第238話 イネちゃんと会敵

 シックへの転送が終わった後、イネちゃんとロロさんを迎えたのは轟音だった。

「イネさん!?来てくれたのですね!」

 そしてこの……。

「なんでミルノちゃんがここにいるの?」

「私はお姉ちゃ……こほん、キャリー姉さまの名代としてシックに訪れていたのですが、突然シック周辺の空間が歪み今のような事態に」

 あ、今は公式の場だから慌てて言葉遣いを直した。

「うん、イネちゃんには普通でいいから……状況、教えてもらえると嬉しいかな」

 イネちゃんはMINIMIをガンケースから取り出して組み立てながらミルノちゃんに聞く。

 ロロさんはミルノちゃんのことを知らないからか、イネちゃんとミルノちゃんの会話に集中してる。まぁロロさんってもうこのままでいいからなぁ、基本装備が盾と鎧だけなのは準備速度の点で強いね、ロロさんの鎧の着脱かなり簡単になってたし。

「シックの正規軍は市街地を、ササヤ様は南方、ムーンラビット様は北と東をカバーしていますが……」

「相手の数を考えると、抜けられるよね」

「はい、少なくとも正規軍が包囲され、逃げ遅れた民間人を守るので手一杯のようで……守りきれてはいますが初動の遅れで犠牲者は出てしまっておりますが、最低限に抑えてはいます」

「冒険者さんや傭兵さんは?」

「市街地で正規軍と共に戦ってくれていますが……」

 なるほど、足りない部分を補う形でギルドが補助してる感じかな。

「となるとイネちゃんたちもまずは市街地かな、そっちを安定させるだけで状況が段違いに楽になりそうだし」

「いえ、イネさんにはムーンラビット様のところに行ってもらいたいと言伝を受けたわ待っていますので、イネさんは北東方面へと向かってください」

 えー……まぁムーンラビットさんのことだし、何か考えがあってのことだろうからここは大人しく従っておくべきかな。

「うん、じゃあそっちをパパッと片付けて早く追い返そう」

「ロロは、市街地に……」

「はい、お二人とも、どうかお気をつけて……」

 うーん、なんというか簡素なやり取りしかしてないけれど……ミルノちゃんの説明の間も爆発音が聞こえてきていたあたり事態は切迫していると考えられるから仕方ないか。

 急いで1階に上がってからロロさんと別れてイネちゃんは北東方面へと走る。

 ムーンラビットさんがいるのなら、イネちゃんの存在を感知して何らかのアクションをしてくれると思うのだけれど、それまでは遭遇戦をしながらの移動になりそう。

「悪魔の本拠地はすぐそこだ!」

 早速エンカウント。

「隊長!少女のようです!」

「見た目に騙されるな!修道会の連中が引き入れた連中も似たような見た目で団長を倒したではないか!」

 ふむ、異世界でココロさんとヒヒノさんが大暴れした結果が今、このシック襲撃なのかな……それはそうと。

「誰が悪魔か」

 隊長らしき人に向けてファイブセブンさんの弾をお腹にプレゼント。

「ぐぇ……」

「隊長ぉぉぉぉ!」

「今忙しいから、その人の治療をするならさっさと陣地に戻るなり武器を捨てて投降するなりしてね」

 こういうとき1番効率がいい手段はやっぱり負傷兵を量産することだね、ボブお父さんとルースお父さんから聞いていたけれど、相手のほうが数が多い場合に有効な戦術として教えられてたのがよかったよかった。

「くそ……妖術で先制攻撃をするとは、悪魔め……」

「あなたも負傷したい?小隊が5人編成みたいだし3人まで負傷しても連れて変えられるでしょ?」

 イネちゃんがそう言うと角から現れた人たちは黙ってしまい、お腹に風穴が空いた人の止血を始めた。

 銃の概念がないだろうし仕方ないのだけれど、弾丸の抽出作業がないからこの人どのみちひどいことになりそうだなぁ、投降してくれれば解決するのにと思いつつ、イネちゃんは先を急ぐ。

「待て悪魔!」

「何?急ぐとは言ってもあなたたちの撃退が最終目的だから、あなたたちからさっさとやってもいいんだけど」

「……なら何故あたしたちを見逃す」

「皆殺しが目的じゃないから。攻めてきたから迎撃してるだけだし、その結果死者が出たとしても戦争を仕掛けてきたのはそっちだからね。こっちはただ、守ってるだけ。そもそも悪魔ってどういう定義でされたのか、少しは考えてみるべきだと思うよ」

 イネちゃんだってトリガーハッピーなわけじゃないし、MINIMIで肉片を作らずに済むのならそれはそれでいいんだよねぇ、この問答もこれで引いてくれればそれでよし、さらに強力な武装で攻めてきたら相応に相手をするし、そこで死んだも文句を言われる筋合いはない。

