第235話 イネちゃんとモグラの生態

 かれこれ10回ほどモグラの突進を受けてはいるものの、状況はこれぽっちも解決に向かう様子はなかった。

 ただ、推測にはなるもののわかったこともある。

『こいつ、多分目が見えてないよね』

 イーアのこの言葉から思い返してみると、確かに何度も私が間に入って正面衝突しているにも関わらず、モグラは私を避けることはおろか、改めて助走をつけるわけでもなく同じような突進を繰り返している。

 となればこれは目や耳ではなく、別の感覚器で自分の行動を決めるための探索をしているものと思われることにはなるのだけれど……残念ながらそれがわかったところで今この場で撃退には繋がらない。

 一応それを潰すことができればモグラを完全に倒すことができると思うのだけれども。

『できれば、殺さない方向でお願いします。家畜とは違い彼らは生存本能に従って行動しているだけですので……』

 というヌーリエ様のお願いを聞いてしまった為に下手に潰すことができない。

 まぁ流石にリリアが守れなくなる事態になるようならヌーリエ様には悪いけれど私は躊躇わず目の前のモグラの生命活動を止めにいくけど。

『あくまでできれば、ですので……』

 という妥協もヌーリエ様からもらっているし、少し気が楽にはなっている。

 最も、この状態をずっと続けるのは私の神経がすり減るのであまり好ましくはないので、さっさと打開策を考えなければならないことには変わらない。

 しかしながらヌーリエ様、大陸の原生生物に関してはかなり甘いよねぇ、悪意を持った相手には容赦ないけど。

 ま、だからこそここまでヌーリエ教が広まってるのかな。

『イネ、観察した結果で、あくまで多分だけれど聞いてくれる?』

「いや聞かないって選択肢は今ないよね」

『うん、あのモグラ、多分だけれど魔力を探知しながら動くんじゃないかな。今リリアがやってる儀式って大地の魔力を増幅するものみたいだし』

 なるほど、確かにそれなら今までのモグラの動きが全部説明できる。

 問題はわかったところで魔法を禁止されているイネちゃんはリリアの儀式を上回る魔力を発生させるのは無理なわけだけれど……ムーンラビットさんが自分よりリリアのほうが上だって言ってた理由を今、実感することになるとは思わなかったよ。

 まぁ正確には大地の魔力の増幅幅の問題なのかもしれないけれど、少なくともリリアはそれを完全に制御しきっているわけで……並半かな実力だと不可能だよね。

 ということで現状、私は全力で間に入ってモグラの突進をリリアが儀式を終わらせるまで止め続けなければならないのだ。

 正直なところこれならロロさんが来てもいいような気がしなくもないけれども……ロロさんだと流石にこの突進を連続して何度も受けるのは難しいと思うので私が1人で対応しなきゃいけない。

「勇者……ロロ、代わる」

 と思っていたらロロさんがモグラと私の激突音を聞いて降りて来てしまった。

「これ、ちょっと洒落になってないから……ロロさんでも厳しいと思うし、私が……」

「大丈夫、この大きさなら……ロロの、得意分野」

 そう言ってロロさんは私の前に立ち、両手に持った盾をお互い叩き合わせてギミックを発動させる。

 カシャン、という音と共にロロさんの盾はラウンドシールドからスパイクシールドへと変化して、ロロさんはそれをモグラに向けて構える。

「ロロさん、それは私が既に……」

「大丈夫、ちょっと……コツが、あるだけ」

 ロロさんは私のほうを振り向かずにそう言うと、腰を少し落として激突に備え……ぶつかりう、すると私よりも小さいロロさんがその場に踏みとどまり、モグラの顔を盾で挟み込んでいた。

「きゅ……きゅぐぅぅぅ」

 これ、モグラの鳴き声か……図体に似合わないかわいい鳴き声だなぁ、それにしてもロロさんの攻撃が割とえげつないんだけど、スパイクシールドで挟み込むって普通ならミンチだよね。

「勇者、手伝って」

「撃退できればいいから殺す必要はないよ……まぁ気絶なりさせないと終わりそうにないけどさ」

「モグラ、美味しい」

 ロロさん、食べるつもりであったか。

 しかしながら美味しいと聞いてしまうと私もちょっと興味が出てきてしまった。

「食べられるの?」

「クマより、食べやすい」

 む……となると臭みが少ないのかな、もっと食べやすいとなるとますます食べたくなってくるぞ……。

『命を頂くのであれば、ちゃんと食べてあげてくださいね』

 うむ、ヌーリエ様のお許しも出た。

 それでは遠慮なく……。

「2人ともちょっと待って」

 イネちゃんが止めを刺そうとしたところで、儀式が終わったのかリリアの声が聞こえてきた。

「……勢い、止まった?」

「うん、多分ここの魔力に当てられて、子供が危険だと思ったんだと思う……」

 そう言ってリリアはモグラに近づくと。

「ごめんね、でもこれはあなたたちにも必要なことだから……危険はないんだよ」

「きゅぅ……きゅきゅ」

 リリアの諭すような言葉に、モグラは申し訳なさそうな鳴き声でリリアに大人しく頭を撫でられている……ってリリアが思いっきり治癒魔法を使ってるんだけど大丈夫なんだろうか。

