第212話 イネちゃんと三大欲求の化身

 さて、困った。

 イネちゃんが姿を現さないからリリアが勢い余って集会場から出てきてしまったみたいで……リリアの戦闘能力はないに等しいから早く出ていかないとリリアがまずいことになる。

「ぐへへ……」

 イネちゃんの近くで実際にそれを口にしちゃうのかって感じの声が聞こえてくる。

「おいおい自分から脱ぐのかよ……ヒュー」

 ……いかんちょっと腹たってきた、イネちゃん自身に対して目くらまし……ではないけれど反撃を許してしまったことと、リリアの行動に対して。

 でもリリアに無理させているのは間違いなくイネちゃんの油断だから、なんとかしたいのだけれど……感知能力もちょっと人が多すぎてうっかりすると巻き込んじゃいそう。

「別に、私はあなたたちに奉仕しに脱いでるわけじゃない、一応私の服は婆ちゃんから力を押さえ込むための付与魔法がかけられてるから、今はそれが邪魔だと思っただけだから脱いだだけ」

「ちょ、ちょっとお孫様……その力はまずいですって!」

 説明するような口調のリリアの言葉の直後に夢魔のお姉さんの慌てる声が聞こえてきた。

「ごめん、だけど私はイネにひどいことしたこいつらが許せないから。全力で行かせて……ただ村人の人たちに影響が出ないようにお願いします」

「いや無理ですって!お孫様の本気って……赤い夜のアレでしょうに!」

 赤い夜……なにそれ。

 イネちゃんが疑問に思ったのとほぼ同時、甘ったるい感じの匂いと同時に少し体が火照ってくる。

 ……いや匂いで体が火照るってそれ完全にコーイチお父さんが隠れてルースお父さんと一緒にやってるゲームの内容みたいじゃない。

 大陸の人間は基本的にこの手の影響は受けないし、イネちゃんはその中でも最上位クラスに抵抗値が高いって太鼓判をムーンラビットさんやササヤさんから言われてるんだけれど、それでも火照るってやばくないですかね。

「ぐぉぉぉぉ……」

 イネちゃんは火照った体を勇者の力を強くすることで抑え込んでいる間に、周囲から男の人達のうめき声が聞こえてくるようになっていた。

 それすら気づくのが難しいくらいに影響が大きいって、リリアの本気って一体何をやったのか。

「お、お孫様……ちょっと私もまずい感じなのでそろそろお洋服のほうを……」

「まだ全員が動きを止めたわけじゃない」

「これ以上は死人が出ますって!村人さんを守る結界だって限界なんですよ!急増なんですから!」

 むぅ、勇者の力を全力で発揮したら意図的に抑え込まなくても大丈夫にはなったけれど、その分余裕ができたらどうにも夢魔のお姉さんが艶のある声で焦りを見せてる。

 これはイネちゃん、奇襲とか考えずに介入したほうがいいよね。

『というか早く介入してあげてください、リリアちゃんが力を抑えずにそのままたれながしたら本当に大変なので……これ以上は本当に死人が出てもおかしくないですから』

 唐突のヌーリエ様。

「でもどうやればいいですかね……」

『普通に声をかけてあげてください』

 すごく簡単な方法を提示されてしまった。

 でもそれだけで本当にこれだけの影響を無しにできるのだろうかとちょっと懐疑的にもなるけれど、未だ視界が不完全なイネちゃんとしてはそれが最善なのかな、一応声のする方に移動しながらだけど……土煙から出ればリリアのほうが気づいてくれるだろうしね。

「リリアーイネちゃんは大丈夫だよー。ちょっと視界が奪われただけだからー」

 イネちゃんが大きな声で言うと、甘い匂いが少し薄まった。

「イネ!?無事だったの!」

「無事だよー、でもできればずっと声を出しててもらっていいかな、すごい光と土煙でまだ殆ど見えないんだよ!」

「ほ、ほら勇者様は無事ですしお孫様は早くお洋服を!」

「う、うん……でも1度力を放出したから、しばらくは収まらないけど……」

「そちらのほうはこれ以上強くならないのならば我々でなんとか抑えますので!」

 すごく、慌ててるなぁ……もしかして全裸になってたのかしら、リリアならありえないとも言い切れないのがイネちゃん心配。

 周囲の男の人たちがうめき声から既に乾いた呼吸音になりつつあるのを一旦気にせずにまっすぐリリアの方へと向かうとようやく土煙が舞っていた場所を抜けたのか視界がある程度クリアになってくる。

 同時に視界の奥に焼き付いた光もだいぶ落ち着いたようで、目の前にいつものジャケットに袖を通しているリリアの姿が真っ先に飛び込んできて……。

「イネ!本当、死んじゃったかと思ったんだから……」

 リリアも飛び込んできた。

 体格差もあってやっぱりリリアのたわわなものがイネちゃんの顔に押し付けられて息が……まぁ今はいいか、鼻で呼吸しなくても地面から酸素取れるし。

「まったく、ちゃんと確認が取れるまで衝動的に動かないで、リリアが危ないと思って煙の中から奇襲しようと思ったけどできなくなっちゃったよ」

「それ、いつも私が思ってることだからね」

 そう言いながらリリアはイネちゃんから少し体を離すと笑顔を見せてくれた。

 よかった、守れた……でいいよね。

「えっと勇者様……お取り込みの最中申し訳ありませんが、少々村全体に再生の力をお願いできないでしょうか」

 ぷはっとイネちゃんがリリアのお胸から開放されたところで夢魔のお姉さんがお願いしてくる。

「このリリアの力の影響の解除?」

「完全には不可能だとは思いますが、少なくとも今よりひどいことになるのを防げると思いますので……すみません、ムーンラビット様ならお孫様が本気になられた時でもその影響を最小限に抑えるだけの力を持っているのですが……」

