第215話 イネちゃんと社会制度

「えーそれではこれより、楽しい楽しい異世界講義を始めるんよー」

 全員が着席したのを確認したムーンラビットさんが唐突に何か始めた。

「急になんなの婆ちゃん、今子供達にスポンジケーキ焼いてるんだから早くしてよ」

 リリアはお気に入りのエプロンを身につけた状態で座っていて、手にはミントまでつけている。

 それを外す時間すら許さなかったのかムーンラビットさん。

「まぁそれはもうあいつらに任せておいたからちょっと聞いてな」

 そう言うと夢魔のお姉さんたちがエプロンをつけて……つけてるのはいいけれどこう、なんで裸に見えるように着るんだろう。

 ちなみにお姉さんたちは皆ちゃんと服を着ているから安心。

「んじゃお話を始めるけども、まずは世界の成り立ちからな。このへんは貴族の頭の中に抽象的な感じであったから、まぁおとぎ話程度だろうが文化を知る上では役に立つから言うんよ」

 えっと変に解説する感じでよくわからなくなりそうだったのでイネちゃんが要約してみると……。

 異世界の成り立ちは神様がせっせこせっせこ粘土をこねる感じで作って、最後に人間を作りました。

 人間は賢いのでいろんな道具や知識を与えて繁栄させてあげましたが、一部の利己的な人間が神様を害そうとしたため魔物を作って数を減らすことにしました。

 その結果、神様の想定以上に人間が減ってしまいさぁ大変。

 ですがそこは神様が作られた最も優れた人間、なんとかしようといろんな手段を講じて魔物に抵抗していきます。

「で、その1つが錬金術。回復薬や武具を生み出して対抗するってことやね。錬金術は結構なリサイクル能力もっててゴミからでもそれなりの武器を生み出せるってんで異世界だと発展していったみたいやね」

「大陸の付与魔法みたいなものかね」

「そんなとこやな。うちらの付与魔法は自然物にあの子……ヌーリエ様をはじめとする神様の加護を定着させることで頑丈にしたりするものやし、信仰もあって普及したってところやけど同じ感じやな」

 どっちも生活密着度高そうだなぁ、錬金術のほうは戦争のための技術として発展してるっぽい感じに聞こえたけれど、応用できそうだし。

「錬金……ということはアレと関係があるのか」

「そのへんはわからんかったな、貴族も使者もあいつのことは知らないみたいやったし。大陸だって一枚岩じゃないんやから異世界の貴族連中は余計にって感じじゃないかね」

「生存戦争中なのにそんな余裕があるのかなってイネちゃんは思っちゃうけど」

 お互いの足を引っ張ればそれだけ国どころか種の絶滅を招きかねないのにと思うんだけどねぇ、なんでだろ。

「貴族連中が戦後を考え始めたのが原因やね、錬金術で強力な武具と回復薬を量産できるようになって慢心した感じやな。修道会だけはそんな貴族連中が見捨てた連中を守る形で支持を集めているらしい程度しかわかってないがな」

 あぁ戦後処理の押し付けと覇権をーって奴か……となるとさっき要約したおとぎ話っぽいのは貴族の人が作った創作か。

 となると相手の文化レベルは古代ヨーロッパから中世ヨーロッパ基準、階級社会で差別意識が極めて高いって感じかな。

「んで大陸の王侯貴族とは違い、帝国と名乗りながら実質は王国みたいな感じやね。むしろ大陸の連中が帝国っぽいというのもあるが、こっちは連邦制であちらさんは封建制やね、一応は議会とかもあるらしいし、トップの独断で決められることは少ないみたいやけれど戦争中ってことでじわじわ権利拡大が図られてるらしいねぇ」

「現時点だとどんな感じになってるのかな、皇帝の独断で決められることが少ないって」

「税制や人口統制、食糧生産や商業周りは決めれないみたいやな。ただ軍事に関してはもう殆ど1人で決められるようにはなっとるみたいよ」

「ふむ、そんな相手がおとなしく使者をだして、尚且つ殆ど何も持ち帰っていない使者を生かすかね」

「そこは出てみないとわからんな、それでギルド側は何も言わんかったけど良かったんか」

 そういえばイネちゃんが到着した後もずっとムーンラビットさんが主導権握ってたなぁ、ギルド長さんはよかったんだろうか。

「適材適所でしょう。あなた以上に適任者を私は知りませんからね、ギルドとして引き出された情報を把握できるだけでも嬉しいですし、我々では不可能な領域まであなたは調査できますからむしろ楽できていいなくらいの心持ちですよ」

 正直すぎる。

 でもまぁ言ってることは大変よくわかるよね、ムーンラビットさんなら相手の腹の中まで筒抜けだし、交渉事なら大陸どころかイネちゃんが知っている限りではこれ以上の適任が思い浮かばないもん。

「ともあれ社会規範は大陸と似たようなもんだが、ヌーリエ教会に当たりそうなポジションの修道会はそれほど力を持っていないし、食糧面に置いては大陸と比べちゃ可哀想ってレベルやな」

