第228話 イネちゃんと反撃会議
捕虜の人たちが寝泊りできる場所を作ってから数日、捕虜の人たちの反抗心がだいぶ薄まったのを確認したムーンラビットさんの指示で村の人たちも戻ってきて、一気に復興……というか完全に開拓……でもなく都市開発と言ったほうがいい感じの発展と整備が完了と言ってもいいくらいに進んだところで、主だった人たちが集会場に集められた。
「えー今日、集まってもらったのはそろそろ村の復興も終わりつつあるんで反撃するかどうかの会議を行いたいと思いまーす」
まぁムーンラビットさんがいつもの唐突で会議が始まったのだけれど……反撃?
「義母上、反撃と言ってもよくわからないのだが……」
「そうだよ婆ちゃん、そもそも異世界に反撃ってどうするの?それにしたところで民間人が不幸になるだけなんじゃないの」
即効で身内から疑問の言葉が投げかけられた。
「そう言うのは予想してたんよ、まぁ言葉選びとして最終的にってことやし、当面はあちらさんとの行き来を安定させるってことよ。流石に3万の捕虜を抱えたままっていうのもなんだしねぇ」
「それは反撃というよりものしつけて返すというんじゃ」
捕虜の返還のためってことでいいのかな、そういう意味なら理解できる。
「ハッハッハ、イネ嬢ちゃん面白い表現するなぁ。のしを付けるだけじゃなく食文化をこちらで慣れさしたんで、あっちに強制的に返還したら面白いことになりそうやろ?」
「あぁうん、下手したら3万がそのまま暴徒になるね」
最初の2・3日は質素と言うにふさわしい食事だったけれど、それすら捕虜の人たちからは好評だったからなぁ、その上で水の確保とタタラさんの魔法で収穫した作物のおかげでどんどん豪勢になって行った食事に、捕虜の人たちがむしろ困惑してたからね、うん。
必ず食欲が満たされる健康的な食事のおかげで、随分と捕虜の人たちはこっちに協力的になったからね、しれっとタタラさんが用意していたイ草で畳まで作って睡眠の質まで上げられて……元の生活に戻りたくないとぼやく人までいたからね、帰化するかどうか最初に聞いて以降ムーンラビットさんは心変わりしたかどうかを聞いていなかったのは今切り出したお話のためだったのか。
「とりあえず最初に帰化を申し出た連中は送り返す気はないが、あの時に意思表明をしなかった連中には悪いがあちらに帰ってもらう予定よ。というかそもそも家族がーと漏らしてた連中もおるからな、こっちとしては帰還させる前提で動くことに反対のやつはおるか?」
イネちゃんの考えたとおりの説明をしたムーンラビットさんが集会場に集まった人たちに聞くと、その大半は首を縦に振った。
首を縦に振らなかったのは……。
「残す連中はやはりこの村に残すのか?」
この村の村長に就任したあの代表者っぽい感じの役割をしていたお兄さん。
「そこは当人同士の話し合いもあるな、ただ1つ言えることはその通路はシックには作れん。ここは第1候補で、第2以降は村近辺か……」
「開拓町の傍、既に繋がっている異世界とのゲートの傍になる予定だ。しかしあそこは……」
「あちらさんとの折半があってな、こちらの一存じゃ決められないんよ。なにせあちらから破れかぶれで全軍突撃された場合間違いなくあちらの世界にも影響を及ぼすことになるかんな」
「ちょっと待て、それではこの村にまた……」
「そこは安心してくれ村長君。この周辺のギルドはトナが1番大きかったんだが……この村に新設したギルドを地域の中心にすることに決定したからな。そこそこ上位の傭兵や冒険者が常駐することになる。村にゲートを作る場合はギルドの真横、近辺の場合は教会を挟む形になる予定だからね!」
「……つまり村が直接襲われるのは」
「教会かギルドが潰されない限りないってことよ。そのためにシックほどではないにしろ結界を教会とギルドを結ぶ形で張るかんな」
なんだか一気に会話が進んだけれど、概ね村長さんの質問と皆の回答で全部説明できてしまった感じがするのはイネちゃんだけなのだろうか。
「えっと、でも行き来できるようにするって言ってもどうするの?あっちの転送装置を利用するってことでいいのかな?」
この前ヨシュアさんたちが確保したって聞いた記憶があるから、イネちゃんとしてはそう発送せざるを得ないというか、それ以外に思い浮かばないというか。
「いや、転送方式とかを調べた。3万人もいたからちょっと時間がかかったって感じやね。あちらさんは奇跡だとか言ってたが、立派に術式やったからな、大陸でも再現可能よー」
「あぁこっちで作れるんだ……」
「まぁちょっとアレンジして場所は固定にして安定させるけどな。そのためにココロとヒヒノにはずっと確保しておいてくれるようには頼んであるしな。あっちの都合もあるみたいやけど、修道会の連中は絶好の機会だとかで頼んでもいないのに手伝ってくれてるようやし大丈夫やろ」