 自分では無理ってことだね、まぁイネちゃんも勇者の力を強めなかったら影響を受けてただろうレベルだし、大陸の人たちが備えている抵抗力ですら突破できるんだから難しくて当然なのか。

 以前ムーンラビットさんが夢魔でも合意無しでは催淫は難しいって言ってた記憶があるし、このお姉さんは役割としては指揮官とかそんな感じなんだろうけれど、力の強さで言えばそこまででもないのかな。

「じゃあとりあえず……大地を癒せっと」

 ヴェルニアの時と比べるとかなり軽めに両手を上にあげてから振り下ろすと甘い匂いが消えていき、村の集会場前広場の状況がわかってきた。

 正直、生臭い……男の人達が全員ピクピクしているものの、疲労しきっているのか立ち上がろうという者は1人としていなかった。

「ま、魔王……まさか異世界とは言え、こんな小さな村にいるとは……」

 お、指揮官の人が1番消耗していると思ったのだけれど喋る気力があったみたい。

「誰が、魔王なのかな?」

 イネちゃんは笑顔で近づきながら指揮官の人に斧を見せながら近づく。

 そのイネちゃんの姿を見て恐怖の表情を見せながら指揮官は口を開く。

「い、命だけは……」

「うーん、やっぱり虫がいいと思わない?自分たちは虐殺しようとしたくせに自分だけは助かりたいとかさ」

 斧をトントンとすると恐怖の表情が固まってどんどんと無表情になっていく。

「わ、私は貴族だ……金なら、金なら出すから……」

「別にいらないかな、多分不純物ばかりで金とか銀の含有率、かなり低いだろうし」

「そ、そんなことは……」

 まぁ実際のところ、日本や大陸と比較すれば大抵の世界の硬貨は含有率かなり低くなるだろうしね、大陸に出回っている日本のお金は信用の問題で銅で作られる10円と地味に電子マネーなんだよね、ギルドと教会、それと王族直轄の商人組合でしか使えないけれど、じわじわ普及率が上がってるらしい……って今はそんなこと関係ないか。

「どうやらあなたがこちらに渡せるものはないみたいだね、じゃあどうしようか」

「じょ、情報はどうだ……」

 む、これに関してはちょっと魅力がある。

 ただなんだ、確かに魅力的なんだけれども……それも夢魔の人が居ればわざわざ取引しなくても問題ないしなぁ。

「とと、匂い的にリリアかと思ったが、こりゃまた派手にやったんねぇ」

 イネちゃんが交渉(物理)をしているところにムーンラビットさんが急ぐ感じに空から降りてきた。

「ひぃ悪魔!」

「はーい、悪魔よー。まぁそれはいいとして状況、誰か教えてくれないかねぇ」

「この人らが異世界から転送と同時に攻撃、イネちゃんに最大火力が叩き込まれる、リリア発狂」

「うん、よくわかったんよ」

「発狂はしてないからね!」

「さてともあれ、正直捕虜はもう間に合ってるんやけどなぁ……あんたらいい加減にしてくれないん?」

「こちらにも都合というものが……」

 ムーンラビットさんはそそくさと指揮官の人の額に指を当てると。

「喋らんでええよ、喋る体力自体がもう限界やろうし優しい優しいムーンラビットさんはな、勝手にあんたの頭の中身覗くから安心して眠っとけなー」

 ムーンラビットさんがそう言ってからすぐに指揮官の人の寝息が聞こえてきた、それも今のいままで苦しそうにしていたにも関わらずかなり気持ちよさそうな寝息で。

「さてと、次はこのリリアの魔力を少し回収してからやねぇ、あの子の魔力は性欲以外にも食欲と睡眠欲まで刺激しちゃうかんな。まぁ性欲が高まりすぎて体力使う分カロリーと睡眠を欲するだけなんやが……」

 そういえばちょっとお腹が空いている、お昼までもうちょっと時間があるのに。

「こいつら、一応介抱だけはしといてくれよー、私は今覗いた情報をイネ嬢ちゃんたちと精査してみるからー」

 夢魔のお姉さんに指示を出すとムーンラビットさんはイネちゃんに近づいてきて。

「リリア、怒らせると怖いやろ。さすが私の孫というかササヤの娘というか……イネ嬢ちゃんも気をつけるんよー」

「聞こえてるよ、婆ちゃん……」

「はっはっは、じゃ、早めのお昼食べながら情報を精査しようねー」

 そう言ってムーンラビットさんは集会場に向かおうと歩き始める。

 でもイネちゃんとしては1つ、とても重要なことをお願いしておきたいのだ。

「ムーンラビットさん、ちょっといいかな」

 真剣な口調のイネちゃんにムーンラビットさんは振り返って聞く体勢になる。

「この匂いの中で飲食とか、ちょっときつすぎます」

 村全体が生臭い感じだったからね、イネちゃんのこの言葉は村人さん含めて総意だったと思うんだ、仕方ないよね。

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