「いや大陸の食糧生産能力がおかしいだけだからね?」

「いやなイネ嬢ちゃん、あの世界わりと特別低いっぽいんよ。どうも神様って奴がそのへんを考慮してなかったみたいなのと、貴族が酷く傲慢なのと慢心してるのばっかで足元お留守政策ばかりらしいのよな。徴兵するときに農民から率先してとか馬鹿やってるんよ」

「それって、万年?」

 そのイネちゃんの質問にムーンラビットさんは首を縦に振った。

 なる程、冬とかの休耕期に限定とかされずにずっととかまともに農作業ができるわけないよね。いや狩りもだけど。

「となると大陸に軍を送ってきた理由は……」

「あの貴族は資源確保がメインと信じておったな。ちなみに使者のほうは資源もだがそれ以上に食料という思考をしていたあたり、切羽詰まってるんやろうな」

「兵站無しでこっちに攻めてきたわけだからねぇ、現地調達前提の動きだから判断が難しいよねぇ」

「判断が難しいって、なんで?場当たり的に思うんだけど」

 ムーンラビットさんの説明にギルド長さんが補足したところでリリアがその補足に対して疑問を飛ばした。

「自分たちだとバレたくない場合は、現地民に溶け込む手法を取る。この場合は現地調達以外の手段は取れないよね。今回の場合はそれには該当しないものの、補給線が用意されていなかったことを考えて現地調達前提だったわけだね」

「ギルド長が概ね言ってしまったが、それ以上にあちらさんの歴史文化っぽいな。略奪型進軍ともいう感じで侵攻した町とかで食料、資源、人、全部徴用略奪して進軍するスタイルみたいなんよな、使者はそれを効率悪いと思ってる節はあったが」

 ますますもって古代ヨーロッパ式かぁ……日本の歴史で、戦国時代にも武田軍と今川軍がやったらしいってコーイチお父さんが言ってたけど自分たちの根底土台は傷まないから使われる手法の1つではあるらしいけれど……。

「でもそれって支配領域が広がると使えない戦略じゃなかったっけ、襲う場所もなければ進軍してきたところの拠点をまともに整備していないから生産能力ないし、補給線が伸びきって兵の士気もガタ落ちになってすごく弱くなるよね」

 実際その戦法が廃れていった理由が補給線の確保が困難になることと、その防衛がかなり難しくなって本来用意すべき戦力では足りなくなるからとか、戦争にも人道が介入してきてそういった意味でもできなくなったとか……イネちゃんにはどれが正解とかわからないけれど、少なくとも現時点で殆ど使われない戦略になっていた記憶がある。

「せやね、大陸ではまずありえないから私も失念していたがイネ嬢ちゃん補足ありがとな。大陸と最初にゲートで繋がった異世界では歴史の中にそういう戦略が使われた記録があるんよ、そして今私らが相手にしとる異世界はその歴史でも古い部分の記録に似通っているんで、ある程度は対応できるな」

「対応できるって言っても、補給線切れないんじゃ無理じゃない?」

「イネ嬢ちゃん、あっちにはココロたちが居って、あの子を通じて連絡はできなくはないんよ。こっちの状況を伝えるだけでココロとヒヒノならある程度対応してくれるやろうからね」

「え、それ聞いてない。ヌーリエ様がってことだよね」

 ムーンラビットさんは静かに首を縦に振ってから続ける。

「即応こそは難しいだろうが、あの子は大陸の状況は把握しているかんな。後はあっち側で準備を整えられればってところよ。なんでそこまで心配しなくても大丈夫よ」

 んー頼り切る感じになるのか……でもイネちゃんたちができることはないしそれしか無いってことなのかな。

「んであちらさん、基本的にトップダウンなんだが中間管理のところで結構な利己主義がまかり通っていてな、人身売買は常識ってレベルと思って間違いないんよ。まぁ奴隷を使わないと社会が維持できないくらいにはもう追い込まれてる感じやね」

 異世界を攻めている場合じゃないじゃないか……。

「足元を固めるという価値観が無いのだろうね。その知見を持ったものがいても上が封殺してしまう社会体制が既に完熟しきってしまっているのがよくわかる」

「私もギルド長と同意見やね、こうなるともう亡国一直線なんやけれど……革命の機運が高まらないのはもうそれをやる余裕が無いってところやな、本当に末期も末期。だから外に解決策を求めたんだが、やり方が決定的に間違えてるんよなぁ」

「そのへんは歴史だろうね、今回は相手の歴史と文化の一端でも判明したのはよかった、それを元に対応と方針を決められることは一歩前進だね」

 なんだかムーンラビットさんとギルド長さんが話をまとめてしまっている。

 いや何も問題はないんだけれど、こう、喜々として皆を集めた割には随分とあっさりしていたような気もするけど……今まで完全に不明だったことが判明したから各班の責任者っぽい人には周知しておきたかったってことかな。

「イネ嬢ちゃん、次に使者が来たときのためにしばらくは村で待機してもらってええかな、材木に関してはかなり楽させてもらったから、そろそろ村の連中にバトンタッチでいい頃合やったし、大丈夫よね」

「それは……決定事項ですね?」

 ムーンラビットさんは、とてもいい笑顔を見せただけだった。

 ……もう、それが答えだよね、うん。

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