第220話 イネちゃんとドラゴン族と竜種

「それじゃ傭兵組は前衛、冒険者組は中衛、ロロ嬢ちゃんは最終防衛ライン。イネ嬢ちゃんは悪いがまた遊撃な。ロロ嬢ちゃんのラインが突破された場合に備えて私の部下を捕虜回収をさせてるから都度対応に当たらせるんよ。何か質問はあるかい?」

 1波を乗り切って少し落ち着いたところでムーンラビットさんが避難先のシックで難民一時受け入れ手配と、捕虜の収監処理を終わらせたのか戻ってきて、作戦を説明し始めた。

 とは言え作戦というほどのものはないし、ただただ配置だけを提案って形でしかないけれども、イネちゃん以外の配置に関しては概ね理解できる。

「勇者が遊撃なのはわかるが、トーリスが中衛なのはどうなんじゃ?」

 分かられちゃったよ、イネちゃんの配置分かられちゃったよ。

「巻き込まないようにやね、飛びトカゲの姿だけで相手の士気は下がってくれるみたいやけれど、それでも進軍してきた時に敵味方を丁寧に識別しつつ風、ぶつけれるん?」

「無理じゃな!」

 そうやって竜騎士のカインさんは胸を張った。

 胸を張ることではないのだけれど、これはこれで頼もしく見えるのが不思議なところでもある。

「広範囲殲滅と戦闘能力が高めの人を前にたたせるのはよくわかるけど、イネちゃんが遊撃っていうのはどうなの?」

「戦場全体を把握できる感知能力にヌーカベ並の移動速度、戦闘能力に関しても一騎当千。これ以上に説明必要か?」

 あ、はい。

 地面に這う感じに遊撃しろってことか。

 確かにできなくもないし、この少数精鋭の編成で大軍を相手にするとなると他に作戦が思いつかないから、これでいいのか。

「あ、そういえばティラーさんとキュミラさんは?」

「モヒカン君は念のため集会場で転送陣の防衛、ハルピー隊は最終防衛ライン上空で戦場を把握しつつ遊撃やね。ここのところはイネ嬢ちゃんと同じやけれど、空からっていうのも重要やね、言わんでもわかってるやろうが」

「相手が空を飛んでいないとも限らないから、うん。上空の敵に当たれるのはイネちゃんとキュミラさんたちくらいだからねぇ」

「わしも居るぞ」

 いやカインさん、会話に侵入してこないでください。

「私も届きはするけれど……相手の高度によっては即死させちゃうからやめておいたほうがいいかしら」

「即死って……どんなことになるの?」

「私の歌には睡眠効果があるから、最も、大陸の人なら心地よくうたた寝したいという気持ちを持つ程度なのだけれど……あの人たち、異世界の人でしょう?となると純然と力を発揮してしまうから。私、セイレーラだから」

「セイレーラ……?ってなんだっけ」

 イネちゃんの疑問に皆が少しずっこけた。

 いやイネちゃん、本当に知らないんだから仕方ないんだよ?ハルピーさんに関してはイーアの時に読み聞かせしてもらっていたけれど、セイレーラさんは本がなかったのか聞いた記憶がないんだよね。

「セイレーラは海の近い山に住んでいる人で、その声自体に魔力がこもっている人のこと。その魔力を増幅する手段で1番効率がいいのが歌なの」

「へぇ……あ、そういえば竜種とドラゴンの違いって人語を使えるかどうかの差なのかな」

 この際疑問に思ったことは全部解消しておこう、戦闘中気になって動きが鈍ったりしたら大変だし。

「勇者なのにそんなことも知らんのか」

 カインさんはふぉっふぉっふぉって笑って軽く咳払いをしてから。

「概ねその認識で間違いではないぞぃ。厳密に分ければもっと細かくなるが……まぁ覚えんでも敬意を持って接すれば問題ないからのぉ」

「人語を発することができなくても理解することはできるみたいだし、そのへんはまぁ……ペット扱いしないように気を付けないとかもだけど」

「そのへんは別にペット扱いしてもええよ、ドラゴンと竜種はお互いに自分たちの実力把握しとるし、人と一緒に暮らすことに楽しみを見出しとるかんな。ところでそろそろ配置は決定事項でええかな、相手さんも混乱から立ち直る頃合やろうし」

 ムーンラビットさんはそう言うものの、イネちゃんの感知には斥候らしい動きはあるもののそれ以上の大きな動きは一切なく、キュミラさんをはじめとした渡りハルピーさんからの報告はない。

 とは言えムーンラビットさんの言うとおりそれほど猶予がないのも確かだろうし、疑問は解消できたから大丈夫だよね。

「まだ動きの報告はないが、わしも動くかのぉなぁポッチ」

 カインさんがポッチと呼んだ飛びトカゲはきゅーんという見た目とは違う可愛い声を上げた。

 というかポッチって何、なにその可愛い名前。

 明らかに竜につける名前じゃないよね。とツッコミを入れる間もなくカインさんは空へと飛んでいってしまった。

「んじゃよろしく頼むんよ。私は1波の被害処理しなきゃあかんからロロ嬢ちゃんと同じラインで戦場見てるんでまず動かないと思ってくれなー」

「皆、頑張……って」

 そう言ってムーンラビットさんとロロさんは村の方へと歩いて行ってしまった。

 うん、ロロさんはいいけれどムーンラビットさんも結構ツッコミ入れたくなる配置ですねぇ……。

 まぁ最悪の事態に備えた最終防衛ラインと定義するなら間違いなく適任だし、リリアを戦場に出すなんてやりたくないからこれでいいんだろうけれど……イネちゃんだとどうしても溢れちゃうのは1波の時に証明してしまったのが痛い。

