第226話 イネちゃんと水問題
高菜おにぎりを嬉し泣きしながら食べる男の人たちを見つつ、イネちゃんはティラーさんと今後の方針を話し合っていた。
「というわけで水回りとかの配線がちょっとわからなくって、一応後からでもできるように多少は整備してるけれど……」
イネちゃんが紙に今まで掘った穴を図面に起こしながら説明していく。
「困ったな、俺もそういった方面にはまるでわからん。1度集会場まで戻ってヌーリエ教会の誰かに聞いたほうがいいかもしれんな」
ここで困ったことにティラーさんも流石に水回りの配線とかがわからない模様、まぁ基本的には井戸だし、日本のような水回り確保している建物のほうが少なくて当然なのでティラーさんを責める気はこれっぽっちもない。
むしろイネちゃんのほうが知れる環境にいたのにわからないんだから、責められるとしたら間違いなくイネちゃんだしね、日本でも特殊技能というか知識だけどさ。
「ちょうど昼ごはんが終わった頃合を見計らったのだが……何か問題が起きたのか」
2人でうーんと頭をひねっているところにお腹の底に響くような低い声が聞こえてきた。
「私でも扉をくぐるとき屈まないでいいのは凄いな、かなり大きな施設のようだが……何が問題になっているのか教えてもらって構わないか」
「あぁタタラさん、ちょうどよかった。この規模の建物となると水源が井戸だけというのは不安になってな」
「あっちの世界みたいに水道管を通してとかしたかったんだけど、そういう技術とかどうなのかなって」
「なる程、確かにそれは民間人で知るものは少なくとも大陸にはいないな。教会でも一部でしか使われていない、シックの大聖堂がその一部にも当たるから、私でも多少は役に立てるとは思うぞ」
……シックって上水道あったんだ。
そういえばステフお姉ちゃん、まだシックにいるのかな。
ステフお姉ちゃんのことだから退屈はしてないと思うけれど、イネちゃんが結構色々と事件に巻き込まれてるせいか随分会っていない気がしてくる。
と、今はステフお姉ちゃんのことじゃなく、ここの水回りのことだった。
「それじゃあちょっとこれを見てもらってもいいですか、今までの間にイネちゃんが作った間取りなんですけど……」
イネちゃんがそう言うと、さっきティラーさんに説明するために描いた間取りをタタラさんは覗き込む形で凝視する。
「ふむ……結構壁に空洞を作っているのだな、これならばかなり楽に作れるかもしれん。しかし問題がないわけではないが」
「問題?」
「ポンプだな、シックでは義母上の知識と駆動付与を使って川から汲み上げているのだが、ここでは最も近くにある巨大な水源は海になってしまう。地下水もあるだろうが流石に汲み上げるだけの量があるかどうか……」
汲み上げ装置に水源……しまった、かなり根本的な問題じゃないか。
日本なら海水浄化技術もあるし、何より電気を使ってポンプを稼働できるから問題にはあまりならないけれど、大陸だと電気を使わずに使えるポンプを用意しなきゃいけないのか。
水源に関しても……。
イネちゃんがそう思ったところで。
『お水は山が蓄えてはいますが……確かに常用するほどの量はありませんね』
「それって3万人分がってことかな」
『はい、この辺りの雨量を鑑みても賄えるのは2万人ほどかと。雪になってくれればまた違うのですが……』
あぁ雪解け水が水源ってよく聞くよね、天然水とかってそういうのだっけ。
ともあれ現時点だとこの村近辺で3万人の喉を潤せられるだけの水の確保が難しいってことだよね、井戸を新しく掘ったところで地下水は増えないからなぁ。
今急場しのぎでやってる感じのトナのほうから浄化された海水を運んでもらうのも……。
「って、あ……できるんじゃないかな。ほら、トナは海水浄化して飲んでるし」
ちなみに浄水じゃなくて浄化なのは、浄化魔法を付与したろ過装置を通していたからだよ、一回見ただけだけどね。
イネちゃんがこれしかないって感じにいい笑顔で言うと、タタラさんだけでなくティラーさんも難しい顔をした。
「うーん……確かにあれをここで作れればいいんだろうがなぁ」
「イネちゃん、あれは汲み上げる力自体はそれほどないのだ、トナは港町だがここは海と面しているわけではないからな、どうしても余分な設備が必要に……」
タタラさんが説明の途中で止まる、考え込む感じだけれどどうしたんだろ。
「いや、イネちゃん。あちらの世界のポンプはどのようなものなのだ?」
「電気っていうエネルギーを使って動力を動かしてるんだけど……」
「電気……?海水となるとそのようなエネルギーは不安定になると思うのだが、他にはないのか?」
む、確かに言われてみれば……でもイネちゃんそれ以外だとあまり思いつかないんだけれど……。
「お困りのようだね、Myシスター!」
そこに聞き覚えのある声が聞こえてきた。
「海水汲み上げなら一応知識はあるよ、異世界を調べようと決めたときに万が一必要になるかもと思って水関係や発火装置、発電法は雑学として調べておいたからね」
イネちゃんたちが反応する前にステフお姉ちゃんが勢いよく話して近づいてきて。
「あ、これもらうね。お昼ご飯にしようとしたところにムーンラビットさんに無理やり連れてこられたからお腹すいちゃって……ってうんま!」
高菜おにぎりを頬張るステフお姉ちゃんに、イネちゃんはまずこの疑問をぶつける。
「……なんでここにいるの?」
「いやだからムーンラビットさんに連れてこられたんだよ、知識が必要になるだろうって言われてね。っていうかシックに負けず劣らず人が多いねぇ」
あ、これ本当に何も知らない状態で連れてこられてる。
「私は異世界学が中心だけれど、地球の生活技術にもある程度明るいからねぇ、特にこの世界『大陸』に関しては私たちみたいな研究者を受け入れてくれるし、必要なら施設建造も認めてくれるから……って今それは関係ないか、ともあれ研究に必要になると思ったからポンプとかの構造は知ってるし、なんだったら大学の予算で既製品も買えると思うよ。……ところでこのおにぎり、おかわりない?」
「おかわりなら作ってくるが……この村は海から3クロリールほど離れているが大丈夫なのか」
「あぁうん大丈夫大丈夫、3kmくらいならそれ相応の水道管も必要になるけれど、大陸の技術ならむしろ余裕になる範疇だし、1度汲み上げた海水をプールしておいて、村に送るときに浄化装置を通せば問題ないでしょ」
イネちゃんたちが悩んでいた内容をご飯中の雑談レベルで解決してしまった、ステフお姉ちゃんやっぱ凄いなぁ。
「そういえばステフお姉ちゃんずっと1人だったの?」
「そんな訳ないよーもしかしてイネ、お姉ちゃんのこと心配してくれたの?」
「そりゃするよ、でも1人じゃないってもしかして……」
「あぁお父さんじゃないよ、大学の研究室の人たち。私が大陸に直接行くってのが伝わって教授が嫉妬しちゃったみたいでね、私を伝手としてシックまで来ちゃったんだよ。ちなみに皆この村に来てる、うるさいから置いてきたけど」
だから大学の予算とか言ったのかな……まぁ海水を調べるってのは結構大切そうだし、普通に予算降りるのかな。
「それじゃあそのへんの設備周りは集会場?だっけ、そこにいる教授と相談してくださいね……って今改めて見渡してみたらここ凄い場所だね、自然洞窟?」
「イネちゃんが掘ったんだよ」
ステフお姉ちゃんの疑問に答えてあげると、ステフお姉ちゃんが目をパチパチさせてイネちゃんを見つめてくる。
「またまたー、この大量の人たちが掘ったんでしょー」
「いやそれだとここまで研磨されてるのが説明できないからね」
全体的に明るくなるように壁や天井はイネちゃんが休憩に使っていた抗菌タイルで発色自体はそれほどでもないけれど、長持ちするように色々コーティングしてあるし、何より補修するときは大陸の技術で治せるようにしてある。
鏡面研磨もしてあるけれど、その手間と張替え時の高さが問題になるだけだと思うし、特別問題はないと思うのだけれど。
「え、マジ?」
「ステフお姉ちゃんに嘘を言う理由がないよ……ってあぁそうか、ステフお姉ちゃんはイネちゃんが勇者になったの知らないんだった」
「は、勇者?イネ大丈夫?ゲームとかじゃない……って大陸にはそういうシステムがあったんだっけ……ってイネがそれに選ばれたってこと!?」
驚くよね、うん。
「でもその勇者の力ってやつでイネが1人でこれだけの穴を掘るって……一体どういう力なのよ、お姉ちゃんに教えなさい」
ステフお姉ちゃんは驚いた直後にこのからかう感じの問い詰めをしてくる、多分お父さんたちやジェシカお母さんでも同じことになったと思うけれど、だから皆のことが好きなんだよね。
「話を戻していいか、とりあえず水問題は解決できるということでよくなったが、他の問題も残っているからな」
ステフお姉ちゃんがイネちゃんに抱きつこうとしたところでタタラさんが流れを止めた。
「おっとそうだった。それで生活インフラ周りの知識が必要なのはわかったけれど、私に聞きたいことがまだあるのかね」
ステフお姉ちゃんは偉そうにしながらメガネもかけていないのにメガネをクイッってやるようなジェスチャーをして、今後の会議を再開させたのだった。
……捕虜の人たちがおいてけぼりだけど、逃げる兆候もないし休憩時間を満喫しているみたいだからもうちょっと、時間がかかるのは問題ないか。
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