第222話 イネちゃんと力の応用

 そういうわけでワクワク捕虜の人を収監する施設を作ろう作戦が始まったのだけれど……。

「なんでこっち、イネちゃんとティラーさんの2人体制なんですかね」

「石工がいないらしいからな、少しでも素養があるか、かじったことのある奴をと言ってたが……」

 ティラーさんだけだったと。

「いやでもそれってイネちゃんが1人で掘るってことだよね?」

「俺が掘れると思うか?」

「まぁ掘るだけなら……」

「すまん、言い方が悪かった。坑道を掘れると思うか、が正しかったな」

 むぅ、言いたいことはわかってたけれど、イネちゃん1人はちょっと寂しいからわがまましてみたんだけどダメだったか。

「俺も石家具を1人で作らにゃならんからな……お互い様だ」

 あぁそうか、ただ掘るだけだと本当に押し込めるだけになっちゃうもんね……。

「うん、ごめん。ちょっと寂しくてね、1人で3万人の入る施設を掘るっていうのがちょっと想像しにくくて」

 途方に暮れるっていう言葉があるけれど、イネちゃんはまさにその状態……いやティラーさんも同じだけどさ、3万人分の家具を作らないといけないわけだし。

「ともあれ始めようか、少しづつでも進めないと本気で終わらない」

「……そうだね、もしかしたら捕虜の人の中にできる人がいるかもだしやろっか」

 お互い肩を落としつつ作業を始めるのだけれども、イネちゃんのほうはまず途方に暮れることから始まったのだった。

 ティラーさんのほうはギルドを建築しようとして出ていた石材を削る作業を始めているけれど、イネちゃんのほうはまず掘る全体の大きさと、3万人の人間が生活するという条件で酸欠が起きないようにしなきゃいけないし、生活面でも衣食住の食がしにくくなるというのを回避しなきゃいけないわけで。

「おトイレはどうするかな……うまいこと肥溜めみたいにできればいいのかな」

 そんな感じに思考が巡って作業が全然進まない。

「なぁイネちゃん、まずホールを作ったらどうだ。そこから扇状に通路が伸びるとかでも良さそうだし階層を分けるにしても基点として使えるだろう」

 見かねたのかティラーさんがイネちゃんに向かってアドバイスをとばしてくれる。

「うん、それでもいいとは思うけれど……耐久のほうがどうなのかなって思って。吹き抜けっぽくしちゃうとそこだけ大きくくり抜かれて柱がなくなるからさ、少し強めの地震でも崩落したらそれこそ致命的になっちゃうし」

「受付と食堂、キッチンくらいでいいとは思うが……ほら、ギルドみたいにすれば大丈夫じゃないか」

「ギルドは木造でこっちは山をくり抜く形だから……崩落はどっちも致命的であることは間違いないけど、こっちは勝手口とかないし、家具に関してもティラーさんが作ってるのって木材家具とは違って下に潜れないしさ」

 地球にもこの手の洞窟系住居とかはあるにはあるけれど、イネちゃんはそこに3万人収監する施設とか知らないんだよね。

 探せばあるかもだし、調べればってのもあるだろうけれど、電波も届いていない以上はイネちゃんの頭の中だけで完結させなきゃいけない。

 人のアドバイスも聴いてって形にはするけれど、イネちゃんがその形を思い浮かべられないと無理だからね。

「流石にそこまで凝ると時間がな……運搬は皆でやれば運べるってくらいの重さでいいとは言われたから、そこまでこだわる気も時間もないわけだ」

「むー……やっぱ時間だよなぁ、最大の問題」

 こっちが完成しないと野営という形で拘留せざるを得ないわけで、見張りに立てる人数にも限界はあるし逃げ出す人が増えたら大陸全体の治安問題に発展しちゃうわけで……いっそのことあの偉そうな人が自力で帰ってくれればよかったのになぁ。

 まぁ自力で帰れるのならとっくにやってるだろうし、取らぬたぬきのなんとやらだね。

「あぁもう、今はともかく掘ったほうがいいか!」

 こうなったらやけくそって気持ちで一気に掘る。

 まずはギルド横の岸壁に穴を開けてこの村のギルドのホールをイメージしながらくり抜いていく。

 くり抜いた場所にあった土とか岩とか鉱物は一旦元々村があった場所にプールしておいて、柱は多めにして崩れないように気を遣う。

『えっと、始めたところ申し訳ないのですが……ここから資材を搬入する形で、元の村の場所にいくつか建物を建ててはどうでしょうか、レンガ、鉄骨、コンクリートの材料は全て取れていますし』

 ヌーリエ様、急に出てきて出鼻をくじくようなアドバイスありがとうございます。

『あ、ごめんなさい。ムーンラビットちゃんの方にも伝えておきますので、あちらから連絡が来たらでいいと思いますし、ここに施設を作るのも無駄にはなりませんから続けましょう。私がイネちゃんの感覚に土の声を感じられるようにしますので、捗るようにはなるかと思いますよ』

 なんというかまぁ、実際に何度も力を使って実感してはいたけれど、ヌーリエ様って結構俗っぽいというか……神様っぽくない感じがするよね。

 実際こうやって力を使えるのと加護が世界的に広く発動してることから弱くはないどころかむしろすごく強いんだけれど、こう、性格のほうが随分丁寧な子供っぽいというか……。

