第214話 イネちゃんと異世界の使者

 異世界貴族の襲撃から翌日、ムーンラビットさんとギルド長さんが奔走した結果、既にある程度出来上がっていた防壁に追加で新しく人の待機スペースを追加するためにイネちゃんは再び伐採に来ていたのだった。

「なんというかもう、イネちゃんの勇者の力で壁だけ作っちゃったほうが速いんじゃないだろうかとか思っちゃうけど、それだとイネちゃんがいなくなった時に村の人たちで直せなくなっちゃうからなぁ……」

「いや唐突に独り言はやめて欲しいッス、あ、この木とかよさそうッスよ。ハルピー的には枝が少なくて悪い木扱いッスけど」

「枝が多すぎると建材には向かないからね、そういうところで共存しやすい感じに進化していったのかな」

「いや知らないッスけど」

 キュミラさんとこんな感じのたわいもない会話をしながら、伐採を行っていると夢魔のお姉さんが慌てた様子で現れた。

「勇者様、お取り込み中申し訳ございません。異世界から使者を名乗る者が姿を現したため念のため村で待機して欲しいとムーンラビット様とギルド長から……」

「即日かぁ……もうちょっと猶予があるとは思ってたんだけどねぇ」

「それがその……相手は1人のようなのです。村の周囲にも渡りハルピーさんたちと私たちが展開していますが……」

「私何も聞いてないッスよ」

「はい、渡りハルピーの人たちと私たち、双方で軍……どころか武装している者を確認することはできておりません」

 となると異世界待機か……本当に言葉通り使者なのか。

 そこらへん判断が難しいのかな、ムーンラビットさんなら思考読んで1発な気がするんだけれど。

「はい、なので念のためです。使者の方がよからぬことを考えていなくても、送り出した人間がそうとは限りませんので」

「ナチュラルに思考が読まれたけどそうか、ようやく戦闘から政治に移行してくれたんだね……」

 戦争も政治の1つの手段ではあるけれど、イネちゃんはあまり難しいことはわからないからね、話し合いとしての政治に移行してくれるのならムーンラビットさんに任せて落ち着けるし。

「そこはまだ。ただ話し合いを持ちかけてきたということはその内容次第で平和的解決に持ち込めるかと」

「そうなってくれないとねぇ……まぁとりあえず村に戻っておこうか、何が起きてもおかしくはないし」

 使者さんだけなら心配はないと思うけれど、相手は異世界の相手だもんね、警戒してしすぎるってことはないとは思うし。

「しかしこっちの被害を考えたら遅すぎないッスか」

「キュミラさん、相手さんの都合もあるからそのへんはね。こっちからしてみれば確かに遅いって感じるかもしれないけれど戦争ってのは大抵こんな感じにお互いの主張と都合ですっごく面倒になるみたいだよ」

「そういうもんなんッスか?」

「いやイネちゃんだってお父さんたちに聞いただけだからよくは知らないけど。そこまで行けばもう政治とか国同士のあれこれだからね、個々人で把握できることには限界があるのは確かだと思うよ」

 ムーンラビットさんレベルになれば別だとは思うけれど、イネちゃんには無理である。

 というより可能だったとしてもやりたくないです、責任とか重そうだし。

 夢魔のお姉さんはイネちゃんの思考を読んでたのか苦笑いしているけど、キュミラさんは「そういうもんなんッスかー」とか呑気にしてる。

 割とキュミラさんみたいな人のほうがそういった役割は向いて……いそうだけどキュミラさんはダメだな、思慮がないし。

 そんなことを考えつつ村に戻ると、集会場の窓のところに人だかりが出来ていた。

「皆さん、道を開けてください。勇者様をお連れしたので道を開けてください」

 夢魔のお姉さんがそう言うと村の人たちは道を開けてイネちゃんたちを集会場の中に入れてくれた。

 なんだか人の海が割れるって感じで偉くなったように勘違いしそうだね、実際キュミラさんはテンション上がってるし。

 村の人たちの表情は全員が不安そうだったのを見たイネちゃんは冗談としてもキュミラさんのようには振る舞えないかな……ロロさんと同じゴブリン被害者だけど村を何度も窮地から救った救世主って扱いで大人の人たちからは割と距離を取られてるからなぁ……まぁそれほど酷くもないから気にしてはいなかったけれど、これ以上事態が悪化しなければ時間で問題解決することだしね。

 まぁ、今集会場で行われている話し合い次第ではこのままではいけないということでもあるけれど……鬼が出るかなんとやら。

「それではこちらの提案は受け入れられないと?」

「言語が通じない相手を一方的に自分たちより下位であると決めつけて虐殺かました奴らの言うことは、な。最もそれ以上にそちらの産業廃棄物をこちらに破棄し続けた結果出た損害についてなんやけれど……」

