第233話 イネちゃんと儀式
鉛筆を買ってからまたしばらくしたとある日。
「イネ、ちょっと付き合って欲しいんだけど」
朝ごはんを食べている時にリリアが唐突にそう言われたのだった。
「付き合うって、何に?」
何か騒ぎそうになっているキュミラさんと、それを抑えているティラーさんを横目に聞き返す。
「うん、本当なら今まで訪れていた村とか町でもやるべきだったんだけど、母さんと父さん、それに婆ちゃんからやっている余裕はないから略式でいいって言われてたからやってなかったんだけど、本当なら巡礼で訪れた教会ごとに儀式が必要だったんだよ。その儀式の最中の護衛をイネに頼みたいなって」
「ん、その儀式って何するの?」
「あぁうん、ただの行水なんだけどさ」
ヌーリエ教なのに行水なのか……いやまぁ地面に埋まって顔だけ出すのがとか言われるよりは修行っぽさもあってイメージもしやすいけどさ。
「行水は裸でやる必要があるし、トータの街だと行水の場所が地下でね、迷い込んできたモグラとかから守って欲しいんだよ。行水の最中は魔法も使っちゃダメだからさ」
モグラ……ヴェルニアで読んだ動物図鑑だとどう書かれていたっけか。
「ねぇリリア、モグラってどんな動物だっけ」
いっそのこと聞いてみたほうが早いからね、実際のところイネちゃんの知識の大半は日本で生活していた時のもので、イーアの時の知識はあまり役に立たないことのほうが多かったりするし。
まぁ絵本と子供向け小説だけだったから仕方ないんだけどさ……。
「あぁイネは知らなかったのか。というか私のほうがあっちの世界のモグラを知らないんだけど……体長4mくらいの地下種で、爪は鋼鉄並……」
「ちょっと待って4m?」
思わず聞き返してしまった。
「うん、それで木の根っことかを食べて生きてるらしいんだけど……ごめん、私も詳しい生態は知らないんだよ。でも今のイネの驚き方からしてあっちの世界のモグラって小さいの?」
「んーイネちゃんも図鑑で見た程度の知識だけれど、大きくても1m以上にはほぼならなかった記憶かな」
朝食がイネちゃんとしては久しぶりのトーストだからちょっともごもごしながらだけど答える。
思った以上にバター多めでベーコンに目玉焼きまで……大陸のご飯って基本的に美味しいのがイネちゃんにとっては至福だったりする。
コーイチお父さんのパンも美味しいんだけれど、毎日食べてたから飽きてたのもあるとは思うんだけどね、今は自分の裁量で好きなメニューを選べるから、むしろパンを食べてなかったのも大きいけどさ、うん。
「でもその儀式ってどういう目的なんッスか。私ヌーリエ教のことあまり詳しくないッスから知らないんッスけど」
「そうか、ハルピーは基本的にノオ信仰だったか。まぁ俺みたいな一般人も知らないんだが。儀式ってのがあることも知らなかったしな」
キュミラさんとティラーさんが会話に混ざる。
「あまりこういう儀式ばかりになると親しみがなくなっちゃうんだって」
あーそういうのあるよね、近寄りがたいというか。
「確か、見習いさんが……大地に……魔力を注ぐって、聞いた」
「ん、ロロさんそれ、どこで聞いたの」
「ギルド。訓練してる時、ウェルミス……に」
ウェルミスさん、どこで知ったんだろう……でもまぁいいか。
「うん、4mものモグラが出てきて、襲ってくる可能性があるならイネちゃんはやるよ。でも1人で大丈夫かな、動物相手だと結構数が多そうだけど」
「うーん、でも裸になるわけだしさ」
始めて会った時にいきなりブラしてないのにジャケット脱いだ人が何か恥ずかしがってる。
「私は気にしないんだけども、こう、母さんに怒られたりするし……トータの神官長さんは報告の義務もあるからさ」
あ、恥ずかしがってるわけじゃなかった。
「……そのたゆんを異性に見られてもいいんッスか」
「たゆんって……母さんのほうが大きいし、婆ちゃんの本当の姿だともっと凄いよ」
「あぁ感覚が麻痺ってるんッスね……」
以前リリアに直接バストサイズを聞いたけど、確かHとか言ってたような……。
カップ数自体は国やメーカーとかによっても変わるけれど、流石にHカップとなるとどこの国でもかなり大きめになる。イネちゃんにはあまり関係ないけどさ!ないけどさ!