『まぁそのへんはそのうちムーンラビットちゃんが教えてくれると思いますので……あぁ柱はもう少し太めにしてください』

 うーむ、ヌーリエ様も謎が多い……いや神様だからって言われたらそこで終わっちゃうけれどもっと身近な存在だと思うんだよねぇ。

 ともあれヌーリエ様が本当に手伝ってくれたおかげで作業がスムーズに進み始めたところでリリアと夢魔のお姉さんがイネちゃんたちの作業している場所……イネちゃんは既に掘った穴の中だから外から声をかけられた。

「イネー、お昼ご飯持ってきたよー」

 イネちゃんが掘った穴の中にリリアの声が反響する、これは……音の対応も考えないといけないかもしれないなぁ、こういう細かい部分がしっかりしてないと捕虜のストレスが加速度的に溜まっていっちゃうからね、お料理に関しては大丈夫としても生活面は難しいもんね。

 って今はそんなこと考えている場合じゃない、せっかくリリアがお料理作ってきて持ってきたんだから急いでリリアのところに行かないとね。

「リリアー今日のごはんって何かなー」

「ごめん、捕虜の人とかにも振舞うために食べやすいお粥にしてあるんだ……一応七草にして味や食感にアクセントはつけてるけど……」

「へぇ……」

 日本に居たとき、お正月にセブングラスとか言ってジェシカお母さんが作ってくれたことあったけれど、あの時の七草ってなんだったっけか。

 一般的にはセリ、ナズナ、ゴギョウ、ハコベラ、スズナ、スズシロ……なんだっけか。

『ホトケノザじゃなかった?』

 あぁそうだ、イーアありがとう。

「お孫様、このくらいでいいんでしょうか?」

 お米とお野菜を煮込んでいるような匂いを漂わせながら夢魔のお姉さんが器を2つ、持ってきた。

 うーん、いい匂い……なのはいいけれど、夢魔のお姉さんの持っている器、驚きの緑なんだけど。

 イネちゃんの記憶にある七草の色って白が8割くらいだったと思うんだけど、これは一体どういうことなのか。

「どうしたのイネ、不思議そうな顔をして」

「いやね、イネちゃんの知ってる七草とは違うなーって。もっと白多めだった気がして不思議になっちゃってさ」

「へぇ、あっちの世界にも七草ってあるんだ、しかも白が多めってことはカブか大根がメインなのかな」

 あぁお野菜メインなのか、だからこの驚きの緑色ってことだね。

「ううん、お米がメイン。お粥って言えばお米だから」

「へぇ、って私へぇしか言ってないね、お米は主食だけど、お粥は汁物って捉え方だからお野菜のほうが多いんだよ、このお粥もカブと大根の塩漬けを多めにしてるし」

 ん、カブと大根って白いよね……。

 もしかして葉っぱの部分が中心だったりするのかな、日本でも結構食べるらしいしおかしくはないか、お漬物をお粥にするのもあるだろうし。

「ともあれいただこうか、俺も結構細かいことやって疲れたしな。ありがとうなリリアちゃん」

「あ、ティラーさんずるい!」

 額の汗を拭いながらお椀を受け取ったティラーさんを見てイネちゃんも慌ててお椀を受け取る。

 草の部分が多いはずなのに青臭い匂いは殆どなく、むしろうまい感じにそういった臭みが感じなくなっていてすごく食欲がそそられる匂いがイネちゃんの鼻をくすぐる。

 ……そういえば食べ物に関してもキッチンを作らないといけなかったんだった、換気口とかも各部屋に配置すれば酸素の問題は解決できるかな、でもそれじゃあ奥のほうが……。

「イネ、どうしたの?お腹空いてない?」

「えっとね、洞窟を掘るのはいいけど、人が生活する上で酸素の確保とかどうしようかなって思ってて、キッチンとかにヒントがないかなって」

「あぁ……ごめんね、そのへんのこと全部イネに任せちゃって」

 リリアが申し訳なさそうに言う。

「いやそれでもイネちゃんが1番適任だろうって自覚はあるから大丈夫。まぁ、本当に即席だし、建築の詳しい知識がないから途方にくれちゃってさ」

「んー……それだけどさイネ、あっちの世界で集団生活しているような建物とかないのかな、こっちで言う教会学習塾みたいなものとかさ」

 塾、という単語を聴いてイネちゃんの中にひらめきが降りてきた。

「そうだ、学校っぽくすればいいんだ!」

 イネちゃんは大きな声で立ち上がった。

 学校という形でなら問題なく人を収容できるし、少し工夫すれば食堂やら宿泊用の部屋にもできるし、ステフお姉ちゃんの学校でやってた文化祭に遊びに行ったからイネちゃんも大体の構造を知ってるからね、これで行こう。

「う、うん。決まったのはいいことだと思うけど、まずはお粥食べよ?」

 キョトンとした表情のリリアに促されて、イネちゃんは静かに座ってお粥を口に入れた。

 お粥は塩の他に少し唐辛子のようなピリっとした感覚もあるし結構クセになるかも……。

 リリアに感謝しないとね、穴掘りの案と美味しいお粥をもらったんだから。

 そう考えつつイネちゃんは学校に言ったことを思い返しているのであった。

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