第230話 イネちゃんと次の町へ

「忘れ物はないよね、ちゃんと食べ物も積んだし……あ、キュミラさんは?」

「ここにいるッスよー」

「あぁすまん、予備の斧を忘れた……と思ったらあった、すまん」

「それ、イネちゃんが積んどいたから。もしかしたらそれで忘れたと勘違いしちゃったかも、ごめんね?」

 ドタバタしつつも最終確認をして、巡礼の旅の定位置に皆がついたところでまだ村に残る人たちや、常駐する人、それに村長さんも見送りに来てくれていた。

 なんというか捕虜の人たちも遠巻きながら見学しているけれど、それを咎めることもなく、それでいて作業を進めている姿を見るあたりはしばらくは大丈夫かなと思わせてくれるね。

 異文化交流を飛ばして一緒に暮らすことになったんだから、これから色々大変なんだろうと思うけれどそれでもしばらくは平和なんだろうなと感じれて、安心して出発することができる。

「んじゃ今度はすぐ会わないことを願って、できればシックで再開と行きたいところやねぇ」

「ムーンラビットさん、それ軽くフラグだから。何か問題が起きちゃうフラグだから」

 ムーンラビットさんがわざわざフラグを立てているのにツッコミながら、イネちゃんはステフお姉ちゃんへと視線を移動させる。

「ステフお姉ちゃん、気をつけてね」

「イネこそね、私のほうはまぁ、おじいちゃんがハッスルしている間は安心だろうし、お姉ちゃんのことは心配しなくていいから、ちゃんと守ってあげなさい」

 うわ、すっごいニヤニヤしてる。

 おじいちゃんはカイルさんと思うから置いておくとしても、このニヤニヤはなんともまぁなんでこうイネちゃんとリリアをくっつけるみたいな流れをすぐに作るのだろうか。

 リリアもイネちゃんもちゃんと異性のほうが好きなんだけどなぁ、好みもなんとなく似てるっぽいのは感じる……っていうかお互いお父さんが好きーって感じで意気投合したというか。

「おい、ロロ!」

 イネちゃんたちがほのぼのとしたやり取りをしているところに村長さんが叫んだ。

 お、ようやく何かアクション起こすのかな。

「……また帰ってこいよ」

 ……いやいやまぁまぁ、疫病神扱いしてた流れを考えればかなり進展したか。

 でもまぁロロさんにとっては急な流れだからちょっとポカーンとしてる。

「……わかった」

 それでもロロさんはそれだけ言って、後ろを向いてしまった。

 寝台車両に一緒に乗ってるイネちゃんにはわかるけど、ロロさんは笑顔になっているから、今はこれでいいのかな。

「リリア、巡礼はまだ続く。くれぐれも気を抜かないように」

「うん、わかってるよ父さん」

 リリアはリリアでタタラさんにハグしそうになるの我慢してるな、体が小刻みに震えてるし。

「あー渡りさんも元気でッスよー」

「きゅみらもげんきー」

「げんきー」

 寝台車両の屋根から何か聞こえてくるけれど、そうか、渡りさんは海の近くだけで内地にはいかないわけか。

 種族にもよるかもだけれど、日本で暮らしてたときだって渡り鳥が内地にってあまり聞いたことがなかったしね、元々陸地で生活する種くらいだっけか。

「おい、名残惜しいのはわかるが、これ以上は作業に支障が出るだろう」

「おっと、父さんごめんね」

「いや、私も少し寂しくなっていたのかもな。ササヤは帰ってくるが、リリアとオオルはそうもいかないからな、久しぶりにあってはしゃいでしまったのかもしれない。ティラー殿も指摘ありがとう」

「えっと、いえ……恐縮です」

 なんだか不思議な雰囲気になったところで、でも確かにティラーさんの言うとおりでもあるのでこの空気のままお話を進めよう。

「じゃあムーンラビットさん、タタラさん、夢魔のお姉さんに村長さん、村の事後処理お願いしますね」

 イネちゃんが強制的に終わらせる感じの流れに持っていくとムーンラビットさんと夢魔のお姉さん以外は首を縦に振る。

「おう、ちゃーんと任されたんよ」

「そうですねぇ、私たちも誠心誠意ちゃーんとこの村の担当を任されますよー」

 こっちはもうニヤニヤした感じの笑みになってる。

 あぁうん、夢魔としての本分もって意味が篭められてるなぁ、絶対。

「うん、じゃあ出発……ってどこに向かうんだっけ」

 そういえばまったくイネちゃん聞いてなかった。

「トータの街、鍛冶の街だよ。今回の村の事件でギルド長さんたちが経由してきたところで、ここから1番近いから。巡礼としてはあまり向いていないけれども、全部が全部村おこしをするのも違うからね」

