第252話 イネちゃんと魔王軍

「……イネ、急ぐよ」

 ヨシュアさんの表情が強張りポリタンクを空中に放り投げてインベントリにしまいながら走りだした。

 イネちゃんはそのインベントリとかないので仕方なく足を地面と融合させて走る……とすぐにヨシュアさんを追い抜いて、感知能力でどうして急ぐ必要があったのかということも理解できた。

「ひぃ!いきなりなんなんッスか!あんたら!」

 キュミラさんの叫び声とほぼ同時にロロさんが対応しているのだろうか、鈍い金属音のようなものも聞こえてきていて既に戦闘が始まっているのも把握できる。

「ヨシュアさん、これしまっておいて」

 そう言って10リットルのポリタンクを後ろを走っているヨシュアさんに投げるとホルスターからファイブセブンさんを抜いて皆の待っている場所へと突入する。

 武器がファイブセブンさんなのは確実に乱戦になるから連射武器だと巻き込んじゃうし、散弾や爆発武器なんてもってのほか。

 イネちゃんが使える武器の中で皆を巻き込まないとなるとファイブセブンさんと一応買っておいた近接武器しかないからね、仕方ないよね。

 イネちゃんたちが降り立った場所に人間とは違う姿をした人たちが徒党を組んで襲ってきている……けれどもスーさんがうまい具合に誘導してロロさんが受けられるように立ち回ってくれたのか相手さんの数の割には場の安定は出来ていたっぽい。

「勇者……、手伝って」

「この人たち急に襲いかかってきて……呼びかけても返事がないんだよ」

 リリアは随分落ち着いてる気がするけど、スーさんはどういう説明をしたんだろう。

「それって思考を読んでみてもかな?」

「う、うん。私たちのお肉が美味しそうとか食べるとか……まるで熊とか狼みたいな感じで……」

「魔王軍の猟犬ですって!彼らは本能に従って破壊衝動を他者にぶつけ、食べることで生きている存在なんですって!」

 カカラちゃんは結構切羽詰まってる。

「じゃあ、あれは動物と同等と考えていいんだよね?」

「だからそう言ってるんですよぉ!」

 うーん、カカラちゃんの意見だけだとちょっと判断が難しいなぁ、ムータリアス出身で私やロロさんから見たゴブリンみたいな印象になってるだろうし。

「大丈夫ですよ勇者様、私とお孫様で確認済み、対話が成立する可能性は極めて低いという結論にいたり皆さんに迎撃で相手を絶命させても問題無いと判断してそのように対応しております。むしろやっちゃってくださいませ」

「あ、落ち着いた説明ありがとうです」

 スーさんがイネちゃんの思考を読んでくれたのかちゃんと説明してくれたよ。

 それがわかれば後は対処するだけ。

「ロロさん、もうちょっと粘ってて。それと倒してもいいんだからシールドバッシュしちゃっていいよ」

「ん……わかった」

 ガショという金属音の直後にザシュっていう音と悲鳴が聞こえてきた。

 攻撃すればするほどダメージを受けるっていうのは、相手はどういう心境になるんだろうね、イネちゃんは絶対やりたくないけど。

 とりあえずイネちゃんはまずウルシィさんを援護、その間にヨシュアさんがミミルさんの援護に入り、早々に襲撃者を片付けて次はうまく立ち回っていたティラーさんと、全力逃亡していたキュミラさんを助けてロロさんのところに戻ると……。

「これで、最後……」

 残った敵はロロさんのダブルスパイクシールドでサンドイッチの具になっていた。

「うへぇ……そんなに強くなかったけどなんなのこいつら」

「これが魔王軍だって、カカラちゃんが叫んでたよ」

「へぇ……でも弱かったよね」

 うん、まぁウルシィさんの言うとおり思ったよりもはるかに弱かった……というよりもこれなら訓練している兵士さんなら余裕でさばける気がするんだよね、なんで長年に続く生存戦争になっているか……はまぁ本隊が強いって考えるのが妥当かな。

「こいつらはただの尖兵……こちらを消耗させるのが目的である無尽蔵に生み出されし人工生命です」

「……詳しく聞いてもいいかな、僕もムータリアスで結構長いこと生活していたけど、こいつらは始めてだったから」

 おや、半年以上ムータリアスに滞在していたはずのヨシュアさんがそんな尖兵を知らないっていうのはちょっと気になる。

「私が飛ばされる頃には既にゴブリンが実戦投入されていて、尖兵による被害がなくなったと言っても良いほどだったのですが……」

 なるほど、そういう……ことなのかなー、スーさんどうなのかな。

 イネちゃんの思考をあえて読んでもらうことでカカラちゃんに察せられることなくコミュニケーションを図ってみると、スーさんは首を縦に振っているのが確認できた。

 少なくともカカラちゃんは嘘は言っていないわけだね、しかしまぁなんというか憎まれ役をやるとは言ったものの身内を疑いながらっていうのは結構精神に来るものがある。

 イネちゃんなら騙して悪いがって感じに後ろから刺されたとしても大丈夫だけれど、流石にその事態になったっていう事実があるだけでもと考えてみるとこう、もやっとした感じになってしまう。

