第263話 イネちゃんと農業教室
水……というよりも川ごと引けたことで、拠点周辺の環境は一気に改善していた。
ヌーリエ教会の自然魔法もあって不毛の荒野という状態から1週間で木々が生い茂り、田畑が広がる簡単な村と言った感じにまで環境改善が進んでいた。
「畑は基本的に放置できますけど、毎日お天気に合わせて引く水量を調整する必要があります」
リリアが修道会の人たちに向けて農墾に必要な知識と情報を教えている。
どうにもムータリアスの人たちはあまり農業が盛んではないらしく、全くないわけではないみたいではあるが、その知識は農墾可能な地域限定の先祖代々続く知恵みたいなものという認識だったため、今リリアがそうじゃないよーと教室みたいな感じに教えているのだ。
正直農業もなしにどうやって生存戦争の戦線を維持できていたのかという疑問がイネちゃんの中で大きくなっていくけど、どうにもお肉中心の食文化で生きてきていたらしい。
なんというかそのお肉、イネちゃん食べたくないと思うのだけれど……ステフお姉ちゃんに見せられた映画みたいに人肉工場とかあったりしないよね?
「種や苗に関してはこちらから分けますので、自ら育ててみてください」
「は、はい……」
田植えとかを実践した後だからか、修道会の人たちは皆肩で息をしているね。
農作業をしたことのない人たちが現代機器どころか、牛さんの補助すらなしにやってたからなぁ、まず足腰に来てると思う。
「どうだイネちゃん、連中の様子は」
「なんというか……本当に土自体を触っていなかったっていう動きの人が大半。土いじりに慣れてるっぽい人もいたけれど水田自体は始めてな感じがして足腰がやられちゃってるみたいだね」
ティラーさんがあらかじめリリアが作っておいたおにぎりを持って来た。
今やっていた作業がこういう美味しいおにぎりとかの第一歩ということをわかってもらうためとリリアは言っていたけれど……。
「それじゃあそろそろお昼ご飯にしようか、皆田んぼから出て手を洗ってきてね」
そういうリリアはいつもの慣れた感じで軽い足取り、しかし……。
「だ、ダメ……ただでさえ疲れたのに足が取られて……」
「動くと大変なことになりそう……」
足腰がボロボロになった修道会の人たちはそれどころじゃない様子でせっかく田植えした場所に倒れてしまったり、立ちすくしてしまっている。
「リリアー救出しないとせっかく植えたのが無駄になっちゃうー」
「えぇ……仕方ないなぁ」
リリアからしてみれば信じられないだろうけれど、農作業を一切したことのない、しかも体力があまりない人たちにとってみれば地獄の労働レベルの消耗だろうからねぇ、しかも慣れない作業だし。
イネちゃんが勇者の力で救出してもいいかもしれないけれど、今やっているのは農作業の練習でもあるからそう簡単に助けてしまっては足がぬかるみから抜けなくなった状態からの脱出の練習にならないからと、リリアから止められてる。
別に言われなくても助けるつもりはなかったけれど、お願いしてくるリリアが可愛かったのでイネちゃんとしては得したからOK。
「ほら、足を前に出すんじゃなく真上に出すの」
「とりあえず息ができなくなりそうな人、優先しよ?」
「ほれ、手は貸すからできるだけ自力で動いてみろ」
大陸出身者はまぁ、遊び場だったりしたからね、むしろ歩けないと恥ずかしいので交代で補助をしているのである。
今はリリアとイネちゃん、そしてたまたま来てたティラーさんで補助をしているのだけれど、これまた全力でこっちを掴んできて大変なんだよねぇ。
イネちゃんは勇者の力で補助できるからって2・3人分をガッツリ担当させられてるのもあるからだけれど、それでもリリアだって2人分やってるんだよね、伊達にタタラさんの娘ではないと言ったところだろうか。
「まぁ、耕すところから始めて今日で3日目か。むしろよくやってるほうじゃねぇかね」
「確かに。ティラーさんの言うとおりこの人たちは農業に関して真摯に取り組んでくれてるよ」
ティラーさんとリリアがこの人たちを高く評価している。
その気持ちもわかるけれど……大陸式の農業だとムータリアスだとちょっと効率が悪く感じているイネちゃんがいたりする。
大陸なら自然魔法に、何よりヌーカベがいるからこその機械を用いない大規模農業が成立しているわけで、それを前提とした手法を用いたとしても大抵の世界には通用しない……というか真似ができない。
