第204話 イネちゃんと内と外

 捕虜の人たちを一旦安全を確保しておいた集会場に連れてくると想像していたとおり村人さんたちの視線が集まってきた。

「なんでそいつらを……」

「今襲撃してきた人たちがこの人たちを始末しようとしたから、拘留していた場所に駐留していた人たちの半分が殺されたからね、今は一旦こっちに避難させて、改めて村全体の防衛体制を整えてからじゃないと隔離しておけないんだよ」

 だからってって顔をされたけれども、正直動物の襲撃に人員を割き過ぎちゃった程度には教会からの援軍の人たちの練度は高くないわけで、そうなると誰か指揮官になれる人をつける形でそれぞれが指示をだして対応できるようにしておく必要があるだよね、その流れを今から決める必要もある。

「とりあえず今、村を襲撃してきているのは対処仕切らないといけないかな、落ち着いて話し合いもできないし」

 ただまぁ、ここで監視する人も必要か。

 捕虜の人たちは中にも外にも怯えてる感じで暴動に発展してもおかしくないし。

「ティラーさんはここ、任せていいかな」

「それは別にいいが……」

「この人たちが暴徒にならないように監視するのと、村人さんが暴徒になったときへの対処」

 私の考えを察したティラーさんの表情がこわばる。

「誰かが抑える人が居ないと、死人が出ちゃうから。私の勝手な想像ではあるけれどもティラーさんってぬらぬらひょんでそういう役割だったんじゃないかなって」

「……確かにそうだが、この人数は流石に無理だぞ」

「大丈夫、集会場に今いる教会の人たちにお願いして対応してもらえばいいから。この辺はリリアを頼れば問題ないとは思うよ」

「わかった、じゃあイネちゃんは外か」

「うん、速攻で終わらせてくるからそれまでお願いね」

「おう、キュミラもまだ戻ってきてないからな、フォローしてやってくれ。リリアちゃんちょっといいか!」

 ティラーさんがリリアを呼んだのを確認してから私は再び外に出るために向かう。

「お、おい、あんたどこに行くんだよ……」

「外の動物やまだいるかもしれない襲撃犯への対処のために行くんだけど?」

「あんたが居ないとどうしようもないかも知れないじゃないか!」

「私が居ないとどうにかなってるならとっくにどうにかなってるよ。それこそ教会を頼らないとどうにもできないと思うよ、ここには貴族の軍も居ないしギルドもないんだから」

 ティラーさんに呼ばれて駆け寄ってきていたリリアが驚いた表情をしたのが見えたけれど、これはまたやっちゃったなって感じの表情だろうね、まぁ今は気にしないで大丈夫。

「それじゃあ私は行くから、リリアたちの指示に従って子供を守るようにここにいてくれたらすごく助かるよ」

 それだけ言って私は集会場の外へと出てから勇者の力で戦闘が起きている場所を感知する。

『イネ、さっきのは流石に言い過ぎ……事実だからって言っていいわけでもないんだからさ』

「……なんかこう、あの人に対してはちょっとね」

 生理的、っていうにはちょっと違うけれども、まずロロさん相手に汚い言葉を使ったところを見ちゃったのが原因じゃないかっていうのが私自身の中で確信としてある。

 もちろんあの村人さんのこともある程度把握した今なら拒絶反応ってレベルのものはないし殴り倒したいという衝動もないのだけれど、それでも私の中でのあの人の優先順位はかなり下になってる。

『気持ちはわからないでもないけどさ、リリアもそのへん察して……っていうか多分リリアは思考を読んでるよね、こういう事態だし』

「正直状況が落ち着いたらリリアに謝らないとだね、かなり頼っちゃってる」

 ティラーさんにも頼ってるし、本当皆に頭が上がらないなぁ……トナからここまでキュミラさんにも頼っているっていう事実には……いつもの言動からプラマイゼロということで目を瞑ろう。

「とりあえず行こう、このままだと割と危なさそう……まぁ襲撃者の方は殆ど居ないっぽいし奇跡?と思われるあの力以外はむしろ大陸の人のほうが基礎的な能力は高いみたいだし」

 不確定要素はあるものの、真っ向勝負になれば負ける要素のほうが少ない、そんな感じ。

 むしろ日本の自衛隊だとか地球の軍隊なら余裕で制圧できると思う程度で、多分奇跡だろうと思われるあの力だけが不確定要素、その不確定要素は事前情報があれば回避することも余裕だと思うしね。あのもやもや結構遅かったし。

