第219話 イネちゃんと多勢に無勢の防衛戦

 使節団の人たちが来た翌日、村の人たちの避難が半分程度終わったところで爆音が鳴り響いた。

「開戦の通知のつもりなのかな、感知してる感じ村では爆発起きてないし……って推測してる暇なんてないか!」

 周囲を見渡して見ると避難するために集会場に入ろうとしていた人たちが不安そうにしながらあたりを見渡している。

「足を止めずに集会場へ!相手さん勧告なしで攻めてくるつもりだから急いで!」

 イネちゃんは叫びながら感知範囲を村の外周付近に集中させながら武器を手に取る。

 相手の攻撃がイネちゃんに集中してもらわないといけないから、武器の方は遠距離強め、近距離弱めで行きたいところだけれど……イネちゃん、基本的に近中距離メインにして遠距離は足を止めて一方的に撃つ前提で揃えていたからこういう時に辛い。

 うーん、ルースお父さんの言ったとおりに取り回し自体は悪くなるけれどM4ライフルかAK持ってたほうがよかったのかなぁ。

 武器の選択に悩みつつ、仕方ないので右手に斧、左手にファイブセブンさんを持って集会場前広場の中央に移動すると、村のあちこちから物が壊れる音が聞こえてくる。

 流石にイネちゃん1人の殿オンリー編成では守りきることは無理なので、下唇を噛んで我慢しつつ敵の姿がちらほら姿を現し始めた。

「人間が居たぞ、1人だ!」

「民間人じゃないだろうな!」

「武器を持っている、戦闘員だ!」

 よかった、イネちゃんにちゃんと気づいてくれたみたい。

 流石に広場中央に高台使ってその上に立っているのに気づかれなくてスルーされたらイネちゃんは悲しいどころじゃなかったから嬉しくなってしまったけれど、これからが本番なので気合を入れ直す。

「行け!まずはこいつを殺して勢いをつけろ!」

 わーという叫び声と共に路地から一斉に人が広場へとなだれ込んで来るとイネちゃんのところまで我先と突っ込んでくる。

 うーん、装備は一律パイクに胸当てとグリーブに鉄ヘルムか。

 盾に関しては大盾持ちとバックラー持ちでまちまちではあるけれど、そこはまぁイネちゃん的にはあまり意味が無いし無視しておこう。

「死ね!」

 相手の装備に注目していたイネちゃんに先頭を走っていた人がまずパイクを首元に向けて突き刺してきた。

 相手の実力を図る上でも私はイーアと協力してこれをギリギリで回避すると、その回避行動でひねった身体の勢いで相手の即頭部に蹴りを入れてから後続の攻撃に備える。

「流石に実力者か……だが包囲してしまえば躱せまい!」

 今度は10人くらいがイネちゃんを取り囲んで一斉にパイクを突き出そうとしたところで、イーアが叫ぶ。

『上はダメ、後ろから15人くらいが突こうとしてる』

「だったら、下!」

 地面を押し倒すような勢いで伏せると、頭の上で金属や木がぶつかる音がする。

 しかしながら問題はここから、この状態から剣で私を突くだけで本来は終わっちゃうからね、まだ私がダメージを無力化できないと知られるわけにはいかないからできればそれの事態は避けたい。

 今知られたら私に敵の人が群がることはほぼなくなっちゃうだろうからなぁ、どうやって切り抜けよう。

『イネ、今の状態でもう終わった感だして集会場に抜けようとしてるのが居る。出来るだけ派手に抜けないとこっちに引き寄せられない』

「元々1人で全部止めるのは無理だけど……仕方ない、銃を使うよ」

 銃声なら相手が聞いた事の無い轟音になるし、ここはファイブセブンさんでもいいから私の目の前に居る人に向けて発砲、この銃弾に関しては足の甲でもお腹でも急所に当たらなければどこでもいいのでとにかく1発撃ち込んでからそちらの方に駆け出すため、向かう方向のパイクを斧で切り落としてから下腹部に向けてタックルする感じに地面を蹴って囲いから飛び出す。

『集会場に向かってる奴!』

「わかってる!」

 体勢を無理やり変えて、鉛玉を撃ち込んだ人を蹴りつつ上を塞ぐ感じに突かれた槍を斧で斬り払って上空に向かって跳ぶと、集会場に向かっている人を後ろから狙う……んだけれども私は狙撃が苦手な上、今は不安定な上空でまともに狙いをつけるのも難しい。

『無理に空中で撃つ必要はないから、今は回避に専念して地面に降りてからにしたほうがいい。勇者の力も地面から貰ってる感覚だったし』

 イーアの言葉を聴いて私も今、勇者の力のほとんどが感じられていない。

 流石に完全に0にはなっていないものの、今一斉にパイクを突かれたらちょっと危ないかもしれない。

 まぁ私は今この思考を1秒の間くらいでやってるので相手さんも反応しきれてないから何事もなく頭を踏み台にしながら集会場へと前転する形で着地してから、座位でファイブセブンさんを向かっていた人たちの背中に叩き込む。

「軽業師か!?」

「斧の技量も高い、槍の射程で戦え!」

「しかし、相手は面妖な魔術を使いますが……」

「連射は出来んようだ、なんとしても押し切って目標地点を制圧するのだ!」

 むー、流石に今日は統率が取れてる……イネちゃんに対しては常に30人くらいが向かってきて、他は集会場を目指そうとしてるのが感知していてよくわかる。

 最初っからわかっていたことだけれど流石に3万を相手にするのに前衛1人っていうのは無理無茶無謀だよなぁ……ムーンラビットさんもそのへん理解した上での配置だろうし、実際のところイネちゃんが最前線で可能な限り敵を減らすことができれば有利になるけれど……。