「それじゃあ私はトーリスと?ウェルミスはまーだ後方の手伝いなのかしら」

「ベルミーナ、文句を言うなら料理の1つでもまともに作れるようになれ。後方に必要なのはそういった感じのスキルだからな、明らかに人手が足りていないのなら当然の配置だろうがよ」

「あら、私の料理食べたことあったのかしら?」

「あぁ物体Xだろ?俺は食べることはなく安心した記憶ならあるな、あの時クマが1発で昏倒したのを忘れたとは言わせねぇぞ」

「なんのことかしら、私わからないわ」

 うーん、この緊張感のなさ。

 イネちゃんが言えたことでもないけれど、ここまで緊張感がなくて大丈夫なのだろうか……一応相手は軍隊なわけだし、戦力差も本来なら絶望的なんだけれども、相手が全員ムーンラビットさんかイネちゃんを狙ってくれれば負けることはないし、こちらは消耗品を常に補充できたり、そもそも必要がないので消耗戦になればなる程こちらが有利になるわけで。

 最悪のパターンに陥った場合のセーフティがあるという一点が緊張感を無くさせてるのかもしれないけれど、正直こう考えるイネちゃんでも今回の戦闘に関してはそこまで考える必要はないかなと思っちゃうくらいの展開だから仕方ないのかもしれないよね、これも相手の練度とこっちの練度の差がちょっとやばいくらいに開きがあるのが悪い。

「いっそその物体Xを相手の陣地に投げ込んだらいいんじゃないかな」

 そんな心構えなのでこんな冗談を言ってしまったわけだけれど……。

「そうね、それならここに練習のつもりで作ったおむすびがあるわよ」

 そう言ってベルミーナさんはポーチの中からレインボーに光り輝く物体を取り出した。

 え、今なんて言った?おむすび?

 イネちゃんの知ってるおむすびってこんなカラフルな色しないし、そもそも発光もしないんだけれど……ボブお父さんが内緒だぞとか言って見せてくれた資料映像に似たような光があったような……あれ、チェレンコフ光だっけ。

「ごめん、冗談のつもりだったんだけどちょっとそれは地面に還そうか、かなりやばそうだし」

「そう?うーん、やっぱりそのへんの土を使うのはダメなのかしら」

「うん、ダメだと思うよ。土を食べる人も居るかも知れないけれど、少なくとも少数派なのは確実だし普通にお米とお塩だけで次は作ってみようか」

 イネちゃんがそう言うとベルミーナさんは渋々地面に穴を掘って埋めて……お箸を突き刺した。

「せめて供養してあげましょう」

「いやしないでいい。それにカイルが仕掛けたみたいだ、そもそもそんな悠長なことやってられなくなるぞ」

 トーリスさんのツッコミに続いた言葉通り、イネちゃんが感知していた相手の最前線が次々と飛ばされているのか感知できなくなっていっている。

 飛びトカゲのダウンバーストって洒落にならないのかなぁ、イネちゃんが村の広場で受けた感じだとあまり飛ばされるっていう危機感がなかったんだけども……あの時は勇者の力で守りを強めにしておいたからかな。

「両端の連中が突っ込んで来たわね、どっちを対処しましょうか」

「流石に万は無理だが、100程度ならなんとでもなりそうだしな。ただロロのほうに流したくはねぇ、気張ってくれ」

「あらあら、ちゃんと保護者してるのねぇ。わかったわ、じゃあ私は右、トーリスは左でいいかしら」

「ベルミーナ、てめぇ1人でやれるのか?」

「あら、セイレーラで傭兵やってるのだから、心配しないでいいのよ」

 そう言ってベルミーナさんは鎧通しのようなものを胸の取り出した。

 映画とかでもよく見るけれど、普通に危ないよね、あんなところに武器をしまうのって、切れたりしちゃわないのかな。

「勇者ちゃんはちゃんと全体を見渡して、ピンチになったら助けてね」

 ベルナールさんがイネちゃんにウインクしてから「あーあー」と声の確認をしながら走っていった。

「んじゃ俺も行くわ、後でまたな」

 トーリスさんはそう言いながら大剣を片手でブンブン振り回しながら走っていった。いやアレできたとしても肩に負担かからないのかね、イネちゃんちょっと心配。

 それにしてもちょっとよく考えてみれば、これって錬金術師の出身世界とのはじめての大規模戦闘だよね、そう思ったらこれ、負けたら大変まずいことになりそうである。

 イネちゃんは自分の頬をパチンと叩いて気合を入れ直したところで、この大規模野戦が始まったのだった。

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