 イネちゃんが根本からそういうのに向いていないんだろうけれど、誰かがやらないといけないことでもあるしなぁ、スーさんに全部任せるのが一番楽なんだろうけれども、スーさんはリリアの補佐だし……。

 と思ったところでスーさんがイネちゃんのそばに寄ってきて耳打ち。

「大丈夫です、お孫様がそういうことが苦手であられるのはムーンラビット様も承知していることでしたので、私はそういった内容も行うよう指示を受けておりますので、遠慮なさらずにお任せください」

 あ、指示受けてたんだ……これは流石ムーンラビットさんというべきかな、リリアとイネちゃんのことを正しく理解してらっしゃる。

「その上で申し上げますと、彼女は任務の途中に脱落した負い目と、自分の出身世界に戻ってもまだ奇跡と呼ばれる力を取り戻せていないことでできれば修道会の方にまだ会いたくないと思っておられるようです」

「えー……とりあえず会っちゃえばいいのに。そっちのほうが圧倒的に立ち回りやすくなるのになぁ」

「勇者様も大概なことをやってくださったようで。ですがまぁ、悪感情を殺してまで笑うのはヌーリエ様の教えに反しますので問題無いですからそんなに気負わなくてもよろしいと、私は思いますよ」

 ヌーリエ様はそんな感じのスタイルだったのか……。

「ただいずれは勇者様とロロさんのようなゴブリン被害者の方には飲み込んで頂きたいとは思いますが……」

「そこは大丈夫。イネちゃんに関してはもう割り切れてるし、ロロさんもそこまで感情を制御できない人じゃないから。それに同じようなゴブリン被害者の子にも教会は受け入れてくれてるし、ギルドも保護の流れを作ってる。最悪日本に行くことだってありになりつつあるんだからさ、後はイネちゃんやロロさんがゴブリン被害者の道を作ってあげればいいだけ、生み出した人たちにもゴブリンのことはなんとかすべきって人がいる以上こっちも信じてあげないといつまで経っても終わらなくなるからさ、言いたいことや叫びたいことを最初にぶつけて、後は解決に向けて手を取り合えばいい、イネちゃんはそう思うから」

 むーなんと言って言葉にしたらいいのかよくわからない。

「と、ともかく、過去にこだわって相手を滅ぼすつもりはないから、安心してね?」

「分かっていますよ、まったく勇者様もちゃんと年相応の反応をなさるのですね」

 そう言ってスーさんは笑いをこらえる感じに離れていった。

 イネちゃん、そんなに普段年不相応に思われてるのかな……。

「でもまぁ、なんとなく尖兵が増えた理由は想像がつくかな……あれだけ大規模な侵攻作戦を行ったんだ、当然ゴブリン兵も連れて行っただろうからこっちが手薄になるのは必然だし」

「まぁ……最終兵器とか言われるレベルのゴブリンまで居たからね」

 ヨシュアさんの言葉にイネちゃんも乗るけれど、あれって本当になんだったのか。

 結局デイビークロケットやアヴェンジャーの釣瓶打ちもあまり効果がなかったし、ビーム兵器なんてSFなものを持ち出さなきゃいけなかったからなぁ。

「イネの言うあれは詳細を知っている人に聞くべきだろうね、僕たちが話し合ったところで本当のところはわからないし憶測にしかならないからね」

「まぁ、ムーンラビットさんもなにも言わなかったってことカカラちゃんも知らないか、知っててもイネちゃんたちと同じだろうしね」

「……すいません、私もあまり監査理由を説明されていなかったのであれを見たのはあの時が始めてでして」

「まぁ、そうだろうねぇ。あの時の敵さんだってあれが投入されてるなんて知らない人のほうが大多数だった上に、噂程度の知識しかなかったんだからシックへの侵略の時に始めて使われただろうからね」

 そういえばあの女兵士さん、今どうしてるんだろ。

 まぁまだ返還事業が行われてない以上はシックにいるのは確実だけど、場合によっては帰化しちゃうだろうしまた会えるかは難しいかな。

「ともかく今は防御しやすい形で陣地を作るべきだろうね、というわけでイネ、お願いできないかな」

「……まぁ、悠長にしてたらまたこの尖兵が来ちゃうか。うん、わかったよ。でもイネちゃんだけだとお父さんたちに教えてもらった感じになって逆に守りにくい可能性があるから、スーさんかヨシュアさん、どっちか補佐についてもらっていいかな」

 銃前提の防衛陣地と、近接前提の防衛陣地じゃ設計段階から違うからなぁ、イネちゃんは大昔の史跡とかの見学はしたけれど日本の城跡あとくらいだし、やっぱり銃前提だったりするんだよね、殺し間とか。

「わかった、僕はそのへんの知識もあるから任せておいて」

 そういうヨシュアさんに対してイネちゃんはそれはどこでとか、無粋なことは一切聞かずお願いしたのだった。

 夢魔の皆さんにはバレバレだけど、まだほかの人には完全な別の異世界出身だなんて知られてないし、ね。

 こうやってヨシュアさんの記憶を元にイネちゃんが立ち回りやすくした感じの城塞って言っちゃったほうがいい何かが誕生したのだった。皆には不評だった。

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