「数が多すぎる!」

 流石にファイブセブンさんのリロードを考えちゃうと乱射するのも避けたいし、もういっそこの人らには悪いけどデッドオアアライブするべきかってくらいになってきている。

「ここは、とおさ……ない」

 そこに集会場入口の前にロロさんが両手に盾を構えて立っている。

「1人増えたがガキだ!押しきれ!」

 指揮官っぽい人が居るけれど、多分これ小隊分けしつつ中隊とか大隊規模でやってるよなぁ、さっきから声を張り上げてる人の言うとおり動く人と、動かない人が私の感知のほうではっきりと分かれているし、その動く人、動かない人事でも10人単位くらいで動くが細かく違っている辺り、3万人というのは眉唾だとしても実際のところ大規模な軍で攻撃してきているのは確実、となると普段動物さんやゴブリンばかり相手にしているロロさんのような冒険者さんだと少々きついかもしれない。

 あくまで個々人の強さはあるけれど、勇者の力を持ってるとか、ササヤさんのようにぶっ飛んだ個人能力があるとかがないとこの状況では多勢に無勢に過ぎないかなと心配になるんだけれど……。

 私がそんなことを考えている間にもロロさんは盾同士を一回ぶつける。

「これで、攻撃……可能」

 シャコンという音が私のところまで聞こえてきて、ロロさんの盾から結構な量のトゲが展開された。

 当然突っ込もうとしていた人らは一瞬足を止める。

 まぁ相手さんの装備から考えるとロロさんの重装甲ははじめて見るだろうし、あんあ攻撃的な盾を両手で構えて待ち構えているところに突っ込みたくはないよね、パイクならロロさんの射程外から攻撃できるだろうけれども、ロロさんの防御術って私から見てもかなりのレベルだから一斉に突かれても多分関節を刺すことはできない気がする。

「くそ、なんなんだこいつら!相手はたった2人でしかもガキなんだぞ!」

「大人もいるぞ」

 相手さんの叫びに合わせて集会場の扉が勢いよく開いてトーリスさんが大剣の腹の部分で薙ぎ払って結構な人数を吹き飛ばした。

「おう、遅れてすまなかったな。あいつの故郷で妹さんに遺品渡した直後に今回のことを聴いてな、慌てて飛んできたわけだ」

「とはいえ少々これは多勢に無勢がすぎるんじゃないかしらね?」

 と今度は戦場に似つかわしくない、ナイトドレスのような服の綺麗な女の人が出てきた。

「大丈夫だろ、ベルミーナ、あんたさんの歌と……」

 トーリスさんがそう言ったところで大きな影が村に落ちてきた。

「あら、転送陣が使えないからもっと時間がかかるものだと思っていたのだけれど速いのねぇ」

「おぅベルミーナ、わしの相棒を悪く言うんじゃねぇ。ほぉれあのわらわらしてる槍持ち連中だ、ぶっ倒せぇ!」

 そんな初老の男性の言葉が聞こえてきたと同時に結構強めの風が私たちめがけて叩きつけられてくる。

「カイルのジジイ!こっちにゃ俺たちもいるし、広場にゃ勇者だっているんだぞ!少しは考えて動きやがれ!」

「カッカッカ、お主らなら余裕だろうに。ロロの嬢ちゃんだってこの程度じゃ吹き飛ばされん。せいぜい足元が地についていない、ヌーリエ神のご加護を受けてない連中が吹っ飛ぶだけじゃわい」

「くそが、今度そいつの尻尾肉食わせろ!」

「トカゲじゃないわ!まったく、ステーキの1枚くらいはおごってやるわい!」

 トーリスさんとそんなやり取りをする辺り、ナイトドレスの女の人も空を飛んでる初老の人も冒険者さんか傭兵さんか……逐次投入とかムーンラビットさんは言ってたけれど、質を重視してくれたっぽいね。

「ド、ドラゴン……!?神話生物なんて俺たちでは無理だぞ!」

「神の怒りなのか!」

 空の影と叩きつける風の二つで相手の兵士たちが急にそんなことを叫び始めた。

「あん?ただの空飛びトカゲをなんで怖がってんだ?」

「わからないけれども、チャンスね。最も私が来た意味が殆どなくなっちゃったのは残念ですけど」

「だったらウェルミスと一緒に避難の手伝いでもしとけ!ロロ、勇者!暴れるぞ!」

「行く……!」

 ここからは、一方的な流れになった。

 飛竜を見た相手の兵士が軒並み戦意喪失、抵抗の意思を見せた人もいたけれども多勢に無勢が逆転した状況で実力はこっちのほうが遥かに上だったこともありすぐに鎮圧できてしまった。

 とは言えそれは村の中に入ってきた人たちだけの話しで、ここからイネちゃんの感知で引っかかっている村の外にまだかなりの大軍が残っているのが確認できている以上、まだこっちが不利な防衛戦になることは確実なんだけどね。

「なーんでぇ軍隊っていうからもっと歯ごたえがあると思ったんじゃがな」

「じじいの空飛びトカゲにビビってたな、ドラゴンだのなんだの言ってたが」

「こいつは人語は理解するが発することはできんからのぉ、ドラゴンではないのじゃがなんであやつら、ドラゴンと間違えたりしたんじゃ?」

「……異世界、軍」

「なる程、大陸を知らん連中か!」

 一応飛竜ならドラゴン扱いできそうだけど、違うのか。

 ともあれこの防衛戦に頼もしい仲間が加わったことは確実なので、第2波が来る前にイネちゃんは皆のところに駆け寄って配置のことについて話を切り出したのであった。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る