第265話 イネちゃんと動乱の予感

「おー、ココロとヒヒノから聞いていた状況からここまで変えたんか、うんうん、これなら最低限村と認められるんよ」

「ということはばあちゃん!」

「第1試験は合格な。じゃあ次は本当の村くらいにしてみよっか、今後はシックに物資を取りにいくのを許可するんよ。予想はしていたがやっぱ木材が足りないみたいやしね、そこはしょうがないんよ」

 大陸の通常運転なら石材とかなのかな。

「いやその土地に合っているのに、現地にない種子とかよ、イネ嬢ちゃん」

 うん、この思考を完全に読まれる流れも……久しぶりじゃないな、スーさんに結構読まれてたし。

「となるとまたしばらく今の面々で開拓するってことでいいのかな」

 リリアがムーンラビットさんに質問した。

 まぁ、気になるもんね、丁度人員不足が目立ち始めてきたところだし、現地員登用するにしても価値観が違いすぎてカカラちゃんくらいしか大陸式についてこれないのは結構大変。

「いや、これからは行き来可能になったんで、こっちから希望者募って参加してもらう予定よ。それでええんよな、修道会の責任者っぽいそこの人」

 ムーンラビットさんがそう言って見つめた先にはアルザさんが立っていた。

「いえ……本日の農業指導が急遽中止になったと聞いて出向かせてもらったので……どういうお話なのか」

「いやそういうのええから、スーの奴は控えめだったからそれで良かったかもしれんけど、私からすれば白々しいこと甚だしくってヘソでお茶沸かせちゃうんよ?少なくとも転送陣を作ってる辺りからずっと居たのに話の流れがわからないのは、流石に無理じゃないかねぇ。あぁそれとスーな、後で説教」

 ムーンラビットさんの発言にスーさんが恐怖を示したところでアルザさんは表情を変えて。

「なるほど、あなたが連絡にあった最も警戒すべきお方ですか。ムータリアスで相手の思考を読める者は魔王と呼ばれる人類種の天敵くらいですので」

「まぁ私は魔王呼ばれてもええけどな、それで可愛い孫たちが守れるならいくらでも呼ばれてやるんよ?それでそういう物言いをするあんたはなんでこんなところまで入ってきてるん」

 そういえばアルザさん、転送陣の部屋まで来てる。

 いくらなんでもこれはちょっと土足で入りすぎじゃないかって思えるし……。

「第三勢力になるだろう方々を警戒しない治安組織がいると?」

「……まぁそれでええやろ、大きく間違ってもいないみたいやし。でもそっか、こっちじゃもう人類の最大勢力は瓦解してる状態で、2番目やったあんたらが人類種の庇護者になってるのな、理解させてもらったわ」

「本当……思考を読まれるというのは話し合いがほぼ成立しませんね、それで、あなたは私をどうするつもりで?」

「どうもしないんよ、私らの目的は侵略じゃないしな。元々この世界に関してはあまり介入するつもりはないから、よほどそっちから懇願されでもしない限りは最低限の難民受け入れ可能な土地を作ってそこを守るだけなんよ」

「到底生存できるとは思えません」

「やろうな、ムータリアスと呼ばれる世界の常識と内政の定石からすればまず無理になる方法だが、大陸式なら可能よ」

「優れた農業による食料確保……しかしそれだけでは魔王軍と……」

 アルザさんが何か言いかけたところで、外から爆発の音が聞こえてきた。

「まぁ、あんたの言いたいことはわかるんよ、大陸にも似たような手合いはおるかんな。そして勇者がここにずっといるわけでもないというのも確かではあるんよ……というわけでイネ嬢ちゃんちょっと今回は出ないでもらってええかな」

 爆発音に反応して出撃準備を初めて居たイネちゃんに向かってムーンラビットさんが何か変なこと言い出した。

「この人はな、イネ嬢ちゃんがいればムータリアスで続いてる争いが終わると勘違いしてるっぽくてな、逆にイネ嬢ちゃんがいなかったら人類が滅びるとかまで考えてみたいで……」

「あー……ということは傭兵さんや冒険者さんだけでってこと?」

「ありていに言えばそんなところやね、まぁ今回はリリアが怪我人治療に当たることになるが……できればリリアがピンチになっても手を出さんで欲しいからこそ、言ってるんよ」

「え!?」

 まぁ、リリアが驚くのも無理がないよね、今までこの面々だとイネちゃんを戦力の中心として大部分の攻撃受け持って来てたから。

「大丈夫……ロロが、守るから」

「あ、うん……ロロさんが守ってくれるのは確かに安心できるけど……」

 リリアがチラチラとイネちゃんに視線を向けてる。

 その様子を見たムーンラビットさんが深いため息をひとつついて。

「まぁ、私としてはこういう孫の依存も少しは減らしたいわけなんよ、な?」

 あぁ保護者としてか……その気持ちはわからないでもない……かな?

