第253話 イネちゃんと開墾作業
ムータリアス到着当日が忙しかった分遅れた作業を、翌日の早朝から始めるため、今イネちゃんたちは作った城塞風の宿泊所の前に集まっているのであった。
「じゃあこの辺を畑に変えて、そっち側に植林するよ」
「はい、それではお孫様、どうぞ」
リリアが右手に持ってさっと稲穂を降るとヌーカベを走らせてできたうねから緑色の芽が顔を出してくる。
「んーいつ見ても凄いよねぇ、これ」
「生育魔法はヌーリエ様への感謝と恵みをお願いするものですから」
スーさんの解説を聞きながらリリアの生育魔法を見守る。
カカラさん曰く生育魔法は特殊性が高く、ムータリアスの人からすれば神様の所業そのものだとか、魔王軍からしてみれば生命の生まれる力で驚異になるだとかで狙われる対象になるらしい。
大陸からしてみれば迷惑なお話でしかないけれども、今目の前で次々と芽を出してはある程度育っていく作物を見ていれば、それがない世界からしてみれば喉から手が出るほど欲しくなる力だよね。
「とりあえず昨日のあの人らは来るようすはないッスよー」
そういう事情ならとキュミラさんに飛んでもらって警戒兼威嚇の両方をやってもらっているけれど、流石に昨日今日で即応できるような感じではなかったのか、完全にはぐれの遭遇戦って感じだったし。
「なるほど、錬金術師の報告は事実だったということですか……なら奪うより手を取り合ったほうが良かったでしょうに」
「そのへんの政治的な内容はイネちゃんたちは専門外。だよねスーさん」
「え、えぇまぁ……安全を確保してくださいとしか言われていませんので。そのような込み入ったお話でしたら後日改めてで構いませんでしょうか」
「あなたがこの集まりのリーダーなのかしら」
一応友軍として昨日水を貰いに行った場所に居た修道会の、イネちゃんたちを出迎えた人が立ち会っているものの、何かと話を進めようとしてくるので皆で示し合わせた結果相手の思考を読めるスーさんに対応を任せることにしたのだけれど……。
「えー……まぁ、対外的なお話はとりあえず私を通して頂ければ、はい」
夢魔であるスーさんが言葉を濁すあたり、ヨシュアさんには悪いけれど多少警戒しておいたほうがいいということがわかっただけでも今はいいかな、すぐにリリアがリーダーだって言わないあたり何かしら裏があるのは確実だからね。
「それにしてもこの不毛の地でこれほどまでに超常的な成長を施すなんて……」
「リリアを誘拐しようとしたらその時点でイネちゃんはあなたたちの敵になりますので」
「そんなことしません。ですが皆に周知させておきましょう、あなた方の世界を敵に回せばどうなるかは、既に元皇帝が周知させたわけなので簡単なことです」
「え、皇帝陛下が元とはどういうことですかシスターアルザ!」
あ、隠れてたカカラちゃんが出てきた。
「あなたは……シスターカカラ。無事だったのですね、よかった」
カカラちゃんがしまったって顔になってる……まったく、自分でまだ合うわけにはいかないとか言ってたのに。
「私のことは……この方に命を救っていただいたので。私のことよりも皇帝陛下が何故元なのですか」
「皇帝陛下は今回の異世界出兵の責任を取り退位なさいました。今は名を変えて修道会の、どこかの施設におられますが……あのお方は用心深いお方、私も行方は知らないのです」
「責任で退位ねぇ、まぁ誰かが取らないといけない事態ではあると思うけど、生存戦争中にトップを変えるのは自殺行為だとイネちゃん思うんだけど、そうじゃないの?」
特にまともに軍を指揮できる人がいなくなるとそれこそ滅びる可能性があるわけで、戦時特例くらいは起きそうなものだけどなぁ。
「仰るとおりで、即位なされた妹君も今までは内政に専念されていた方ですので魔王軍との前線維持に頭を悩ませておられるようです。先帝陛下が通信の奇跡を用いてアドバイスをしてはいるようですが、流石に現場にいなければできないことのほうが多いですからね」
なんともグダグダだなぁ、行き当たりばったりで進めているのをすごく感じる。
「ふぅ……とりあえずこのくらいでいい……よね?」
リリアが整備しておいた範囲に生育魔法をかけ終えたのか疑問形で聞いてくる。
「はい、少々消耗が激しい気がしますが問題無いと思います」
そう言って畑のほうは既に腰あたりまでに伸びた麦や、蔦が長くなっている芋とかも見えてしばらく食べる分は午後には収穫できそうに思えるし、水循環と資源確保用の森林も若木がそれなりに生い茂る……というにはちょっと少ない気もするけれど、それでも結構な面積に広がるように展開されている。
