第221話 イネちゃんと圧勝

「なんてまぁイネ嬢ちゃんは気負ったみたいやけど、まず負けることのない戦いってことをすっかり忘れてたみたいやね」

「なんで皆の前でそれ言っちゃいますかねぇ……気合入れて損した感あるのはイネちゃんが1番感じてるのに……」

 異世界の軍勢は2万5千ほど居たのだけれど、その半数以上はカイルさんの飛びトカゲによるダウンバーストで吹き飛ばされたり戦意喪失したりで戦闘不能、更に右翼から攻めてきた人たちはベルミーナさんの歌で昏倒して戦闘不能。

 残った人たちはトーリスさんへと集中する形になったものの、トーリスさんが両刃の大剣を真ん中で分離させて双剣にして大暴れした結果、今度は遠距離でトーリスさんを狙い始めたのだけれど、そこはまぁイネちゃんが居るわけで弓を構えていた集団に突っ込んだことで完全に勝負は決した。

 結果から見ればイネちゃんたちは誰ひとりかけることなく、異世界の軍勢を全滅させることができたわけで、気合を入れる必要がこれっぽっちもなかったわけではないものの重要な戦闘だのなんだの気負う必要は一切なかったのだ。

「まぁ、こっちの攻撃が通用するのならこんなもんだよな」

「伊達にギルドランキングの上位に居座っておらんのよ」

 男性2人は大笑いし……。

「クライブの時はゴブリアントが大量に沸いたんでしょう?私の歌も何故かわからないけれどゴブリンには効きが悪いから、分が悪いのよねぇ」

「ロロ、クライブ……助けられ、なかった……し」

 女性2人はゴブリンとの戦いに関して相手が悪いという感じに総括してる。

「ともあれな、イネ嬢ちゃんがから回ったのは問題ないにしても別の問題が私らには出てきてるわけよ」

 そう、イネちゃんたちはムーンラビットさんが言うその問題に今、直面している。

「正直、今この場に3万の捕虜を食わせるだけの食料がないんよ。シックまで行けば余裕だが、3万人を一気に飛ばすだけの転送陣はできなくはないが、それなら陸路でシックに送りつける日数とあまり変わらんからなぁ、結構術式が面倒なんで」

「具体的にどのくらいかかるの?」

「半月くらいやな、今ここにある食料と近隣の村からも調達したとしても数日持つかどうかってところやから、何らかの手段を考えないと飢えから脱走して野盗になったり、無謀な反乱を企てて面倒になるやろうね」

 衣食住が提供できない……よもやこの世界でそんな事態になるとは思わなかった。

 もしかしてこれ、相手の世界からしてみれば口減らしと同時にこっちを疲弊させるっていう奴なんじゃ……疲弊、までは考えてなかったとしても資源が少なくなった世界なら口減らしという線は否定できないんじゃないかね。

「そもそもあの連中を繋いでおく施設がないだろう、シックに送りつけるのは今あんたが言った理由で却下なわけで、3万を野ざらしで放置なんてしたら脱走するのは確定だろ?」

 トーリスさんが質問をする。

 そういえば数十人の捕虜の拘留場所ですら難儀したわけで、3万人なんてまともに囲んでおく施設なんて存在ない。

 今から作るにしても食料の問題があるし、そっちが解決できたとしても確実に時間が足りないわけで……。

「一応考えはなくなないんやけど……正直連れてこられるかどうかがわからんのよな、本人の希望で神官長の立場に収まってるが、それは地に足をつけて土を触っていたい、地元として人と共にいると公言した奴やから」

「今は緊急事態だしなんとかできないの、婆ちゃん」

「できるっちゃできるが、リリア、その人物はな……お前の父ちゃんやぞ?」

 ここで一瞬の間。

 いやまぁ何とかできるのがタタラさんだって言われたらそりゃ驚くよね、リリアにとっては実の父親なわけだし、イネちゃんだってお父さんたちができるとか言われたらいやいやいやって感じの気持ちになるし。

「さすが父さん……でも父さん、来てくるかなぁ」

 いや誇らしい感じなのはわからないでもないけれどすんなり受け入れちゃうんだ。

「ん、どういうことだ?巡礼神官の父親ってことなら現役の神官とかなんだろうが……あいつらの腹を満たした上で雨風しのげる場所を作れるっていうのがちょっとわからないんだが」

 トーリスさんがまっとうなことを言ってる。

 イネちゃんはヌーリエ教会の巡礼の決まりごととか知らないし、神官にどうやったらなれるのかとかもわかってないからね、地味にちょっと知りたいかもしれない……まぁ今のトーリスさんの質問の仕方だと多分聞けないとは思うけどさ。

「リリアの父親はタタラよ」

 ……え、それだけ?