というかササヤさんのほうが大きかったのか、怖いもの見たさ的にカップ数を聞いてみたい気もするけれど、やっぱ怖くて聞きたくない気もする。
「でもまぁ、護衛にイネちゃんは参加するのは確定でいいけれど、もっと居た方がいいとイネちゃんは思うんだけど。もちろんリリア次第なんだけれど、イネちゃんの実力だと全方位から逐次襲撃された場合手がまわらなくなりそうだから」
実際トナとロロさんの故郷で、目立たなかったけれどもそういう事態があったからね、イネちゃん1人だとどっちも守りきれなかったと思うし、守れていても犠牲が出ていたと思う。
ロロさんの故郷の時だってロロさんが最終防衛ラインを守ってくれたから何とかなったわけだしね、勿論あの時はリリアが出てきたから最短で終わったわけだけど、皆の力がなかったらどうなっていたのかわからない。
「んーでも複数人、大丈夫かなぁ……私は実のところ開拓町とヴェルニアでしかやったことなくて、両方とも身内だけだったからさ」
「あぁうん、ササヤさんが居れば確実に安全だもんね」
「家で練習みたいにやったのは父さんとだったけどね、入口で母さんがずっと睨んでたけど」
……年頃の娘さんと父親がって、普通は嫌がりそうなんだよなぁ。
イネちゃんもお父さんたちとお風呂っていうのは恥ずかしいし、何よりお父さんたちが遠慮しちゃうんだよね、まぁそれはそれでいいんだけど……。
「もう、私だって儀式の時まで父さんに抱きつこうとはしないのに、睨む必要なんてないよね、ねぇ」
あ、そっち。
そういえばリリアってファザコン入ってたんだっけか……すっかり忘れてた。
「え、リリアさんってファザコンだったんッスか……」
あ、キュミラさんが突っ込んでしまった。
「んー世間一般のファザコンがどんなものかわからないからなぁ、私は父さん好きだよ?」
うーん、この純真なキラキラおめめ……リリアって本当に本心というか本音で生きてるよね。
トーストの最後の1切れを口に運び、イネちゃんは立ち上がり。
「それじゃあ何か準備必要だったりするかな」
「特に必要はないよ。行水するだけだしまぁ大丈夫……あぁでも体を拭くタオルとか買ってもいいかな」
「というかそれは用意しておこうよ。じゃあバスタオルを買ってから教会に行こうか」
「うん、じゃあ先に行ってもらっていいかな。私はタオルとか買ってから行くからさ」
「いや、それならイネちゃんが買ってくけど……リリアが先に行ったほうがイネちゃん以外が入っても大丈夫かとか、色々聞けるじゃない」
「あ、そっか。じゃあイネお願いするね」
リリア、しっかりしてるようでこういうところが抜けてたりするんだよなぁ。
まぁそれ以上に女子力が異常に高いから愛嬌って感じだけど、イネちゃんたちが今みたいにフォローすればいいわけだし。
「バスタオルって、どこで売ってたっけ」
「イネが鉛筆を買ったお店で売ってないかな、あそこって基本お店に卸してるところだから大抵のものは置いてあると思うけど」
「まぁ……店員さんに聞けばいいか。それじゃ朝食の後、イネちゃんは買い物、リリアは教会に……皆はどうする?」
予定が決まっているのはイネちゃんとリリアだけだからね、予想はできるけれど一応は聞いておかないとね。
「私は今日もぶらぶらしとくッス」
キュミラさんはいつもどおり……となるとティラーさんは。
「はぁ、護衛が複数大丈夫だったとしても俺が入るのはちょっとな。キュミラの保護者でもやっておくよ」
ですよね。
「ロロ、リリアと……一緒に、教会に戻る」
まぁ予想どおりと。
この辺はもう皆各々で行動指針が固まってる感じだからスムーズに行くね。
「それじゃ後でまた教会でねー」
「うん、早く帰ってきてね」
なんというかなんでリリアは切なそうに言うんですかね、別にいいけど。
こうやって見送られたイネちゃんは昨日の卸問屋さんに寄ってタオルを買ってから教会へと向かったのだけれど……まさかモグラさんがあんな化物だとはこの時のイネちゃんは知るよしもないのであった。
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