なんとも曖昧で不確実な感じがするけれど、現時点で異世界に干渉できる手段がそれしかないから仕方ないのか。
「それで問題ないのならイネちゃんは特にない……あぁでも民間人を巻き込んじゃわないかな、修道会の人は協力してくれてるって言っても異世界の価値観で動いてるわけだし」
万が一村の人たちが害されるようなことになったら大変だもんね、人道の概念がないっぽいし結構重要なことな気がする。
「人道を説いた結果帝国から積極的ではないにしろ結構関係は冷め切ってるらしいかんなぁ、ココロたちの報告を聞いてる感じでは信じてもいいとは私は思ってるんよ」
とムーンラビットさんは言っていますがヌーリエ様、どうなのでしょう。
『日本の方々に近い考え方はできると思います……けど少々独善的なところがなくもないので、その辺に注意すればいいと思いますよ』
うん、返答がないかもと思いつつ聞いてみたけれどノータイムで答えてくれた。
「あの子から今聞いたっぽいな、まぁそういうことよ」
ムーンラビットさんもナチュラルに思考を読んでるし、イネちゃん声を発しなくてもいいんじゃないかなとか思っちゃうね、他の人には伝わらないからちゃんとお話するけど。
「義母上、それではゲートを作った後は順次捕虜を帰還させるということで良いのですか」
「その通りよーさすが義息子。ただ帰化希望が300人ほど居たんで、村がその300人のうち村にとどめてもいい選出はして欲しいくらいやな、ギルド側の常駐予定の連中もまだ選出できてないんで急がなくてええが、できるだけ速いに越したことはないんよ。3万を帰還させるのに1週間くらいかかるやろうしな」
「おっと、期限を切られてしまったねぇ。こっちの選出は少々手間取ってるから厳しい厳しい」
大きな組織の長……は1人だけだけど幹部クラスの人たちは割と気楽に構えてるみたいで笑顔でお話を進めているけれど、さっきから言葉を全くと言って発しない村長さんが青い顔になってるのをイネちゃんは見逃さなかった。
まぁ避難中に村長になったただの青年会代表だったわけで、急にそんなことを言われても困るのは当然か。
「それは俺がやらないといけないんですよね……」
「村長っていうのは責任者やからな、できればやって欲しいが、無理なら無理で他に任せてもええんよ」
村長さんの呟きのような言葉にムーンラビットさんは優しい口調でそう言った。
うん、口調は優しいけれど責任放棄する責任者って自分で思うことになっちゃう酷い文章だ!ムーンラビットさんとギルド長さんは間違いなく責めることはしないだろうから余計にだね!
「……女性や子供にやらせるわけにはいきませんから、恨まれ役はやりますよ」
「別に恨まれる必要はないけどな、ようはやり方、伝え方よ。実際今回に関してはうちらに責任押し付ければええねん。最初っから最後まで今回の件の対処に当たったのはヌーリエ教会なんやからな」
「そもそも帰化するかどうか聞いたのも夢魔の人たちだからね、そこは村長さんが気負う必要はまったくないとイネちゃんは思うな」
まぁそれでも感情を真っ先に向けられるのは確かに村長さんなんだろうけど、最終決着を考えればヌーリエ教会に行かないと不可能だからね、そのへんのことをちゃんと理解してくれればいいんだけど……。
「んじゃイネ嬢ちゃん、リリアはもうちょいここの復興を手伝ったら巡礼再開なんで、宿舎とかの最終点検と今後の整備要項をお姉ちゃんとまとめておいてくれな」
「……ん、反撃回りでイネちゃんが必要って言うと思ってたんだけど」
「まぁ居た方が私らは楽できるんやけど、それ以上に巡礼で各地回っていてくれた方が何か起きた時いちいち軍を派遣する前に対処してくれる可能性が高いかんな。それにイネ嬢ちゃんはヌーリエ教会所属じゃないし無理は言えん。なんで関わってる今回の件とリリアの巡礼護衛をお願いしたんやけど、ドンパチのほうがよかったんか?」
「あぁいや平和なほうがいいけど……」
「まぁ結局のところリリアの巡礼再開でそっちやからな、最初からイネ嬢ちゃんに頼らない編成してたってだけよ」
あぁそういう。
となればイネちゃんはあまり深く考えないでいいのかな、必要ならムーンラビットさんやギルドのほうから言ってくる流れだろうし、その時になったら呼び出されるんだろうとは思うけれど今はそれほどの事案じゃないんだね。
「というわけで私らの反撃は捕虜に飯の味を覚えさして返還する。これで行くからなー……まぁもう味を覚えて送り返すのが1番大変やろうけどな」
ムーンラビットさんは笑いながらそう言ったけれど、実際大変だったのは言うまでもない。
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