地球が大陸で化石燃料と鉱物資源以外にも農作物を求めた理由がそこでもあって、人口爆発している地球では計画的に、通常よりも少ない土地面積で、地球の数倍の収穫が可能な大陸の食べ物は大変魅力的だったのである。
まぁ何よりも計画的に生産を倍増可能なくせに地球の現存作物と比べても栄養価が負けていないどころか圧倒的の万能食レベルだったのが一番大きいのだけれど……おかげで地球側の一次産業従事者が大変なことになったらしいけれど、今はベターな着地点に落ち着いてるらしい。
大陸側がそもそも不幸になる人が居るのなら止めたいと言い出したかららしいけれど、イネちゃんそのへんの詳しいことは知らないんだよねぇ。
交渉はムーンラビットさんだったらしいから間違いなく政治家の頭の中を覗きながら交渉しただろうからなぁ、納得しやすい場所を提案していっただろうことは簡単に予想できちゃう。
とまぁ話題がそれたけれど、イネちゃんが聞いた限りでのムータリアスの農業事情を鑑みれば大陸方式よりも地球の技術を教えたほうが無難な気がするんだよね。
「それは違いますよ勇者様」
「うわぁ!?ってスーさん急に後ろに出てこないで……それで何が違うの?」
「今お孫様が教えておられるのは、全ての農業の基本です。ヌーリエ教会では自然魔法やヌーカベに頼れない場合の農業技術に関してもしっかりと周知しておりますので、勇者様が危惧されているような専門技術は含まれておりませんよ」
「いやまぁ、農業自体が専門技術ではあるのだけど……」
「それはそれです。ともあれ、農業、農墾という分野においては特別な内容は何一つありません。数多の世界において太古より行われている手法に過ぎません……最も、私もムーンラビット様から伺っただけなのですが」
スーさんはムーンラビットさんとは違うってこと……ってちょっと待って、あまたの世界においてってことは大陸は昔から他の世界と交流を持っていたとかそういう感じになる言葉選びなんだけど。
「私も詳しいことは知らないのですが、ムーンラビット様はその昔……それこそヌーリエ様が顕現なさっていた時代では近くの世界を行き来していたと聞いております。今お孫様が教えておられる農法も、その時代から伝えられているものですので、おそらくは勇者様のお考え通りに大陸以外の世界で生まれたものであるのかもしれません」
「……まぁとんでもない人だってのは理解していたけれど、改めてそういう武勇伝を聞くと思うところはあるよね、うん」
「あのお方は自由で、夢魔という存在を体現なさっておられるお方ですから……たまに私たち部下も大変な思いをすることがありますから」
スーさんはそう言って苦笑している。
部下に対しても自由なのかあの人は……。
「ただ、1つムーンラビット様に関して確実と言えることはあります」
そう言ったスーさんはまっすぐとイネちゃんの目を見て。
「ムーンラビット様は、ヌーリエ様の愛された大陸を守るということに全身全霊を尽くされているのは、確実です。普段の立ち振る舞いは夢魔そのものであるのに、大陸の重大事となるとまるで正反対ですからね」
「それは……出会って1年未満のイネちゃんにもわかる気がします」
うーん、話しが大きくそれてムーンラビットさんのことになってしまった。
でもこう、大陸の
もしかしたらヌーリエ様の次に、大陸にいろんなものをもたらしている人なのかもしれないね、トップのヌーリエ様が圧倒的すぎてちょっと気づきにくいだけで。
「ともあれこの基礎の部分ができていなければ、いくら優れた道具や魔法があったとしても純然とその効果を発揮できないので必須なのですよ」
「そうだね……基礎というのは大事だから。うん、イネちゃんも理解できたところで……ご飯にしようか!」
ティラーさんの持ってきていたおにぎり、リリアの作り置きだからね、すごく楽しみにしてたんだ。
「勇者様勇者様、あのお皿に視線を移してください」
「え、お皿っておにぎりが乗って……」
そこには、何も乗っていないお皿の姿が!
「あ、イネごめん……この人たち思った以上に食べちゃって……すぐに新しいの作ってくるからもう少し待っててね」
空のお皿を前に立ち尽くしていたイネちゃんに対してリリアは、そのお皿を持ち上げて急いで拠点の調理場まで走っていった。
まぁ……暖かいお料理食べれるんだからいいもんね、うん。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます