第234話 イネちゃんとモグラ

「それでは、これより儀式を始めます。準備はよろしいですね?」

「はい」

 トータの神官長さんがリリアに向かって色々説明してから、リリアが返事をする。

 既にリリアは白い着物……えっとなんて言うんだっけ、ほらあの修行僧さんとかが滝行の時に来てる薄い感じのあれ、リリアは今あれだけを身にまとっている状態で教会の地下への階段の前にいるわけである。

 行水だって言ってたし、まぁ実質的に沐浴っぽくなっちゃうのは当然なのか。

「護衛は勇者様のみです。しかし緊急事態の際にはその限りではありませんが……これだけは覚えておいてください儀式の間では身体強化以外の魔法は使えません。勇者様のお力なら大丈夫かもしれませんが、可能な限り控えてください」

 結局のところ、それってイネちゃん以外まともに戦えないのではないのだろうか、あぁでもロロさんは基本身体強化だけだし、援軍として考えれば適任なのかな。

「はい、分かりました……大丈夫かどうか、ヌーリエ様に聞けたら聞いてみますね」

「はい、勇者様はそうなさったほうがよろしいでしょう」

 なんというか勇者はヌーリエ様と会話できるっていうのは常識なんだろうか……そういえばリリアもササヤさんも驚かなかったしなぁ、ムーンラビットさんに至っては会話に混ざってきたし。

 でもこれなら何とかなるかな……護衛は結局のところイネちゃんだけで、イネちゃんだけだと手が回りそうにない場合に限りロロさんも参加できるってことになったし、身体強化魔法も使えるし、銃も使っていいみたいだからね。

 まぁ閉所だからP90もスパスも、どっちも有効に使えるからロロさんの出番が来ることはよほどの展開にならなければないと思うし、大丈夫だよね。

「それでは神官見習いリリア、儀式を始めてください」

「はい」

 と、イネちゃんがちょっと考え事している間に儀式が始まっちゃった。

「勇者様も、どうぞ」

「あ、はい」

 ともあれイネちゃんも儀式の間に神官長さんに促されて入ると、行水……沐浴を行うにしては結構広い空間が目の前に現れた。

 階段をそれほど降りてない段階でもそこそこ広いのに、もうちょっと降りられる空間があるし……元々はここにこの洞窟があって、ヌーリエ教会の巡礼地としての役割が最初だったのかもしれないね。

「イネ、このあたりから儀式の間だよ。準備は大丈夫?」

「うん、身体強化と付与以外は禁止、だよね」

 実は身体強化以外にも付与魔法に関しては許可が下りていたりする。

 まぁ、大陸の世界で1番普及している魔法だし、何より地面自体が何かしらヌーリエ様の影響を付与魔法のような形式で受けているらしいから、むしろ何もないほうが不自然で弾かれるとかなんとか。

 説明を受けてた時、慌てて持ち込む装備に勇者の力で何かしら付与していたのはここだけのお話である。

 ゆっくりと階段を降りてところで改めてこの場所が特別だという光景がイネちゃんの目の前に入ってきた。

「凄い……緑色の光?」

「大地の魔力が光ってて、水で蓋をしている感じになってるんだって」

 魔力か、チェレンコフ光とかじゃなくてよかった。

『その光でも大陸の人たちは大丈夫ですよ、勿論イネちゃんも』

 あ、ヌーリエ様。

『それと魔法に関しては本当に控えてくださいね、特に地面を操作するものは絶対やめてください、魔力の流れが変わってしまって少々大変なことになりますから』

 ということはここって、龍脈とかそんな感じのところなのかな。

『少し違いますけれど、そのようなものです。私の加護を周辺に巡らせるためのものですので、破損してしまうとヴェルニア周辺の湿地帯のようになってしまうのです』

 むしろヴェルニア周辺の奴がどうやって破壊されたのかとか気になる気はするけれど、今は目の前のリリアの儀式の護衛か。

「それじゃあ、始めるね……」

 リリアはそう言ってから裸になって、広場の真ん中にある池へと入る。

 入ってからリリアはまず、手で水をすくい全身にかけていく。

「うわ……」

 これはイネちゃんの感嘆の声。

 リリアが水を自分の体にかける度に緑色の光球が広場全体に広がり幻想的な空間を作り出していた。

 これは動画に収めたい。とも思うけれど、今はリリアを護衛しないといけないし……うぅもったいないなぁ。

『イネ、何か近づいてきてる……』

 これはイーア。

「うん、でもどこからとかは流石にわからないよ」

 感知能力は大地とどうかではあるけれども、それもどうにも魔法らしいので今は使えないんだよね、だから今は私とイーアで全力を出して勇者の力を使わない感覚で探しているけれども姿を見つけることができない。

 ……でも確かモグラ、だったよね。それなら地中からって可能性は否定できないんだけれども、それならそれでヌーリエ様が教えてくれるか。

 リリアは儀式に集中しているためか今周囲から聞こえてきている地鳴りが聞こえていないように見える。

『イネ』

「うん、絶対にリリアを守るよ」

 クマのような巨体が出てきてもいいようにP90ではなく、スパスを構えながら広場の中央であるリリアの側に近づいて周囲を警戒する。

 というかクマより大きいんだっけ、4mとか聞いた記憶があるし……そうなるとスパスのバックショットでどこまでダメージを与えられるのかちょっと怪しくなってくるかなぁ、巨体っていうのはそれだけで大きなアドバンテージだからなぁ。

 一応、普通の生物と同等の痛覚と内蔵配置であるのならバックショットで何とでもなる……というかベストだとは思うのだけれど、今から相対するだろうモグラがその普通の生物であるという保証がない以上最悪のパターンも考えておくべきだよね。

 まぁどちらにしろ眼球を狙う、ゼロ距離で頭を吹っ飛ばすくらいの流れにはなるだろうけれども、それでもダメだった場合はイネちゃんの通常火力だともう相手の胃袋に直接お願いグレネードするしかなくなってしまうわけで。

 それでもダメならロロさんと協力してリリアの儀式が終わるまで耐えるか、撤退して別の場所に誘い出して勇者の力で対応するしかないか。

 一応モグラの攻撃力に関しては鋼鉄の爪とは聞いていたので予めイネちゃんは身体強化で戦車の主砲が直撃しても大丈夫なようにしてはいるけれど、それは貫通しないのと爆発に強いってだけで、裂傷にどこまで効果があるかちょっとイネちゃんの知識だとわからないんだよねぇ。

 まぁスレッジハンマーとかで戦車を殴っても壊れないだろうし、大丈夫と思っておこうかな。

『イネ、右!』

 イーアの叫ぶような声に合わせて私はそちらに振り向くと、壁の一部から鋭い鉛色の何かが岩盤を突き破ってその姿を見せた。

「4m、どころじゃないんじゃないかな、これは……」

 ちょっと……いやこれはかなり聞いていたのと違う。

 岩盤を掘って姿を現したのは6m近い、硬い皮膚を持ったモグラというよりはアルマジロのような生物だった。

「これがモグラはちょっと無理がないですかね……」

『それよりも気が立ってるみたい、くるよ!』

 姿を現したモグラはリリアのいる広場の中心にある泉に向かって突進し始めたので、イネちゃんは慌てて間に入り突進を受け止める……んだけれども、大地と融合していないから質量負けをして止めきれずにお互いが吹き飛ぶ。

「痛くはないけれど……これはちょっときついかも……」

 今の一瞬のぶつかり合いでモグラの皮膚に触った感じ、なんというか……装甲車か何かに激突されたような感覚に襲われた。

 狙う場所次第だとは思うけれど、普通に真正面からバックショットを撃ち込んでも多分ダメージを与えられないことが分かってしまった。

 しかも今のぶつかり合いにも関わらず、モグラはすぐにリリアの方を見てもう1度突進をする構えをしていて……。

「考えてる暇はないか!」

 幸い銃以外にも斧や剣、ロロさんの持っている盾を模倣してみたものも持っているから、相手の突進力を利用してうまくやれば武器を突き刺せるかもしれないし、ここは1度試してみるしかない。

 スパスで試すのもいいかもしれないけれども、万が一相手の皮膚に跳弾してリリアのほうに飛んでいく可能性がなくはないのでここは一旦ホルスターにしまい、勇者の力で刀身を色々魔改造しておいた剣を突き出す形で腰の位置に固定するように持って、またモグラの突進からリリアを庇う形で間に入る。

 すると……。

 ガィン!という鈍い音と共に再び私とモグラ、どちらも飛ばされる。

「これ、本当マジ?」

 ダイアモンド加工したセラミック素材よりも頑丈にしておいたにも関わらず、剣がプレス機で潰されたように潰れていた。

 これはもう複合チタン並にしておいても同じことになりそうな予感しかしないぞぉ……となると銃を使ったとしてもおそらくはモグラの皮膚を貫通することは、それこそ対物で劣化ウラン弾頭とか使わないと厳しい可能性すら出てくるような気がしてきた。

 いやまぁ実際そこまでやる必要はないのかもしれないけれど、このモグラ、アルマジロみたいな皮膚しておきながらアルマジロみたいに身を守る硬い部分のつなぎ目がないんだよね、となると眼球を狙うことになるのだけれども……。

『多分、モグラという由来は土竜という漢字からなんじゃないかな、眼球が真っ白なのは多分……』

 光の感知機能が高いか、そもそも視力が皆無か。

 となれば何かしら感覚器があるとは思うのだけれど、2度の激突の際におでこだけではなく鼻や髭までぶつかっているにも関わらずこのモグラはたじろぐ様子がこれぽっちも見受けられない。

 これは眼球や鼻に攻撃を加えても殆どダメージにならない気がする。

 正直ここが地下広場で、護衛対象のリリアがいなくて、さらに言えば魔法の使用が制限されていなければ対応はできたと思う、放射性物質なり溶岩なりで燃やせばいいだけだし。

 こうして打開策を考えている間にもモグラは再び突進をしようとしているのが見えるから、早く決めなければならないのだけれど……。

 とにかくモグラの特性を見極めないと、これは本当に最悪の事態になりかねない。

 私は改めて気合を入れ直しつつ、リリアとモグラの間に立ちはだかるのであった。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る