「その件は今は関係ないのでは?」

 おーやってるやってる。

「まぁそうやな、この件は一旦置いておくとして、今後に回すとしようかね。で、一方的な虐殺行為についての弁明を聞かせてくれないかねぇ」

「それは現場の1指揮官の暴走によるものでして……」

「それを外に集まってる村人の前で言えるんか?」

「まぁ言ったとしても殴り殺されるでしょうな」

「これでは交渉も何もあったものではないではないですか……」

「そりゃまぁ虐殺かましておいて資源と食料の供与と捕虜の無条件解放なんざ虫が良すぎるわな。いくらこちらが平和ボケ極まった世界だろうがやられっぱなしはないんよ」

 うわ、交渉は最初の段階でまずはむちゃぶりからっていうのはわかるけど、いくらなんでも盛りすぎじゃないですかね。

「それはそうだと私も思いますが……こちらの世界は魔王軍との戦線維持のためギリギリなのです。そちらを勝利で終わらせることができればあなた方のいう弁済なども行うと言っているのです」

「それはそっちの都合やからな、こっちには関係のないことよー。それにあんたが割と本気でそんなボケたこと考えているってのも理解はしているんだが、こちらの都合は一切無視っていう点に疑問を思ってるんならもうちょいしっかり話し合おうとしてくんないかね」

 ムーンラビットさんが少し強めの口調で言うと使者の人は黙ってしまった。

「イネさんイネさん、使者にあんなこと言って大丈夫なんッスか……?」

「いやキュミラさん、この手のは弱気になったらダメだからね。でも正直なところあの使者さんはちょっと可哀想かな、いくら考えを巡らせて譲歩を引き出そうとしても全部筒抜けなわけだし」

 日本のお偉いさん、どうやってあのムーンラビットさんから公平な立場を獲得したのか、イネちゃん気になってしまうね。

 それだけ交渉事に対しての夢魔って反則もいいところだからなぁ、腹の中を全部さらけ出した上で当たらないといけないわけだし、何よりハニートラップだっけ、そういうのも疑いつつ誘惑に勝ち続けないといけないわけだから……女性が担当してもリリアが本気を出した時の様子を思い出すと流石に難しいだろうし。

「そこは日本が襲撃した国ではないとわかっていましたし、軍事力を盾にして脅すようなこともしませんでしたから。それならばと平和的な会談を設けて双方の意見を出したあと詰めるという形にお互い納得して話し合いましたから」

「ん、お姉さんもしかして補佐とかしてたの?」

「えぇ、ムーンラビット様は異世界なんだから常識から違うと分からせるためにご自身が出るのは決められていたのですが、その……いたずら心で相手に失礼をさせようと……」

「あぁうん、わかった」

 今回のあの使者さんも多分、同じことやらかしたんだろうと思うし。

「ならあなた方の要望は一体なんなのですか、我々インパール帝国に求めることは」

 なんだかとても悲惨なことが起きそうな名前の帝国ですね。

 いやまぁイネちゃんみたいに地球の知識あって始めてそう思えることだとは思うけれど、知ってるとどうしても悲惨な名前としか思えないよね。

「とりあえず捕虜のうち半分は受け取ってくれないかね、なんだったら当面の食料もつけてやるから。あぁただ……ちょっちこっち側の刑罰を実行した結果、連中の子供がもう生まれちゃってるんでそこは勘弁してな」

「こ、子供!?彼らは全員男だったと思うのですが……」

「せやな、夢魔舐めんな。これでも大陸では神様の使いとして子孫繁栄を担ってる種族なんよ、男にだって産ませてみせるんよ」

 それ始めて知ったんですが。

「そんな……おぞましい」

「おぞましいと思うのはそちらの常識に照らした場合な、大陸じゃ確実に子供が授かれる方法として割と人気だったりするんよ。あと今回の場合は襲撃時に殺人を行った刑罰として行っただけで、特に性欲が強かった連中にしかやってないからあしからずな。流石に全員にやるとかそこまで非人道的なことはやらないんよ」

 放置してると性犯罪を起こしそうな人にだけってことか、まぁあの時すごくがっついてたもんなぁ、一部の捕虜。

「分かりました……ですが今回はこちらの想定外があまりに多すぎましたので、1度持ち帰り報告させていただいてよろしいでしょうか」

「おう、殺されないように気をつけなよ。手ぶらで帰ったってことで激昂して自分とこの使者を殺すとかそっちの世界はやりそうやしな」

「……よくご存知で。ですが情報という最高の土産がありますのでご安心ください」

「じゃあとりあえず念書代わりってわけじゃないが……ほれ、これ持って行きな」

 そう言ってムーンラビットさんは何かを使者の人に投げて、使者の人がそれを落としそうになりつつもキャッチして。

「これは?」

「ヌーカベの毛、そっちの世界じゃ存在しない物質やろうからな、ついでに包布もヌーカベの毛糸織物。それでこっちの文化レベルは概ね伝わるやろうしな」

「助かります。織物はわかりやすいですからね」

「んじゃそっちのお偉いさんによろしくなー」

「はい、それでは1度失礼いたします」

 そう言って使者の人は何かを呟くと姿を消した。

「ふむ、あちらさんの異世界間移動は思ってた以上に簡易的にできるんかね。まぁ軍や政府が独占して持ってるだけやもしれんが……ごめんなイネ嬢ちゃん、何も起きんかったわ」

「あぁ別にそれはいいんだけれども……どんな会話してたのか教えてもらっても?」

「構わんけど、どうせなら代表者集めてやな」

 ムーンラビットさんは生き生きしながら村の代表者になってしまったあの男の人を呼びに行った。

「……そんな嬉しい内容でもあったのかな」

 イネちゃんは落ち着いて椅子に座って待つことにしたのだった。

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