「そうか……だが私たちは兵士だ、だから……今だ!」

「ブルーライトニング!!」

 なるほどーただの時間稼ぎだったか。

 まぁ大聖堂から外に出たときに勇者の力は発動させてるわけで、ちょっと地面と同化すれば雷撃魔法系は……。

 青色の稲妻がイネちゃんを直撃するものの、銃の火薬に引火しちゃわないように多少電流を誘導しつつ全部地面へと逃がす。

 勿論イネちゃんはノーダメージ、体に焦げの1つも負っていないわけで、それを見た兵士の人たちは愕然とした表情を見せる。

「馬鹿な……奇跡が効かないなんて」

「実力差以前のお話だね、こっちの世界に無知すぎる。数で攻めて来てるからそっちが優勢に見えるだけっていうの、わかってないよね、絶対」

 ちなみに今は意図的に上から目線にさせてもらってる、5人に足止めされてまともに防衛ができないというのも悔しいし、さっさと諦めさせる為にちょっと偉そうな言葉遣いをしてるのだけれど……もしかして裏目に出てたりするのかな。

「くそ!殺せばいいだろ!」

「それが本心ならそうするけれど、生きたいと思ってたり、故郷に家族がいるのなら軽々しく命を投げ出すような発言はしないで。兵士が自分の命を大切にしないなんてのは最初から戦えない人を守る気がなかったとか、そういうふうにしか思えないから」

 イネちゃんの言葉に兵士の人たちは今度こそ本当に呆然とした表情をする。

「じゃあ、イネちゃんはもう行くから。ちなみに大聖堂に乗り込もうとしても無駄だと思うよ、戦える人はまだまだいるから」

「待って!」

「まだ何か?」

「……投降したら、食べ物は保証されるの?」

「される。衣食住は確実に」

「投降するにはどこに行けばいい」

「武装を解除して、大聖堂に行けばいいよ。そのための人員はちゃんといるから」

 急いで出る時にちらっと確認してたから、これは大丈夫。

 この口ぶりだと相手さん、まともな食事を最近食べていないっぽいかな。

「おーいイネ嬢ちゃーん」

「ひぃ!悪魔!」

 あぁうん、ムーンラビットさんは悪魔と呼ばれて微妙に喜ぶ節があるから問題なさそうだし、本人も認めてるから別にいいか。

「ん、もうこんなところまで入り込まれてたんか。手間かけさせちゃったねぇ」

「手間ってよりは面倒ではあった、かな。イネちゃんこういう手合い相手の問答って経験がないから」

「んじゃ私と交代してもらってええかな、今はチャームして相手陣地を混乱させてはいるが長く持つものでもないしな、イネ嬢ちゃんが防衛網を張ってくれたほうが時間は稼げるかんな、お願いできるか?」

 ん、殲滅しないでいいのかな。

「別に殲滅してもらってもええが、できるだけ殺さないってのが重要やからな。こっちには元々敵意がないと信じさせなきゃあかんし、できれば兵士に混ざってるゴブリンやマッドスライムを攻撃する感じやな。イネ嬢ちゃんならゴブリンだけでええが、面倒なら指揮官を狙うのもありよー」

 困った、MINIMIさんの出番さんがなくなってしまう感じになっている。

 でもまぁゴブリンが固まってたら撃てばいいか、防衛網を構築するのに城壁作って上から撃ち下ろせばいいだけだからね。

「わかったけれど、ムーンラビットさんはどうするの?」

「こいつらの投降処理してから1度市街地の応援、不肖の娘の援護をしてからまた戻る予定よ。イネ嬢ちゃんの労働負荷は結構重いがそこは勘弁してくれな」

 人不足だから仕方ない……以前にイネちゃんが勇者として覚醒してるし、何よりイネちゃんには状況打開できる力があるのだから負荷が重くなるのは仕方ないよね。

「わかった、じゃあイネちゃんは急ぐとするよ。ムーンラビットさんもできれば早く戻ってきてね」

「人員は減ってるし、市街地が特に手薄やから流石に少し遅れると思うんよ。ササヤはあまり手加減が得意な方でもないし、そっちのフォローも必要なのがな」

 拳圧だけで薙ぎ払えそうだし、手加減が苦手なのは自称してたからうん、そこを持ち出されたらイネちゃんはなにも言えなくなってしまう。

「改めて、気合を入れ直すかな……私も覚悟を決めて本気を出し続けなきゃいけないっぽいし……行こうか、イーア!」

『ようやくかな、イネはもうちょっと本気になるの早くするようにしよ?』

「覚悟はしてるとは言っても、できればやりたくなかったからね。最悪は想定してても最善を目指さないわけじゃないし……でも今から目指す場所はそれは難しそう、かもね」

 遭遇戦となった人たちをムーンラビットさんに任せて、私は急いで北東方面へと向かったのだけれど、到着したときに手加減は難しいと思い知ったのだった。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る