 となれば危険なのは熊のほう、1匹なら人数的に遅れを取ることはないだろうとは思うのだけれど、私が感知した熊らしき動物の気配は2桁近い感じだった。

 大陸の熊は地球の熊より身体能力が高く、尚且つ大きいから1匹を複数人で叩くのならともかく数が熊の方が多いように感じられたのだからどうしようもないと思う。

『でも大量の熊を相手にするってどうするつもりなの?』

「1匹づつプチプチ……が1番現実的かな。それで回らなそうなら私が囮になって全員集会場に撤退、そこで私が防衛ラインとしてダネルさんとかグレネード投げて一気にやる」

『熊相手に?ちょっと大味すぎて厳しそう』

「でもとりあえず数は減らせるだろうからね」

『まぁ……でも状況次第でパターンは変えないと』

「わかってる、もう付くよ!」

 イーアと今後の展開に関して考えながら多くの生物を感知した場所にたどり着くと、想像していた血の匂いは殆どせずに熊の攻撃をうまくいなして耐えているようだった。

「下手に話しかけると崩れそうだね、じゃあ一気に突入する!」

 自分に言い聞かせるように口にすると私は熊と教会の人たちの間に入る形で突入して熊に向かって銃撃を加え……ダメだP90からスパスに変えるの忘れてた。

 もちろん熊はダメージは負うものの止まることはなく私を上から押しつぶすようにしてその手で殴りつけてくる。

 まぁもちろんダメージはないので落ち着いてP90をしまってスパスを取り出し、スラグ弾を入れてから引き金を引いて目の前の困惑している様子の熊の頭を吹き飛ばした。

 うーん、なんというかこの勇者の力ってかなり反則じみたものなのではないだろうかと思い始めてきたぞ、大抵の攻撃はノーダメージ、皮膚に擦り傷程度のものすらつかないし、多少防御力を突破してダメージが入ったとしても大地からどんどん私に入ってくる力のおかげで瞬時と言って差し支えない自然治癒して結果的にはノーダメージになるんだよね、トナのゴブリンの巣の時に受けたダメージがそんな感じでいつの間にか消えてたから実のところあそこで無双しても大丈夫だったのではないだろうかと思ってしまう。

 1匹がなすすべなくやられたのを見て熊たちの多くは森に向かって走り始めたものの、激昂した数匹が私に向かって突撃をしてくる。

 2mどころか大陸の熊に関しては5mクラスも少なくない。本来そんな巨体を持った動物が時速60kmくらいの速度で体当たりをしてきたとなれば140cm前後の私なんてひとたまりもない……のだけれど今の私には勇者の力があるわけで。

「よっと」

 何事もなく。というにはいささか地面がえぐれつつ後ろに10cmほど押し出されたけれども難なく受け止めると、スパスで突撃してきた熊を1つ1つ頭を吹き飛ばしながら、後ろで何が起きているのか状況把握に必死な教会の人たちに向かって指示を出す。

「ボーッとしてないで、熊は私が対処するから皆さんは集会場に1度戻って、その後編成し直してから村の中の哨戒をお願い」

 私が指示をだしたものの、教会の人たちはまだ動かない。

 恐慌状態ではないと思うのだけれど……そんな状態になってたら間違いなくもう熊さんのお腹の中にいることだろうし、単純に動くだけの気力がないか、未だ状況判断ができていないかのどちらかかな。

 うーん、状況としてはかなり落ち着いてきてて、そう慌てる必要もないから時間を上げてもいいんだけれど……多数の熊相手に粘ってた分体力がすごく削られてるだろうし集会場に戻ってちゃんと休んで欲しいんだけどなぁ。

「私たちは助かったのか……」

「この場でずっとそうしてたらまだそうとは言えないよ、集会場まで行って交代、休憩して。村の復興を考えたらそうしてくれたほうがすごく助かるから」

「……そうか、あなたが勇者でしたか。洗礼前とはいえそのお力、助かりました」

 そう言って一礼して教会の人たちは集会場の方へと走っていった。

 うーん、なんとなくわかるんだけれど私はまだ勇者って呼ばれることに慣れてないなぁ、こうくすぐったくなってくる。

 スパスの引き金を引きながら教会の人たちの撤退支援をする形で熊さんを倒していくけれど……既に2桁を超える数の頭を吹き飛ばしている。どれだけ熊さんが侵入してきていたのか……これはもう自然に熊が襲撃してきたって考えるのは不自然すぎるね、となると異世界のあの人たちが熊さんを何らかの手段で操ったってことなのか、それともただ刺激して村に誘導したのか……前者の場合厄介だなぁ、刺激しただけっていうなら単純に地球の争いの歴史を調べれば出てきそうだし、考えが至らなかった私の落ち度ってだけのことだから……いやそれはそれでだめなんだけど、今後の対処は動物を操られるような能力があったりするよりは楽になるからね。

 私に向かってきた最後の熊さんの頭を吹き飛ばしながら周囲を見渡して他に熊さんが居ないことを確認してから再び村とその周辺を感知してみる。

 ……どうやら戦闘は落ち着いているっぽいけれども、村の中、屋外に数人、村の外に10人くらいの存在を感知できた。

「さて、このあとどうしようかな……とりあえず今日と明日のご飯はこの子たちで決定だけど襲撃犯をさっさと鎮圧しないといけないからなぁ」

 頭を吹き飛ばした熊さんたちを見ながら鎮圧の動き方を考えた私なのであった。

 ちなみにこのあと村の中に居た襲撃犯の人たちが投降して、外に居た人たちは逃げたのでこの時の私の考えたことは無駄であったのはまた別のお話。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る