第225話 イネちゃんと高菜おにぎり

 イネちゃんが1人で黙々と作業を進めていると、大勢だとわかる感じの揃った足音が聞こえてきた。

「ぜんいーん、止まれ!」

 ザッザッ、と音が鳴ってから再び静かになる。

「ここが俺たちの収監施設になるらしい、快適に過ごしたければお前ら手を抜くんじゃないぞ!」

 その号令とも取れる言葉に合わせて地鳴りのような声が聞こえてきた。

 ……もしかして捕虜の人が結構来ちゃったとかそんなのかな、イネちゃんの頭の中にある構図だとまだ3分の1って感じなのだけれど、連れてきちゃったのか。

「いやあんたらはまずこっちを手伝ってもらうんだからな!俺は専門じゃないから、石工技術のある奴がいたら細かい部分を頼む!」

 あぁよかった、ティラーさんの方を手伝うことになってたのね、イネちゃんの方だとまだ全然準備できてないからこっちに来たら困っちゃう。

 岩肌をなめらかにするのも掘るときにイネちゃんがついでにやってるんだよね、そっちのほうが後々楽になるし、見栄えもいいからなんだけど、何より清潔感って大切だよねと思ってイネちゃんの休憩する場所は結構な抗菌仕様になってて贅沢しちゃってたりするからね、バレたら絶対からかわれるネタにされちゃう。

 ともあれ結構な人数が来たみたいだし、家具のほうもすぐに解決しちゃうだろうからささやかなイネちゃんの贅沢の痕跡は消しておこう……。

「おーい、イネちゃーん。そっちで何かやって欲しい作業とかあるかー」

 うわっと、ティラーさん急に呼ばないで欲しいかな!いや流れ的にその可能性を想定していなかったイネちゃんが悪いのか。

「特にないよー、必要になるのは内装と扉とかの立て付けくらいだしー」

 とりあえずイネちゃんもティラーさんに返事をしてから慌てて作業を再開する。

 箱を作り終えておかないとそのへんできないし、大丈夫だとは思うのだけどいつきてもおかしくないと思っておかないとね。

 そして焦るイネちゃんはすぐに問題に突き当たる。

 抗菌仕様の休憩場所を他と同じ感じに直して、いくつか部屋と窓になる部分を組み立てたところで1つの事実に気づいた。

「あ、水回りどうしよう」

 イネちゃん、水回り関係の構造を理解していなかったのだ。

 ステフお姉ちゃんの学園祭に参加したとは言ってもこういう設備周りとか見る機会なんてなかったのだから当然と言えば当然なのだけれど、この手の大規模施設の場合かなり重要になるんじゃないのかと思うわけで……。

 建築の基本とかそんなの勉強しなかったしなぁ、機会もなかったわけだけどそういった雑学というか知識って思わぬところで必要になってきたりするんだね、イネちゃん1つ賢くなったよ。

「いやそんなこと言ってる場合じゃない、慌てる必要もないとは思うけれどどうしよう」

『こればかりは仕方ないし、誰かわかる人に聞くべきじゃないかな』

 むぅ、イーアの言うとおりここはティラーさんに伝えて誰かわかる人をこっちに向かわせてもらうかなぁ。

『というかそれしかできないよね、一応空間を作っておくのはできるけれど、それだけだし』

「だよねぇ……あぁでもそれなら重要な支柱になる柱じゃなく、うまく壁に埋め込めればいいんじゃないかな、ちょっと強度が怪しくなりそうなところを日本の建築物っぽくするか、せっかくタタラさんがいるんだしヌーリエ様の加護で頑丈にしてもらうとか」

 ヌーリエ様の加護って木材のほうが効果があるとか聞いた記憶もあるけれど、なんとなく石材とかコンクリートでもできるような気がするんだよね、イネちゃんが勇者の力で扱えるからかもしれないけど可能性は高いと思う。

 そうと決めたら後は掘るだけだね、とりあえずティラーさんたちが作業を終えるまでにせめて頭の中の構想の半分は完成させておかないと後の作業に支障が出るかもしれないしね。

『それならいっそメンテがしやすいように扉つけてさ』

「あぁ見たことある鉄扉だよね、でもあのタイプだとこっちの文化とかに合わないだろうしどうなのかと思って……、それに搬入や取り付けに支障が出るかもだからね」

 お父さんたちの話しだと窓から搬入するとか聞いてたけれど、奥に行けば行くほど窓を作る余裕なんてないからね、できるだけ出し入れしやすいように扉を大きくはしているのだけれど、ティラーさんたちのほうでどれだけの大きさの家具を作っているのかわからない以上はこうやって大きくしているんだけれども……。

「おーい、イネちゃーん。こっちは予定よりも早く終わったから少し様子を見てもいいかー」

 イネちゃんがイーアとお話して方針を決めたタイミングでティラーさんが呼びかけてきた。

 むぅ、あっちはもう終わっちゃったのか……箱がまだできていないのに入れるものが完成してしまう事態、イネちゃんとしては完全にやってしまったという気持ちである。

「あーごめーん、まだ全然できてないんだけど……それでもいいならどうぞー」

 イネちゃんがそう言うと机と椅子を持った男の人たちが次々と入ってきた。

 まぁ、元々入口付近は基本的に共用スペースだし、食堂とかが中心になるスペースだし全員入れると思うけど……絵的にはこれ、イネちゃんがいけないことされちゃうような感じだよね、そうなったら普通に死屍累々になるだろうけど。

「とりあえずここに置いておいてくれ、それから飯にするぞ」

 ティラーさんの号令を聴いて搬入していた人たちが色めき立つ。

「飯だ!」

「おい、まともな飯って何日ぶりだ?」

「おいおい、あのお粥っていう奴なのか、そうじゃなかったら俺は泣くぞ!」

 なんだかリリアの七草粥が大変お気に召したようで何より……ともあれこの人たち、この世界に胃袋をガッツリ掴まれちゃったんだね、これならしばらくは特に何もない……って3万人にお粥を振る舞えるほどのお米とお野菜の備蓄ってあったっけ。

「おいおい、いくらタタラさんが魔法で食糧を用意してくれたとは言ってもそんな頻繁に具材たっぷりは無理だ。今はこの高菜おにぎりで我慢してくれ」

「タカナ……?なんだそれ」

「あー美味しいよねあれ、でもあれってお漬物でやるんじゃなかったっけ」

 ティラーさんが担いでいた大きめの風呂敷を男の人達が搬入した机の上に広げるとドザっという音と共に大量の緑色と白のコントラストをしたおにぎりが広がった。

「あぁ、タタラさんが来るときに持ってきたらしいんだ。こっちの事情を察して当面の分の保存食を持ってきたってところらしい。それをリリアちゃんがうまい具合に料理したってわけだ」

「なる程ー……ってなんか捕虜の人たちの反応がおかしくない?」

 ティラーさんとお話しながらイネちゃんはおにぎりを1個取ったところで明らかにテンションが下がってる感じの男の人達に気づいた。

「緑……え、草……」

「野草のことをタカナというのか……」

 野草って……それなら七草粥のほうがそれに該当しそうなもの入ってるんだけどなぁ、ナズナってぺんぺん草のことだし。

 そんな男の人達を横目にイネちゃんとティラーさんはおにぎりを頬張る。

 うん、辛味と塩気がすごくいい感じでやっぱり美味しい。

 高菜は作り置きの保存食だって話しだし、1度聞いただけだけどタタラさんもやっぱりかなりのお料理の腕っぽい。

「草を……食ってる……」

 いやその表現やめてもらっていいですかね、サバイバル中で食料を確保できないとなればイネちゃんは野草を食べる覚悟くらいあるけど、これ食用植物ですし調理済みですし。

「高菜っていう植物を塩漬けしたものだよ、葉と茎どっちも柔らかいし、これは唐辛子も一緒に漬け込んでるからいい味になっている。元々食用として栽培されてるものだからそんな野草だのなんだの言わず食ってみろ、うまいぞ」

 ティラーさんが状況を見かねて説明しちゃったよ、まぁこんな美味しいものを草だの野草だので食べないほうが勿体無い感するしね、気持ちは大変よくわかる。

「本当に食べれる……いや食べてるからそれは問題ないと思うのだが、うまいのかというのがな……」

「おいひいよ?」

 おにぎりを全部頬張りながらイネちゃんが答える。

 ちょっとはしたなかったかもしれないけれどリリアかタタラさんか、どっちが握ってくれたのかはわからないけれどおにぎりが美味しいのだから仕方ない。

 ティラーさんが風呂敷を広げたときですら型崩れしなかったのに、口に入れた瞬間ほぐれるって一体どういう握りかたしたんだろうって不思議になるけれど、それがおにぎりという食べ物をさらに美味しくしてくれる。

「お、俺は食べるぞ!」

「お、俺も……」

 イネちゃんが完食したのを見てから数人がおにぎりに手を伸ばし始めた。

 うんうん、やっぱり空腹と美味しく食べてる姿っていうのが何よりの調味料だよね、イネちゃんもステフお姉ちゃんの食べてる激辛系は見てる分には美味しそうに思うけれど、分けてもらって食べると悲惨な目にあったからよくわかるよ……ってこの例えだとダメな奴じゃないか、これも辛子高菜だし大丈夫かな。

「なんだ、なんなんだこれは……草と米なのにすごくうめぇ……」

 うわ、泣き出した。

 一体異世界の食文化はどうなっているのか、高菜おにぎりは確かに美味しいけれど日本でも大陸でも質素な食事のほう。

 それなのにこれだけ泣いて喜ぶとは……以外と捕虜の人たちの心の壁を壊すのは楽なのかもしれないね。

 それ自体は喜ばしいけれど、その分今その異世界にいるココロさんとヒヒノさん、それにヨシュアさんはどんな思いをしているのかと心配になったイネちゃんなのだった。

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