第229話 イネちゃんと引き継ぎと準備
ムーンラビットさんが反撃会議と称した会合から1週間後、プライドの高そうな指揮官っぽい人たちから強制送還を初めて淡々と送還作業……まぁ作業でいいか、進めていたのだけれど、予想された反発が想定より強かったため当初の予定から遅れていた。
まぁそれはそれとしてイネちゃんはリリアと一緒に出発準備を整えているのであった。
「でも本当にいいのかな、まだドタバタしてるのに……」
当然リリアはまだ村が大変な状況なのに出発することに対して後ろめたさを感じている。
「タタラさんも生活基盤が整ったし、教会の整備が終わったからって戻ったじゃない」
「父さんは開拓町の責任者だから……」
「うーん、それを言ったらリリアだってこの村の責任者じゃないからいいんじゃないかな」
ちなみにこの村の教会責任者は、リリアのことをお孫様って呼んでいたあの夢魔のお姉さん。
帰化した人たちを労働力として食堂や鍛冶屋をしてもらうことになったらしく、その管理も含めて教会が思考を読むことができる人を選出したらしい。らしいけれど、それを説明したときのムーンラビットさんの表情はかなりニヤニヤしたものだったから、多分えっちぃことも含めてるよね、絶対。
まぁ残った人たちも性欲はあるから、処理できる場所は必要なんだろうというのはわかるけれど……感情の部分でちょっと拒否しちゃうよね、やっぱり。
「うー……でもなんか納得しきれないというか」
「リリア、まだ……悩んでる?」
リリアが唸っているとロロさんが心配そうに覗き込む。
「悩んでる……悩んでるのか、だって最初にこの村で対応したのってイネと私だから……」
リリアはそこまで口にしたところで止まる。
この村がロロさんの故郷だというのを思い出したのだろう、一緒に出発準備をしているロロさんのことを思って言葉を詰まらせたんだね。
「ロロは、大丈夫。まだ、ここに帰ってくるのは、早い、から」
「早い?」
イネちゃんのつい口から出た言葉にロロさんは首を縦に振ってから。
「まだ、ゴブリンの駆除、できてない。それに……」
寝台車両の窓から村長さんを見たロロさんは続ける。
「ロロ、嫌われてるから」
ロロさんがそう口にしたのとぼほ同時にリリアがギュッとロロさんを抱きしめた。
「そんなことない、ロロちゃんのことが好きだって人もたくさんいるから……」
「……うん」
うーむ、ロロさんも結構深いPTSDってるなぁ。
こればかりはイネちゃんたち第3者口を挟んでも解決しないだろうから、イネちゃんからロロさんに言うことは特にないけれど……。
「うん、イネちゃんはちょっと最終確認で出てくるよ」
「あ、うん。行ってらっしゃい。じゃあロロちゃん、私の準備手伝ってもらっていいかな」
イネちゃんは2人が作業を再開するのを見てから寝台車両を出て、集会場で作業をしているティラーさんとキュミラさんの方へと向かう……前にちょっとだけ。
「ねぇ、ちょっといいかな」
ちょうど道中で作業をしていた村長さんに話しかける。
直接ロロさんに言っても解決は絶対しないからね、こっち側に介入する分には特に問題はないのだ。ちょうど夢魔のお姉さんもいるしフォローも期待できるからね。
「なんですか、えっと……勇者、様?」
なんで濁したのかと疑問を口にしそうになりつつも今はそれじゃない。
「ロロさんのこと、どう思ってるの」
「は、それが一体……」
「いいから答えて」
正直お節介とも思うし、場合によっては悪いほうに傾くかもとも思う。
でもイネちゃんとしてはここをはっきりさせておきたいと思ったし、時間に任せるにしてもロロさんもあの感じだから永久に解決しない気がしたからね、うん。
「別になんとも思って……」
じー。
「いや本当に……」
じー。
「…………」
じー。
「わかった、わかったからその目をやめてくれ!」
「うん、じゃあどうぞ」
「あいつと俺は幼馴染でな、俺はあの時あいつを助けてやれなかった、許してもらえないだろうし優しくされる資格なんてないんだよ……」
「……あぁなる程そういう構図なんだね、ちょっと安心した」
「え、いやちょっと安心って何が……」
「もっとお互いを信じてみればいいのにねってお話。じゃあイネちゃんは準備があるからもう行くね、ありがと」
「え、何が!?」
さぁてイネちゃんのモヤモヤは解決したし、ティラーさんとキュミラさんにそろそろ出発だって伝えないとね。
村長さんには夢魔のお姉さんに説明してもらうとして、まったく村長さんもロロさんもどっちも自分が悪いって感じで距離を取ろうとしてるんだもんなぁ、不器用なのも困りものだよね、ステフお姉ちゃんの持ってたラブコメ漫画レベルの鈍感さだよ。
ともあれイネちゃんのほうの準備はまだ結構あるんだよね、整備要項と素材の厳選とかは済ませてあるんだけれど、紙に起こすのが遅れちゃってムーンラビットさんと詰める作業をしながら完成させないといけないんだよね。
「ムーンラビットさんお待たせ、一応詰める前のやつはまとめておいたけど」
集会場に入るなりムーンラビットさんを呼ぶ。
集会場のいつものテーブル周辺にムーンラビットさんだけじゃなく、ステフお姉ちゃんとタタラさん、それに冒険者の人たちが集まっていた。
「お、出発前に間に合ってくれたんか」
「いや間に合わせるって、でも皆集まってどうしたの?」