「タタラってまさかあの?」

「あぁ津波で土地に塩がついて畑がダメになったところ、ヌーカベと一緒に素手で畑として使えるようにしたっていう伝説の!?」

「そう、そのタタラよ。というかうちの子……ササヤの娘ってところで気づくもんだと思うんやけどねぇ、特にそこの槍使いはー」

 ムーンラビットさんがそう言ってトーリスさんの頭をわしわし撫でる。

 ササヤさんはなんとなくわかるけれど、なんというかイネちゃん、ヌーリエ教会の関係者で1番最初に出会った人たちが軒並み世界的有名人だったとかどういう確率なんだろう。

 タタラという名前だけで皆がこれだけ驚愕するんだもんなぁ……というか塩害を物理でぶん殴って直すとかタタラさん、戦闘とかの別ベクトルでチートだったんだね。

「でもいくら父さんでも、そんな大量に作物を瞬間成長させられないと思うんだけど……」

「あいつは状況次第では間違いなく勇者よー、大陸が常時飽食だから目立たないだけで、どんな痩せた土地でも自分の身体だけで耕し、毒に侵されているとしても浄化しきって農作物を即日成長させるという能力はそれだけで世界を救えるんよ。そしてあいつは大陸広しとは言え歴史上最高の農業技術の持ち主よー」

 ……タタラさんにお願いすれば地球が抱える結構多くの問題が解決できそう。

「父さん、そんな凄かったんだ……」

「でもまぁタタラが解決できるのは食糧問題だけやからな、どのみち何かしらの手を考えないと色々難しいのは確かやし……いっそ帰化する奴がいないか聞いてみるかねぇ、帰化してくれれば捕虜じゃなく復興する民間人として扱えるしな」

 捕虜のほうがのんびりできるという罠かな?

 まぁ実際のところ尋問されるかされないかの差はあるだろうし、大陸式尋問術だと多分夢魔の人たちが頭の中身クチュクチュして覗くんだろうから、帰化しないにしても協力的であったほうが絶対マシな待遇にはなるんだろうけれど。

「そのへんの難しい部分はムーンラビットさんに任せるにしても、イネちゃん、もっと伐採する必要ってある?」

「いやまぁ、政治的なところは任せてもらってもええがあまり伐採するのも動物との生活圏が問題になるんで、いっそ山をくり抜くか、石材で村の北東方面に新しく砦っぽいのをおっ建てたほうがええと思うんよ」

「いやそれ絶対間に合わない奴ですよね」

「だから悩んでるんよね、トナはあの子がまだおるがあっちも復興中やし、東のトータから人員引っ張ってくるにも結局日数がかかるのがな」

 うーむ、ムーンラビットさんがこうも悩むってことはやっぱ拘留場所が問題になるんだなぁ、日本の自衛隊でも資材とか重機がないと無理だろうしねぇ。

「というわけでイネ嬢ちゃん、ちょっとお願いしたいことがな」

「ムーンラビットさんがそうやって媚びた感じの声を出すときは大抵ろくなお願いではないとイネちゃんは学習済みだけどなんですか?」

 イネちゃんの返しはあえて考えていなかったのか、ムーンラビットさんの表情が明らかに嫌がる感じになった。

「んー返されるのがわかっていてもちょっと残念な気持ちになるもんやな……まぁイネ嬢ちゃんの勇者の力で山を削って砦にして欲しいと思ってな」

「それって、どれくらいです?」

「あれが全部収監できるくらい!」

 すごく子供っぽい感じにムーンラビットさんが、これまたイネちゃんが想定していた答えを返してきた。

「いやいやいや、3万人収監できるってかなりの大きさというか家具とかも含めてやっぱり結構かかっちゃうんじゃないです?」

「それでも多分、1番速い手段なのよな。イネ嬢ちゃんならあっちの世界の建築方式も簡単になら知ってるやろうし」

 なんかとんでもないこと口走り始めた。

 いやまぁ建物の間取りとかはお父さんたちの訓練を受けてた時に基本構造は叩き込まれたし、壁破壊もどこが壊していいか、どこを壊したら崩れるかとかやってたしで最低限の建物っぽい感じにはできるとは思うけど……。

「崩落したらどうするの?」

「正直そのへんは心配しとらんよ、やるとなったらあの子……ヌーリエ様も手助けしてくれるやろうし。イネ嬢ちゃんもそのへんはもっと頼ってもいいと思うんよー」

「ヌーリエ様が手伝ってくださるなら大丈夫だね!イネ、私からもお願いできないかな……このままだと村の人がいつまでも帰ってこれなくなっちゃうし、ね」

 う……リリアが腰を落として上目遣いで……身長が40cmくらい違うのにわざわざ上目遣いになるようにするとは、リリア恐るべし。

「うー……リリアのその目に弱いの知っててやったでしょ……」

「てへっ、でも今お願いしたのは本音だよ。もし父さんが来れても問題が解決しないっていうのなら尚更だし、私も手伝うからさ」

 リリアはそう言ってイネちゃんの両手を包むように掴む。

 リリアの手ってちょっと体温高めで温いんだよね、こういう感じに包まれてると眠くなるというか……。

「いやリリアはタタラが来る来ないに関わらず食糧班やからな?愛妻弁当でも作るっていうのならわからんでもないが、一緒にいる時間はあんまないかんな」

 ムーンラビットさんのその言葉で、リリアの表情が泣き顔になっていくのをイネちゃんは目の前で見ることになった。

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