第264話 イネちゃんと相互通行

「お孫様、現地の方々に農業指導も良いですがそろそろ転送陣の整備をしてはいかがでしょうか」

 ムータリアスに来てから半月程経った辺りで、スーさんが朝食を食べているときにそんなことを言い出した。

「え、転送陣ってシックに行くためのものなんじゃなかったの?」

 イネちゃんは驚きながら質問しつつ、朝ごはんの白米を口に運ぶ。

 うん、今日の白米も見事な炊き具合で美味しい。

「いえ、転送陣は元々登録地点同士を結ぶだけのものです。教会で利用しているものは管理の都合上1度シックを経由しているだけですよ勇者様。あぁ米粒がほっぺについておりますよ」

「あ、ありがと」

 白米とキャベツの浅漬けだけなのに飽きないのはすごいよなぁ、毎日書き込むように食べちゃう。

「でも転送陣はちゃんと町、最低でも村になってから設置するようにって……それが試験の最後ってばあちゃ……ムーンラビット様から言われてたんですけど」

 リリアも突然のことで困惑しちゃってるよ……あ、でもキュミラさんのお願いしたおかわりはちゃんとお茶碗についでる。

「はい、こちらの状況がこれだけ改善し、食生活を安定させたことで最低限を達成したものとみなして良いかと」

「まぁ、元が不毛の土地だったわけだしな……しかし本当この白米うまいな」

 ティラーさんも言うとおり、完全に不毛な土地……というには無理やり自然魔法やヌーカベ、それにイネちゃんの勇者の力で改善できた気がするけど、普通に考えれば水もないしで大陸以外なら間違いなく絶望できる不毛具合か。

 大陸の農業事情が本当おかしいレベルってだけだよね、うん。

「ティラー様の仰るようにこのような地で安定した環境を構築できたというだけでも、普通の神官や神官長と比べれば優れています」

「でも父さんと比べたら……」

「いやタタラ様とお比べになってはいけません。あのお方はヌーリエ教会始まって以来の神人かみびとですので……」

 神人ってなんだよ。とイネちゃんは思ったけれど、ヌーリエ教会では有名らしく皆から特に質問が……。

「神人……?聖人とは違うのですか?」

 大陸の人でもないカカラちゃんが質問してくれた、ナイス。

「呼ばれ方としてはあまり変わりはないと思いますよ。ですが大陸ではその方の自由意思を尊重しますが」

 スーさんが少しトゲのある言い方をするけど……でもまぁそうだよねぇ、勇者だろうが自由意思で拘束……はちょっとされるけど、基本的には自由行動でOKみたいになってるしなぁ。

 タタラさんだって司祭長になれる可能性だってあったのに、一介の神官長として開拓町で暮らしているからスーさんの言っていることは事実なんだよね。

「まぁそれはそれとして転送陣を作るっていうのはいいけれど、あれって異世界にまで移動できるの?」

「できませんよ」

 イネちゃんの質問にノータイム返答をしたスーさん……絶対これ質問が飛んでくるって前提で会話してたな。

「その代わりムーンラビット様をはじめとする司祭の方々がビーコンとして認識できるようになります。ヌーリエ様は全ての世界におられるというのが通説なので……」

『私にだって知らない世界はありますけどね、全部を全部把握しきれませんし』

 ヌーリエ様がスーさんの説明していた通説を否定してしまった。

「……ともかくムーンラビット様は把握できますので、大丈夫ですよ」

 スーさんも今のヌーリエ様の声が聞こえたのかな、複雑な顔してから続けたし。

「そっか……うん、じゃあ今日は教室をお休みにして転送陣を作ろう」

 リリアはそう言ってるけど、既に早朝の部はやっちゃってるんだよねぇ。

 まぁ……大陸出身者ならもう大丈夫ってくらいには内容が進んでるからお休みにしなくても大丈夫なんだけど……手が空いているのがキュミラさんとヨシュアさんっていう不安要素しかないんだよね、ヨシュアさんに至っては大陸出身者じゃないし。

 うん、お休みにして問題ないな!

「そういえば……転送陣って、どうやって作る……の?」

 ロロさんが口の中に入れたお米を飲み込んでから聞いた。

 そういえばイネちゃんも見たことなかったな、ヴェルニアで作ってたらしいけどそのときのイネちゃん寝てた記憶だし。

 そう言って皆がリリアとスーさんを見ると……。

「そうですね、特に勇者様には知っていてもらってもよろしいと思いますし、構築の様子を見学してもらうのも良いかと」

「うぅ……私あれ苦手だから恥ずかしいんだけど」

「普段もっと恥ずかしいとされる格好を好んでおられるのにですか?夢魔としては推奨されてますが」

「うー……あれは別に恥ずかしくないし……」

 スーさん辛辣だなぁ、リリアもヌーディスト精神のほうが勝ってるようで平常運転で平和だなぁ。

「そのような神事のようなものをおいそれと見学させても良いのですか?」

 これはカカラちゃん。

「カカラ様、シックご滞在の際に色々とヌーリエ教会のことを学ばれたと思いますが、ヌーリエ様はそのような些事、気にしませんよ。それに転送陣は別に神事というわけではありませんから、元々大丈夫です」

「あ、そうだったのですね……ごめんなさい」

「謝られる必要はございません、カカラ様が学んでいたのはヌーリエ教会や大陸の成り立ちが中心で、あまりそう言った施設などは学ぶ時間もなかったのは知っていますのでご安心ください」

 何を安心するのだろうとイネちゃんは思ってしまうけれど、カカラちゃんはそれで納得したようで「ありがとうございます」と笑みを浮かべて返してる。

「それじゃあ、皆食べ終わったみたいだし早速はじめようか」

 おかわりしてたキュミラさんが驚いた表情していたけれど、そもそもキュミラさんはあまり見学とかしないんじゃないかと思ってたんだけど……まぁ漬物咥えてうまいとか叫んでるし別にいいか。

 お茶碗とお箸を集めておいて……。

「あぁ片付けは俺がやっておくよ、見に行く人は見に行けばいいさ」

「ティラーさんごめんね、イネちゃんが当番なのに」

「ご指名受けてるからな、仕方ないだろう」

 指名というか……知っておいたほうがいいってことは多分イネちゃんの勇者の力で作れたりするからってことなんだろうけど……確かに理解できてたらすごく便利になるから、ここはティラーさんに甘えよう。

「うん、じゃあティラーさんお願いするね、ありがと」

 お礼を言ってお茶碗を渡してからイネちゃんもリリアについていくことになったのだけれど……。

 到着した場所は皆が寝泊りしている宿泊施設。

「申し訳ありませんが勇者様、ここからあちらのほうに向かって地下を作っていただいてよろしいでしょうか」

「あーそういえば基本的には地下にあったっけ」

「はい、ヌーリエ教会の方式ではヌーリエ様から力を貸していただく形ですので」

 まぁ、大地の神様だしそっちのほうが色々いいのか。

 ヌーリエ教会方式ってわざわざスーさんが言ったってことは貴族さんたちは違う感じなんだろうけれど。

「まぁそういうことなら……あぁでもついでに色々地下室作っちゃおう、後々暗室とか必要になるかもだし」

 倉庫とかの意味であって、牢屋とかのことでは決してない。

 ……本当だよ?

 まぁ実際のところヌーリエ教会で利用すると考えたら、食料庫やお漬物とかを保管する場所、担当する人によっては酒造も含まれそうだからね、絶対に無駄にはならないので作っておく意味は多分にある。

「うん、できたよ。ついでに他にもいくつか部屋を作っておいたから、今後食料庫とかに使ったりしてね」

「あ、うんイネありがとう……それじゃあとりあえず良さそうなお部屋を見て早速作っちゃおうか」

 リリアにお礼を言われたけれどイネちゃんはちゃんと気づいたよ、スーさんが微妙な表情をしてたの。

 うーん、あらかじめ作るのはダメだったのかなぁ。

「勇者様、お部屋を作られるのは大変嬉しいのですが……できれば次からはお孫様から言い出してからでお願いいたします」

「……もしかしてそういう都市設計とか、人を配置するのとかも内容に入ってた?」

 小声の会話にスーさんは首を縦に振った。

「でもまぁ一番大きい水道に関しては……」

「あれはどの道必要になるのはわかりきっていましたし、お孫様も勇者様にお願いしましたので」

 厳格なのかゆるいのかよくわからない返答が来てしまった。

 いやまぁ割と個人裁量とかで回してて、足りない分は上がカバーするストロングスタイルしてたりするっぽいからなぁ、上がアグレッシブ過ぎるんだよなぁ。

 その上で今のリリアのように教育も……まぁイネちゃんがお父さんたちから受けたようなものではないにしろちゃんとやってるから、代替わりにも備えられるようにしているのがヌーリエ教会が大陸で続いている理由のひとつなんだろうけど、トップが頑張りすぎて出世欲を持つ人が……ってそういう人は貴族になったんだっけか、大陸の歴史ってそういうところ良く出来てるなぁ。

「それじゃあ適当な部屋を見繕って作っちゃうね」

 リリアはそう言ってイネちゃんが作ったいくつかの部屋を見て、結局下りてすぐの部屋で転送陣を作り始めた。

 ちまみに転送陣は地面に溝を掘って、その溝に麦を敷き詰めてから自然魔法をかけるものだった。

 結構簡単だなぁと思ったけれど、結構魔力の消耗が激しいみたいでリリアが肩で息してたんだよね、多分だけどリリアが苦手と言った理由は細かい魔力調整が必須だから、元々強い力を持っているリリアにしてみたら難しいんだろうことがイネちゃんから見て伝わってきた。

「……はい、これで転送陣は完成しました。後はあちらからのアクセスを待ちましょうか」

「疲れた……」

 そう言ってリリアが余った麦で急造した椅子……というか座れる場所に座ったところで。

「おー思ったより早かったんねぇ」

 聞き覚えのある声と共に、ムーンラビットさんが姿を現したのだった。

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