「2人もいいよね、モグラ料理なら家畜として飼育されているのがいるから、そっちで、ね」

 むぅ……リリアのこの上目遣いは卑怯だ。

 ロロさんもイネちゃんと同じみたいで既に盾を元に戻してしまって……って胸につけるのはわかるけれどお尻につけるのはなんでなんですかね、ダブルシールドだから扱いにくいとイネちゃんは思うのだけれど、お尻のところだと動きにくくならないのかな。

「きゅ、きゅきゅー」

「え、うん……前に住んでた場所が騒がしくなって移住してきたけれど、木の根っこがなかったから食べるものがなかったから子供の為に食べ物を探していたときに強い魔力の高まりを感じて危険を感じて突撃してしまったと。そっか、モグラは地上には出られないから、皆気づいては居ても食べ物を分けてあげることはできなかったんだね」

 ナチュラルに会話してらっしゃる。

「これならちゃんと和解できそうだね。って2人ともどうしたの、そんな顔して」

「モグラと、会話……」

「え、皆わからないの!?」

「普通はわからないからね?」

「えー!?」

 まぁうん、ヌーリエ神官なら割とベターな能力なのかもしれないけれど、勇者であるイネちゃんでもわからないという段階で多くの人のほうが動物と会話できないと思うのだ。

「ところで儀式はちゃんと終わったの?」

「うん、2人のおかげだよ。この子が興奮して突進してきていたら流石に最後までできなかっただろうし……と、上に戻ろうか2人とも、とりあえずこの子にあげる食べ物とかもレスターさんに頼まないとだし」

 神官長さん、レスターって名前だったんだ……。

 ってちょっとまって、上に戻るのはいいけれど今のリリアって……。

「リリア!服!服!」

「あ、忘れてた……このままじゃダメ?」

「ダメ!」

 もうまったくこのお嬢様は……でもまぁこういうところでイネちゃんたちが対応すればいいだけだしね、そういうわけなのでリリアの服をイネちゃんが回収して後を追いかける。

「ロロ、この子、見てるね」

「きゅーん」

 ロロさんはモグラを見ていると言って残った……というか本当このモグラ、6mはあるのにかわいい鳴き声出すなぁ。

「はい、リリア服」

「ありがと……」

 今のありがとにはあまり嬉しさを感じない……久しぶりの全裸でちょっと変なテンションにでもなっているのだろうか。一緒に度に出てから一度も公の場……と行っても閉じた空間ではあるけれど、お風呂とおふとんの中以外ではリリアの全裸は見てなかったからねぇ、いやまぁそれが普通なんだけどさ、開拓町とシックに居たときはちょくちょく騒ぎになってたから、印象としてはリリアは裸族と刷り込まれてたからなぁ。

「そういえばモグラってどういう生態してるんだろ、木の根っことかを食べるのはいいけれど、なんであの場所を目指したのか、習性があったりするのかな」

 魔力を感知するとはちらっと聞いたけれど、それが危険察知の技能なのか、自分の位置や障害物を探知するためのものかはわからないからね、お肉も美味しいらしいし興味が出てきてしまったのだ。

「いや、魔力に警戒するって感じだから習性とは違うんじゃないかな。髭に当たる空気で周囲の状況を把握して、鼻で食べ物を見つける……じゃなかったっけかな。爪は本来外敵との戦闘じゃなく、穴を掘るための道具だからね」

「ふぅむ、でも確かにさっきは気が動転していたにしても爪を使ってこなかったもんね、普段戦いには使わないっていうのはなんとなくわかる」

 まぁあの巨体なら体当たりだけで大抵の生物なら昏倒するか、即死するからね、爪を使うのは完全に生活の為に進化したってことなのかな。

 岩盤を砕くことに特化した爪かぁ……イネちゃん、引っかかれなくてよかったよ、本当。

「それとよほどじゃなきゃ家族が離れることはないんだよね、だから子供の数も少なくってさ。家畜化した後でもそこの問題であまり数は増えないみたいなんだよねぇ、お肉も美味しいし、爪も加工すれば色々使えるからって一時期乱獲された歴史もあるからね」

「むしろそれで絶滅はしてなかったんだね」

「うん、個体数が危険なところでその時の勇者がモグラ保護を訴えながら各地を回ったんだって、貴族とは衝突したみたいだけれど、家畜として数を増やすことでお互いが妥協したんだっけか」

 あぁなるほど、それはその勇者さんの勝ちだなぁ。

 家畜化することで数を増やすことができるからね、しかも資本力のある貴族を巻き込んでそれをやったわけだから安定させることもできただろうしね、貴族だって全部食べてモグラが食べられなくなる事態は避けたいという気持ちを強く持つようになるだろうから、個体数を安定して増やすことができる、っていうのは地球で牛さんや豚さんで証明されてるしね。

 まぁその勇者さんがそのことを知っていたとは思えないけれど、結果的にそれと同じことをやってモグラを救ったわけだからね、すごい人だと思う。

「体の大きさに対して食欲はそれほどでもないから、急いで戻ってこないとね」

 このあと、めちゃくちゃモグラとその子供でもふもふした。

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