 でもなんというか……。

「無論イネ嬢ちゃんのほうのリリアのことを守りたいって気持ちもわかるが、そこをこらえる練習とも思ってな。今回はシックから数名武装兵も連れてきてるんで、リリアの指揮能力のテストもしたいんよ」

「どっちが本音ですか」

「どっちもよー」

 やっぱつかみどころがないなぁ。

「はい、そういうわけだからイネ嬢ちゃん以外は外の確認から始める!転送陣から出てきてずっと黙ってたあんたらもよー」

 ムーンラビットさんの号令に合わせて皆が慌てて出て行ってしまった……いつもならイネちゃんが先頭を走っているからなんというかこう……違和感すごいな!

「んじゃ込み入ったお話にしようかね、ココロとヒヒノも出てきていいんよー」

 ムーンラビットさんがそう言ってから少し後、転送陣からココロさんとヒヒノさんが出てきて、外からは戦闘の音が聞こえてきた。

「まず、この2人から聞いた内容と、今あんたと対峙したのを合わせて私が出した答えやけどな。あんたは権力欲に取り付かれてるんよな」

「……そうだったとして、それが何か?」

「それ自体は悪くはないけどなぁ何せ大陸側が被害を被ってるかんな、その分はしっかり償ってもらわんとあかんよ」

「私たちが帰還してから聞かされた被害の総数に驚かされましたよ、帰還に尽力してくださったことに関しては感謝していますが……」

「流石に万単位はねぇ、政治取引とかそういうの?その領域はもう飛び越えちゃってると私は思うよ」

「……あなたたちは。そう、そうですか……ですが私とてこの世界のことを思っての行動であるのは」

「わかってるんよ、あんたの頭の中を今も覗いてる私も、この子らもな。それとこれは別ってお話よ。それとあんたを断罪しに来たわけでもないわけでな、そこは誤解せずもうちょっとお話を聞いててくれな」

 えー……イネちゃん話しに入るどころかよくわからないまま聞いてたんだけど、今のは断罪の流れでしたよね。

 まぁ、本当にわからないしこのまま聞いてよう、うん。

「ではあなたたちは一体何をしに来られたのですか」

 アルザさんの声が徐々に荒げる感じになってくるのもまぁ、図星の部分が少なくなかったんだろうけど……それでもトーンを抑えてる感じがする辺りはアルザさんもこういうのは慣れてるわけではないにしろ経験があるんだろうね。

「こちらから言えることを言いに来ただけ。こちらの法に則って罰則を受けるか、それともあんたがこちらに対して少しでも申し訳ないと思っているのならあんたの立場を使ってしっかりと償いをしていくか。どちらか選べってこと」

「随分とお優しいことで」

「まぁ実際のところ、ムータリアスの全体意思が生き残るのに必死だったのはある程度理解するんよ。それを差し引いてもちょいとあんたはやりすぎてるってだけでな……その上でこのお話を持ってきてるってことよ」

 うーん、イネちゃんは何がなんだかわからないぞ。

 こういうときに限ってヌーリエ様による親切丁寧な解説もないし……ねぇイーア、どうなってるんだと思う?

『いや聞かれても……ただまぁ、今目の前で起きてるのはまさに政治取引じゃないのかって私は思うけどね』

 あぁヒヒノさんがちょっと先走った感じか、ヒヒノさんならありえそうだし。

「それで、あなた方に何か得でもあるのですか」

「あんたが安定して賠償してくれるなら得よ?実際のところ生涯をかけてってレベルにはなるが、国家的に賠償できれば数回でええな。拒否した場合はそれまでの分を差っ引いてこちらの罰則を受けてもらうだけよ。個人で償ってもらったほうがうちらは確実に損するわけよ」

 でもうーん、ムーンラビットさんが単純に損得でこんなことするかなぁ。

「なるほど……それでは私は最低でも人類の支柱となるような立場になる努力をしなければいけないですね」

 アルザさんが乗り気になってるけど……なんか腑に落ちないんだよなぁ。

「んじゃまずは外に行ってこちらの戦いぶり、見てきな。こっちの世界全体の実力を見る分には特殊な連中が少ない戦いを見るほうがええやろ」

「そうですね、それではお言葉に甘えさせて頂きます」

 そう言ってアルザさんは転送陣を作った部屋から出ていったけど……。

「ごめんなイネ嬢ちゃん、あのアルザっていう修道長に対して色々言っておく必要があったもんでな。放置してたらリリアの人の良さとかに付け込んで利用しかねないと思ったからな、少々強引に脅しをかけさせてもらったわけよ」

「正直説明なしだとこう、なんとも言えない状態でしたよ?」

 まぁあのアルザさんなんだかこっちからのお話がすごくすんなり進んでたから違和感はあったし、イネちゃんもかなり警戒して悪感情見せておいたんだけど……。

「うん、イネ嬢ちゃんのそれは、あまり必要はなかったかな」

 ムーンラビットさんの無慈悲な言葉に、イネちゃんは脱力したのだけど……今後を考えると、かなり大変になりそうな予感しかしなかった。

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