ちなみに水が溜まったりするようにイネちゃんが建物を作ったついでに地下水を貯められるように多少なりに整形はしているのでこの区画の畑と飲料水を賄えるだけの井戸水の確保はできるようにしてはいる。いるのだけれど、どうにもこの辺の雨量が心配になるんだよなぁ、十二分の雨量があればここの地盤を考えれば沼地があってもおかしくないし。
それが近場にすらないとなるとそもそもこの周辺は干ばつ地域で近くに山があったりしなければそれこそ河川の流れを楓もしなければ難しいかもしれない。
「水がない地域でこれほどの……」
修道会の人……えっとカカラちゃんはシスターアルザって読んでたっけか。
アルザさんはちょっと恐怖の入り混じっている感じの表情でそんなことを漏らしていた。
まぁ、大陸からしてみれば初手でこのくらいは当然ではあるのだけれど、ほかの世界からしてみればそれこそ神の御技とか、奇跡と呼ぶに相応しい何かではあると思うけれど、それを行ったらムツキお父さんが教えてくれた復興支援の技術を考えれば、日本の技術でもここまででは無いにしろ近しい感じのことができるらしいし、ただ単純にムータリアスの技術進歩がそこまで達していないと考えるべきかな。
「ただ……水に関しては雨が降ってくれるか、川か湖かから引っ張ってこないといけないけれど……そういう場所、知りませんか?」
リリアがアルザさんに聞くものの首を横に振り。
「この地域は昨年大規模な戦闘があった時の名残で、どの水源にもその時に使われた毒が残っていて使えないのです。浄水の奇跡で取り除くことはできますが、その施設を維持するために人を割くのも難しく……」
「わ、私がやります!やらせてくださいシスターアルザ!」
突然カカラちゃんが叫びだした。
「……シスターカカラ、気持ちはわからないでもありませんが、一目見ただけで今のあなたは奇跡を行使するだけのものが無いことはわかりますよ。ゴブリン廃棄施設で転送に巻き込まれた際、あなたの中で何かがあったものと思いますが……」
『あ、多分私が原因です……危ないと思って色々と守るための処置をしたのでそれが影響したのかと……』
ふむ、ヌーリエ様が必要だと思って行った防護が凄すぎて逆に自力が出しにくくなったと……。
『おそらく……』
ということはその防護を少し弱めたらいいのではないのだろうかとも思ったけれど、そう簡単にできたりしたらこんな問題には……。
『あぁそれもそうですね……では少々弱めて……』
ヌーリエ様がさも当然という感じの発言をした直後。
「……あら?どういうことかしら、シスターカカラの中の力を感じられるようになったわ」
「ほ、本当です……急になんで……」
あ、できちゃったんだ……というか本当にそれが問題だったとは。
どうやらスーさんも今のイネちゃんとヌーリエ様の会話を聞いていたのか苦笑いをしている。
「と、ともかく奇跡の力が戻ったのです、私にやらせてくださいシスターアルザ!」
「そうですね……しかし設備はどうしましょうかね。あちらのものを持ってくるのもできませんし、新しく作るにも時間がかかりすぎますから……」
「それでしたら僕が以前見せてもらった時に構造を覚えていますので、こちらでなんとかできないか少しやってみます。いいよね、イネ」
「ふぇ?……ってあぁイネちゃんが作るのね。できるかどうかわからないよ?」
突然話題を振られて変な声出た……。
「大丈夫だと思う、見た感じ浄化の奇跡の部分以外は僕たちの知ってるポンプと似たようなものだったはずだし、うん、記憶に違いがあってもカカラちゃんがいれば大丈夫だと思うな」
おぉ、なにげにヨシュアさんが女の子をちゃん付けするのって珍しいな。
カカラちゃんもヨシュアさんの言葉に頷いてるし、案外構造が簡単なのかな。
「でも……必要な金属の入手が少し難しいと思いますが」
「金属って?」
「銀です。混ぜものがない銀が必要になりますので」
あぁなるほど、ヨシュアさんがイネちゃんに話を振った理由がわかった。
「それならなんとかなると思うし、ちゃっちゃと作っちゃおうか、水の安定供給は早いほうがいいし」
「じゃあ始めちゃおうか、設置場所はどうしようか」
「それはまぁ、水を引いてきてからかな。地形自体をいじらないとだし……なんだかんだで一大事業にはなると思うからさ」
呆然としているアルザさんをよそにイネちゃんとヨシュアさんはヨシュアさんの知っていた水源まで向かっていったのだった。
そしてそこでこの世界ムータリアスの状況を改めて思い知らされることになる……のだけれど緊張感はなかったね、うん。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます