要が出てきてしまう……そういうこともときにはありんしょ?」

 ところでハイロウさん口調が安定しないな……色々うつろってるのかな。

「まぁ、そうしなきゃ大切な人が死んじゃうとかいう状況なら、躊躇うことはしませんけど。ちゃんと哀悼は捧げますよ。それとひとつこちらからもいいでしょうか」

「どうぞ?」

「この質問って、イネちゃんのような一兵卒タイプにしたところであまり意味がないんじゃ。戦争とかの場合は基本的に指揮官がその責任を背負うわけですし、傭兵や冒険者として活動する場合にしても依頼人と責任は折半ですから。そもそも喜怒哀楽を持つ生物を自分たちの命をつなぐ以外の目的で殺害する場合っていうのは、戦争とかじゃないとそう起きないものですし、やっぱりあれこれ考えるのは意味がないんじゃないですか?一兵卒が背負う責任は、自分が殺した相手を覚えておいて、ちゃんと弔ってあげたりすることなんじゃないですかね」

 うーん、つい勢いで一気に言葉にしちゃったけれど、ちゃんと伝わったかな。

 ともあれ最終的には命を奪うっていうのは捕食みたいな感じじゃないと基本的にエゴだからなぁ、どういう考えを持っているのか聞きたかっただけだと思うのだけれど……。

「そう、少なくともイネお嬢さんは好感の持てる子であることはわかったわ。命は移ろいゆくものだもの、誰かにとって大切な人であっても、種族次第では100年もすれば誰も覚えていないなんてことは、普通ですものね。それでもあなたは生きていた証明として墓を作るというのだから、私は好感を持つことができるわ」

 そう言って笑うハイロウさんの笑顔は、やっぱり何か別の意味が込められているように感じるのだった。

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