「あぁ誰が残るかってな。俺たちとしてはロロが1番だと思ってたんだが、あいつは絶対残らないって聞かなくてな……ってそれは勇者も知ってるか」
トーリスさんが丁寧に答えてくれた。
「うん、でも他に来てくれる人はいなかったの?」
「他の奴でもいいとは思うが異世界の連中への抑止効果がないといけないからな」
「そういうことならわしが適任ということになってのぉ、相棒がいるだけで抑止になるから楽でええわい」
なる程、下手な実力だと舐められて変な気を起こす可能性があるってことか。
実際のところ教会に常駐する夢魔のお姉さんたちで対応できるんだろうけれど、1番最初に対応するのはギルドだもんね。
「んじゃイネ嬢ちゃん、とりあえず紙を見せてもらってええかな」
「うん、これだけど細かい技術回りはイネちゃんだとちょっとわからないからさ」
「あーうん、イネ嬢ちゃんはあの子の力でやれちゃうかんな、そのへんは私もすっかり失念しとった」
「あぁそれなら私たちが残って調整しますよ、ねぇ教授?」
イネちゃんとムーンラビットさんが少しトーン低めで会話するとステフお姉ちゃんがあっけらかんとして会話に混ざってきた。
「え、大陸だけじゃなく別の異世界のことも聞き取りしていいのかい!?」
「えぇまぁ、その対価として生活インフラと維持のための技術提供ってことでいいですよね」
「もちろんだよ!むしろ大学だけじゃなく国にも予算要請しておこうかな!かなり貴重な情報が色々聞けそうな気がするからね!」
なんだかすごくテンションの高い人だなぁ。
教授って言っても研究者とかそっちの気質が強くて、自分の研究内容が更新されていくのが楽しいんだろうか、イネちゃんそのへんよくわからないや。
「ふむ、私としては思いがけない感じでええんやけど、そうなると日本の人間に合わせた宿舎とか……」
「あぁ別にいいですいいです、教授って研究にのめり込むとそのへんの土の上でも寝出すんで。私たち用に寝袋でも頂けたらとは思いますが……」
「教会かここを使えばいいだろう、雨風を防げるというのは大事だからな」
教授さんがテンション上がって会話できないからって何故かステフお姉ちゃんがムーンラビットさんとタタラさんの2人とお話を進めている……。
他の人たちはステフお姉ちゃんの言ったことに首を縦に降ってるし、研究員代表みたいな感じなのかな。
「あれ、ということはイネちゃんってもう用事終わった?」
「まぁ、大事なところは一応終わったからねぇ。他に準備があるなら手伝うんよ」
本当に終わってしまったようだ。
となると後は弾薬の補充……と言っても勇者の力が随分馴染んだおかげか、真鍮の薬莢も力で生成できるし、弾頭に至ってはやろうと思えばウランとかで作れちゃうから正直なところ確保しなくて良くなっちゃってるんだよね。
力に頼らず体力温存という観点で考えれば一応利点だけれど、弾薬も結構お高いからね、特に今回結構発砲したし。
『いや他にお金を使うことも殆どないし、弾の確保しとけば?他は火薬とかさ』
イーアに突っ込まれてしまった。
あぁでも確かに火薬とか、焼夷系に使う燃焼ジェルは作れないから結局買わないといけないのか……いや火薬は作ろうと思えば作れるけど、地球で確保できる純度の高い奴は今のイネちゃんだとかなり集中しないと多分難しいからどのみち買ったほうが無難かな。
「じゃああっちの世界……日本の方の物資をお買い物したいんですけど、この村のギルドってまだその整備ってできてませんかね」
「んー確かにそれは後回しにしていたねぇ、すまない。勇者殿が日本の武器を用いていたというのを失念していたよ」
ちょっと上層部失念しすぎじゃないですかね。
「それは教会のほうで変わりにやっておくんよ。条約上はギルドでってしてるが、教会でやっちゃいけないとも決めてないかんな」
「ムーンラビットさん、それ絶対わかった上で決めてたよね」
「そろそろ日本の傭兵も少人数だが受け入れる流れになってきてるかんな、異世界の連中が日本で暴れたっていうんで少しでも情報を確保するためっていうことらしいが……それなら報道で良くないんかとは私は言ってやったが、恣意的な報道される可能性が極めて高いからって返されたわ」
「関係ないお話に流さないで!そしてそのお話が割と危ないから!」
お父さんたちからマスコミだけは気をつけろ、大陸で起きたことなら確認しようがないからないことないこと書かれるぞって散々脅されたからね、イネちゃんは流石にそこまでひどくはないとは思うし、ただの脅し文句だとは思っているけれど流石に色々危ないってことはわかる。
「ハッハッハ、まぁ冗談はこの辺にして、今後この村みたいにギルドがないとか、ヴェルニアみたいに教会がないなんてこともあるかんな、そのへんは臨機応変で対応しますよーって合意してるから大丈夫よ。ちゃーんとそこまで話し合わないと受け入れとかできんしな」
笑うムーンラビットさんを見ながらもイネちゃんはため息を1つ出してから、必要な物資を紙に書きおこしていく。
最初の予定はすんなり終わったのに、予定外のところでからかわれてしまった。
でもまぁ、皆が笑顔になってるし、これはこれで平和っぽくていいよね。
そう思いつつ、イネちゃんは出立できる準備を終わらせるのであった。
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