 言い回し的にちょっとわかりにくかったけど、リリアの説明でなんとなくは理解できた、多分休息地って感じだね。

 長い旅をする場合、治安とかがいい場所で体を休めたりするってルースお父さんから聞いたことがあるんだよね、なんでも軍に入る前に旅をしたことがあって、そうやって旅している時にコーイチお父さんと知り合って付き合いが続いてるんだとか。

 ヌーリエ教会の巡礼の旅もそういう休息地を経由しつつ普段目の届かない場所を回ってカバーするシステム……でいいのかな、地球の方だと巡礼って宣教の目的があったりしたらしいんだけど、大陸のヌーリエ教って宣教する必要がないし、そもそもそういうのをやっていたっていうのをヴェルニアのお屋敷の書庫で本を読んでたときにも目にしたことがないんよね、本当のところどうなんだろ。

「別に他の考えも尊重するってだけだよ、イネ。ほら、出発するからぼーっとしてないで、揺れるからさ」

 おっとまた思考を……って、リリア?

「リリアが思考を読んでるって珍しい……」

「あーうん、それは道中ゆっくりと、ね」

 何か思うことがあったのかな、特に今回はリリアが好きで尊敬している父親のタタラさんが関わったしね、目標がはっきりわかるとそこを目指す道筋が結構見えてくるものだし、リリアの中で何かしらそれがあったんだろうとは思う、思うのだけれど思考を読むのは夢魔のほうの力だからなぁ。

 まぁ後で教えてくれるって言ってるわけだし、今は深く考えなくていいか。

 そう思ったイネちゃんは落ち着いて椅子に腰を下ろす。

 寝台車両の椅子ってかなりふかふかしてて眠たくなるけれど、これってどこかで触った感触なんだよね、どこだっけか。

 イネちゃんが首をひねったところで馬車が大きく揺れた。

「気をつけるんよー」

「いってらっしゃーい」

「ばいばーい」

 ムーンラビットさんと渡りハルピーさんの大きな声が聞こえて来て、窓から見える風景がゆっくりと流れていく。

 まだやり残したことがあるような、そんな後ろ髪を引かれる感覚を感じながらイネちゃんは揺られて村を後にした。

 あぁそういえば今のうちにムーンラビットさんが確保してくれた火薬の質とか確認しておかないと。

 出発前に受け取っていた紙袋を開くと火薬の匂いの他に甘い匂いが寝台車両内に漂った。

「なんだか甘い匂いがするッス!」

「うん、なんで外にいるはずのキュミラさんが最初に気づくのかと思わなくはないけれど、ムーンラビットさんから受け取った袋の中にイネちゃんが頼んだもの以外に何か入ってたみたいでね」

 そう返事をするイネちゃんとしては、この匂いに覚えがあったりする。

「んーこれって焼き菓子か何かかな、小麦と砂糖だと思うんだけど」

 リリアはなんで原材料で言っちゃうかな、イネちゃんちょっと怖い。

「クッキーだね、ジェシカお母さんが得意なお菓子の1つ……って手紙もあったや」

 手がにを広げて中身を確認して見ると内容はこうだった。

『イネへ。たまには顔を見せなさい。地球の母より』

 うわ、すごく短い。

 それに地球の母って凄い表現だなぁ……このユーモア具合はジェシカお母さんで間違いないとは思うけれど、なんでわざわざ手紙なんて……。

「寂しいんじゃないかな、イネのお母さんも」

「寂しい……のかなぁ、確かにイネちゃんとステフお姉ちゃんが家から出てるのはあるけれど、あのお父さんたちがいるんだよ?」

「それでもじゃないかな、子供がいないって親が寂しがるには十分な理由なんじゃないかな」

「そういうものかな」

「まぁうん、私も想像でしかないけどね」

 でもそっか、お父さんたちとはちょくちょく会ってたのもあってそんな感じはなかったけれど、言われてみれば確かにジェシカお母さんとは1度日本でドンパチしたとき以来会ってないのか。

 そう思うとイネちゃんもちょっとノスタルジーというか、寂しくなってくる。

 ステフお姉ちゃんとさっきまで一緒だったから余計にって感じだなぁ、久しぶりに家に居たときの感覚の時が結構あったからそう感じるのかも。

「なんというか人種って家族を大事にするんッスよねぇ、ハルピーでも私の種族ってあまりそういう感覚が無いから不思議ではあるんッスけど、いいものだったりするんッスか」

「まぁキュミラさんは猛禽類だし……」

「空を翔る孤高の種族ッスよ!……まぁハルピー同士なら意思の疎通が楽なんであまりぼっちって感覚はないッスけど」

 それは常に一緒にいる感覚だから麻痺しているだけでは。

 そう思いつつもクッキーを1枚口に運ぶのであった。

 次はトータの街……事件とか起きないといいなぁ。

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